強者目指して一直線
誰も何も言わない空間でそれは唐突に起こった。
「お、ようやく扉が開くか……」
相川のタブレットから光が消え、対する扉が眩いばかりの光を放ち始める。それを見て相川はこの工程における最後の能力を使用した。
「さぁ、始めようか。……虚ろなる世界よ開け。以て更なる奥地へ進まん【冥門開界】!」
瞬間、相川の眼前をスーツが横切った。
「あん? 気が早いな……あれ?」
待ちきれずにミカドかクロエが飛び込んだのかと二人の方を見ると両者ともに揃っている。その間にもう一つ影が扉の中に消えて行った。
「……? 誰だこの中に飛び込んだ馬鹿は……うちのスーツ着てたけど。」
相川が首を傾げているとそのスーツの主を見ていた瑠璃が相川に詰め寄り懇願してくる。
「ボクも行く! ノアさんたちが行ったんだもん! ボクも頑張る!」
「……ノア?」
その言葉を聞いたクロエが天を仰いだ。計画失敗で自棄になって何をやってるんだと思いつつも最早時既に遅し。そんな気まずくなりつつある空気を読んだミカドが先に相川に尋ねる。
「えーと、先に行っててもいいのかこれ?」
「……まぁ。その場から離れたら俺はもう知らんからな。」
「わかった。」
相川の答えを得てミカドは先行して扉を潜った。クロエも自らの分のスーツを瑠璃に奪われる可能性を考慮して即座にミカドに続いて移動する。
残されたのは相川と瑠璃だけとなった。
「ボクも行く!」
「だから無理だって……死ぬぞ?」
「死んだように生きるくらいならチャレンジして死んだ方がマシ!」
相川は苦々しい顔をして倒れている遊神を見る。彼は倒れているだけで実質的にはまだ戦闘可能状態にあり、下手な選択肢を選んだ場合は呪いの力を使ってでも相川に食らいつくだろう。
(全く……ここにきて面倒な。)
舌打ちしたい気分で目の前の瑠璃を見る。そんな苛立ちを感じ取った瑠璃は少し怯えるもそれどころではないので必死に食らいつき、扉の方を見た。即座に相川は瑠璃の行動を読んで抱き止める。
「瑠璃、お前は留守番。」
「留守番は帰ってくる時に言えるんだよ! 仁はちゃんと帰ってきてくれるの⁉」
「……あ、うん。」
「……そ、そうなの……え、あ……それは、よかった……」
ひとまず落ち着いた瑠璃は突撃を思い止まり、今まで何度も告げたが相手にされなかったことをここで本気で、未だ嘗てない程真剣に告げようと相川を見て……驚愕の声を上げる。
「待って⁉」
「じゃ、元気でな~」
黒猫君を抱えて扉の中に半分くらい入っている相川の姿に悲鳴に近い声を上げる。しかし、もうこの時点から追いつくことは出来なさそうだと言うことを変えた。
「待ってるからね! ずっと待ってる! そしたらボクが意気地なしで言えなかったこと、絶対伝えるから!」
「おー? 待たなくていいよーじゃーねー」
返事は酷い物だったが、それでも瑠璃は相川に伝えることが出来たので一応、泣きながらも切り替えるために涙を拭った。
「……仁が返ってきた時に向けて頑張らないと!」
それを実行するためにさしあたって、無理矢理笑顔を作ってとめどなく流れる涙を拭う瑠璃が最初にやることはこの場に転がっている家族を連れて帰ることだろう。彼女は転がっているタブレットを大事そうに抱えて二人を連れて病院へと向かった。
「……三傑決定戦。本允坊代理の優勝者は【無拳派・遊神星虹流】遊神 瑠璃!」
「瑠璃、よく頑張ったな……」
相川が武術大世、この世から去った1年後。瑠璃は相川がいなくなって再び開催されることになった本允坊戦にて優勝を果たしていた。
そして、その大会後のスピーチなどを終えた瑠璃は迎えに来た黒塗りの高級車に乗り込んでその運転手に祝いの言葉を掛けられる。
「おめでとうございます。」
「……ありがとうございます、犬養さん。犬養さんが魔闘氣を教えてくれたおかげですよ。」
「いえいえ……観戦していましたが、あなたはそれを除いても頭一つ抜きん出ていましたよ……」
あれから1年経った瑠璃だが、相川がいなくなった後に即座に毒耐性を得るために劇物を摂取し続けた結果、自然な成長は止まっていた。【遊神流】を彼女の父親と同じくらい極めた彼女であれば成長も可能だが、再会の時にまずは自分であることを分かってもらうためにそれも良しとしない。
「……はぁ……奏楽、強かったなぁ……何かボクに勝ったら言うことあったらしいけど……」
「……あなたは普通に全力を出して勝ちましたからね……」
「だって、本允坊を取ったのは仁だもん。代理でも勝手にしてほしくない。」
相川がいなくなってから1年で犬養はそろそろ瑠璃に次の道を進んでほしいと考えていた。しかし、中々言う機会が訪れていなかったのだ。そんな時に訪れた今回の転機。犬養は少し緊張しながら瑠璃に声をかけ……ようとした。
「何を言おうとしてるのかな? それは、ボクがせっかく優勝してご機嫌なのを壊さないといいけど。」
釘を刺されて犬養は息をただ吐くだけに留まる。しかし、会社の命令としては瑠璃に幸せを歩ませるのが犬養の仕事だ。
(……ただ待つだけで、瑠璃さんは心が摩耗しているのに……)
しかし、余計なことを言った場合は幸せどころか荒れに荒れる。皆に好かれる瑠璃の菩提樹の葉ともいえるような逆鱗だ。
結局、犬養が何か言うかどうかを考えている間に遊神邸に着くことになり、何も言えないまま二人は分かれることになった。
「……帰って、来てくれるんだから……」
一人で門を潜りながら暗い顔で俯く瑠璃はそう呟き、自室に直行する。自室の家具はすべて相川が使用していたものだが、もう瑠璃の匂いの方が染み付いている。その中でも彼女が向かったのはタブレットの方だった。それに向かって今日の頑張りを報告するのが日課になっている。
「えへへ。今日は頑張って優勝したよ? 仁の本允坊の名は守ったからね? 榊さんもお父さんが言うことに反対してたから平和的に決まったよ!」
傍から見て完全に病んでいるその状況でも瑠璃は楽しそうに一人で応答のないタブレットと会話する。しかし、それは不意に途切れた。
「……ボク、頑張ってるよぉ……? 少しでいいから、会いたいなぁ……」
その次の瞬間、瑠璃は光に包まれた。
「……?」
「あ……っ!」
気付けばそこは見知らぬ部屋だった。そしてその部屋にいた男性が瑠璃の足元から顔を上げ、タブレットで一度止まってそしてそのまま顔に来て不可解なものを見た顔で止まる。その近くには金髪の美女が驚いたように固まっていた。
「……あー? ちょっと待て。これはちょっと、マジか……いや! 「仁!」いや……ダメだ……」
男性、相川は非常にやるせなさそうに瑠璃のことを見て何か別のことを考えたように元気になったかと思うと瑠璃の発言によって背もたれに体重を預けて天井を見上げた。
「……あー……一応、確認です……あなたは瑠「そうだよ! やっと、やっと……うぅ……ボク……仁がいなくなってから、1年、頑張った……」わかりました……」
感極まって泣き始める瑠璃に対して相川はこれ以上ない程ローテンション。かと思いきやいきなり立ち上がって叫んだ。
「畜生がぁっ! 通りで俺の故郷ごと復讐相手がいなくなってるわけだよ! あの世界における5000万年が武術大世だと1年だと⁉ インフレってレベルじゃねーぞ⁉」
「……仁? 何言って……」
相川のシャウトに瑠璃は固まった。5000万年とは一体何だろう。瑠璃の思考が導き出す答えに理性が異論を唱える。
「い、いや……ありえないよね? 仁はまだしも、クロエちゃんだっているし……」
「私はシャルデ・アテル・ルウィンス、クロエ母様を母体として生まれた軍神であります!」
「……は?」
敬礼と共に発された快活な答えに瑠璃は思わず間抜けな声を漏らした。
「イメチェンしたの……?」
「面白い冗談でありますなぁ!」
「いや、そっちの方が面白いよ……? 見たことないくらいにこにこしてるね……? 楽しそうで何より……なのかな……?」
頭が理解を拒んでいる。そこに我に返った相川がやって来た。
「はぁ……あー……確認しにタブレットの回収したらこんな状況とは……るぅね!」
「呼んだ⁉」
空間からいきなり瑠璃の知らない美少女が現れて相川にまとわりつく。混乱している頭でも気に入らないことにはすぐに反応した瑠璃は今閉じ込められている場所から一歩進み出た。
「待て! 死にたくないなら出て来るな。」
即座に止めに入る相川の強い語気に身を竦ませる瑠璃だが、そんな彼女をるぅねと呼ばれた少女がじろじろ見て回る。
「おー? すっごい可愛い……何かぐるぐるして来たよ~?」
「……現地派遣しようと思ったが無理だな。お前戻っていいよ。」
その言葉に引きずられるように即座に消えた彼女。瑠璃は相川の方を見て尋ねる。
「……さっきの子は?」
「あ? ……ゴーレムの機……説明してもわからんだろうからそれっぽく言うと娘みたいなもんだ。」
「っ⁉ け、結婚したの?」
「あほか。俺のことを好きな奴なんて「るぅねは大好きだよー!」呼んでない。「マスター」呼んでないと言っている。」
瑠璃は更に別の声まで返ってくきたことに危機感を覚えた。そうなれば死のリスクなど恐れている場合ではない。古今東西、恋する乙女は無敵なはずだ。相川が自分を置き去りにして去ったあの日に言っていた条件はすべてクリアしたはず。自分を信じて瑠璃は境目に踏み出した。
(ボクを見て、ボクのことを置いて行かないで……ボクのすべてをあげるから、ボクのことを少しでもいいからあなたの心に留めて……!)
「がっ……」
願いながら相当な抵抗を受けつつ瑠璃は外に出てこようとする。それを止めに入る相川は間近で瑠璃の顔を見て何やらダメージを受けて一時的に席に戻り、周囲も悲鳴を上げた。
「目がぁっ! るーね変になるぅっ!」
「凄まじい美貌であります!」
祈りながら出てきた瑠璃はその姿を更に魅力的に変えていた。その存在自体の姿は殆ど変わらないが纏う雰囲気がそれまでと各段に違う。そんな彼女はふわりとその場に舞い降り相川を優しく抱きしめた。
「……相川 仁くん。ボクはずっと前から貴方のことが好きでした。もう、待たないし、待てないです。友達からもう一歩先に出た恋人になってください……!」
「……奏楽と上手く行ってないのか。」
瑠璃の告白に対する目をつぶったままの相川の返事は鬼だった。瑠璃はちょっと全身の動きを止めて相川にその真意を尋ねる。
「へ、返事は……? 何で奏楽君が出てくるの……?」
「いや、だって瑠璃は奏楽と結婚するんだろ?」
沈黙が場を占めた。混乱している瑠璃の頭は更に混乱しながら相川に尋ねる。
「は……? 何それ……? ボクそんなこと一回も言ったことないよ……?」
「いや、俺は無駄に記憶力はいいから覚えてるぞ。」
「言ってないよ? 何で? もしかして、遠回しにボク振られたの? なら返事は良いって時までお預けしてもらうけど……」
引く気はない瑠璃に相川が引きながらも相川は自らの頭に指をあてると空間にそれを向けて記憶の投影を開始した。それは幼稚園ことだった。
「……は? 何それ。何それ。意味わかんない。ボク…………は?」
「で、それに伴う瑠璃さんの行動。」
続いて奏楽と瑠璃が仲良くしている映像。しかしこれも小学校低学年の頃までだ。
「……ごめん。ボクの目の前にあるとっても素敵な君の目と思ってたものはもしかしたらビー玉だったりするの……?」
「こんな気持ち悪い死んだようなビー玉があるか。」
「……どう考えても、いや……こんなの覚えてるならもっとさ……ボクが君の方が好きだって、どう考えても君と一緒の時間の方が多かったよね……? というより、告白だってしたよ?」
「まぁ、親代わりだし。本当に好きな相手には照れてしまうんだろ。知らんが。」
「噓でしょ……?」
曲解どころではない。何かもう2,3発殴って治るかどうか確かめたいところだ。瑠璃が検討していると映像を見ていたるぅねが二人の間に顔を出しておねだりする。
「おー? 子ども可愛いなー? るぅねも赤ちゃんほしいなー」
「……後で作ってやるよ。設計図は自分で引け。」
「……そうじゃないー……」
がっかりするるぅねを見て瑠璃は相川に初めて根本的なことについて尋ねた。
「ねぇ……仁って、恋愛感情とかないの……?」
「ん? その気になれば単独で無性生殖できるからそういうの必要ないけど?」
「……そうか。ボクは何かもう色々間違えてた……」
しかし、この程度で諦める瑠璃ではない。過去、自分に相川の男の部分が反応したことはあるのだ。更に言うのであれば先程だって見惚れてくれた。強者目指して一直線。この信条を出会ってから育み、強化して来た瑠璃がこの程度で止まるわけがない。
「……もう、変な回り道はしないから。何があってもボクは君が好き。」
「? どうやら何か混乱してるみたいだが?」
「覚悟してね!」
よくわかっていない様子の相川に対して瑠璃はそう宣戦布告を行った。
申し訳ないですが、これにて完結とさせていただきます。