離別の時
「よし黒猫君! 行くぞ!」
「ふーっ!」
「威嚇すんな。」
ロケットから降りて黒猫君を抱える相川。急ぎの相川は瑠璃を会社の研究室の扉で追いつかせないようにしているが、会社用の物は乗っ取られた際に相川が壊せるように強度を落としているのでそう長いこと持つとは思えなかった。
しかし、問題は扉の外だけではない。興奮したアヤメが黒猫君を抱えた相川に詰め寄って裾を引いて何度も同じことを尋ねてくるのだ。
「兄さま⁉ ロケットがダミーとはどういうことですか⁉」
「ん? そのままの意味。」
「そんな……わ、私たちはどうするつもりですか⁉」
ようやく黒猫君をきちんと抑え込んだ相川から返答が返ってくるもそれが更なる問題となりアヤメは暗い顔になる。
「アヤメたちがどうかしたのか?」
「……正直に申し上げます。私たちも兄さまについて行きたかったので、ロケットの中に別の部屋を作っていました。」
「は? お前らじゃ無理って言っておいたのに?」
「はい。魔闘氣を修めなければ駄目だと言われ、頑張って習得して……」
相川はクロエとミカドを見る。しかし、どちらも何も言わなかった。そこで相川の方から告げる。
「……そりゃ返って良かったな。魔闘氣だけが渡界の条件じゃないし、下手すりゃ気付かない内に危うく死んでるところだ。」
ため息交じりに告げられた一言にアヤメは悔しそうに涙目で相川を見上げてお願いする。
「にぃに、お願いします。私も一緒に行きたいんです。何とかならないですか?」
「無理。」
端的に切り捨て過ぎた。ショックを受けたアヤメは暗い顔になって俯き、黙って瑠璃が破壊活動に勤しみ、既に亀裂が走っている壁を見て相川に背を向けた。
「おい、待て。何する気だ。」
「……アヤメもいっしょじゃなきゃいやー!」
「待て!」
急に幼児化したアヤメに相川は何か適当に言い包めるための道具を探し、そしてアヤメを後ろから抱き止めた。
「にぃに……にぃに!」
「……壊れすぎだろ。いや、それはまぁん゛んっ! アヤメはいい子だからお留守番できるかな?」
相川は一先ず置き去りから表現を変えてみた。するとアヤメは難しい顔をする。どうでもいいが彼女は同じような顔でポアンカレ予想についてのペレルマン論文を読んでいたことがある。
「むー……かえってきてくれるの?」
「そうだな。オロスアスマンダイドの採取のためにまたいつかは来ると思うぞ。」
ただし、アヤメが生きている内に帰ってくるとは言っていない。魔素のある世界に置いて相川の寿命は常軌を逸す。そんなタイムリミットのない人生で先延ばしに出来ることをしに魔素のない息苦しい世界に来たいと思えるようになるまでにどれほどの時間がかかるだろうか。
「……じゃあやくそくするからおまもり……」
何かよこせと言われても相川は少々困る。仕方がないので財布を漁って何か貰った記念金貨が入った鈴付きのストラップがあったのでそれを渡してみることにした。
「これ……にぃにがはじめてせんじょうにいって、えいゆうさんになったときの……!」
(……? そうだっけ。まぁ喜んでるならそれでいいか。)
色々記憶に齟齬が出ているようだがアヤメが喜んでおり、表情が普通に戻ったので相川の記憶では金運お守りのこれでいいことにする。
「……じゃあ、行ってらっしゃい。早く帰ってきてね……」
「あ、言い忘れてたけど「開いた!」逃げる!」
物凄い気になる途中で切って相川は扉をぶち破った瑠璃から逃走。アヤメは呼び止めたくて一杯だったがそれを何とか飲み込んで笑顔で相川を見送ってそれが見えなくなると涙を零し、それでも笑顔を浮かべて明日からまた頑張るために動き始めるのだった。
追い、追われる一行がたどり着いたその場所は無人島。相川と瑠璃が初めて決別した島の先にある黒猫君の故郷だった。
「……うん。この島に入ったら流石に方向感覚狂うよな。これで少しは時間を稼げるはず。」
片手で黒猫君を抱え、もう一方でミカドの手を死ぬほど嫌そうに引くクロエの手を引いてあちこち引きずり回して瑠璃を撒いた相川は霧の濃い島の中央部でようやく息をついた。そこでようやく尋ねたかった質問についてクロエから相川に尋ねる。
「あの……どうやって異世界に行くんですか……? 技術開発していた物は一切使わないみたいですが……」
「ん? 使うよ?」
軽く答えて霧の中を迷うことなく進みながら嫌がって逃げようとする黒猫君をしっかり抱える相川。子どもの頃は結構かかった道でも大人となった今では程なくして扉のある場所に着くと相川はまず指示を出した。
「じゃ、その辺にあるスーツを着て。」
「……確かに、このスーツは開発したものですが……他の、異世界に関するプログラムは……」
あれだけ膨大な研究費用をかけておきながらすべて無駄だったのかと訝しむクロエ。確かに、スーツ開発のため以外の研究でもそれによる副次的作用で特許を幾つかと画期的な論文を幾つも出すことに成功したが、本来の目的には何の役にも立たないのかと首を傾げていると相川は懐からタブレットを取り出して笑った。
「研究成果はここにある。……クロエ、俺が大事なデータを他人に任せると思うか?」
「……っ」
クロエはその答えに呆気に取られる。確かに、相川は複数台携帯電話を持ち、パソコンも扱うのに不必要なまでにタブレットを使用していた。両者の中間で、軽く資料の提示を行うのには便利かもしれないがそれにしても肌身離さず、遠出の際には必ずと言っていいほど持ち歩いていた。
「はい、と言うことでこれを使って扉を開けましょう。」
種明かしを済ませた相川は扉に向かってタブレットからオロスアスマンダイドのケーブルを繋げるとプログラムを起動して扉を光らせる相川。瞬間、相川の前を影が駆け抜けた。
「っがぁっ!」
「……? 何だこの馬鹿は。この細さで俺が魔素を通したオロスアスマンダイドは名工が鍛えた刀のように鋭いというのに……」
「! 貴様……私のことを忘れたの……?」
オロスアスマンダイドのケーブルに襲い掛かり、返り討ちに遭って手刀を切り裂かれた美女は相川を親の仇を見るかのように睨みつけると怪我のことなど気にしないかのように相川に向かってファイティングポーズをとる。
「いや、言葉の綾だ。そんなことより、何でお前がここにいる? 茜音。」
突如としてケーブルに襲い掛かった美女は瑠璃の妹、茜音だった。彼女は血走った目で相川を睨みつけると何やら無理矢理怒気を抑えつけて低い声で相川に答える。
「ロウ様の仇……いや、お前はもう知っているんだろう?」
「何について? お前と外道魔王が男女の仲にあったことかな? それとも二人の間に「全てだ!」……いや、流石に全部は知らん。」
しかし、彼女にとっては相川が述べたことだけで十分過ぎる仇討の理由になる。
「私じゃ貴様を殺すことは出来まい……だが! お前の野望を打ち砕くことはできる! そのためにここまで耐え忍び、三傑決定戦を終えたお前を追ってここに来たのだからな!」
タブレットを睨みつけて破壊しようとする彼女。それに対して相川は至極普通の声音で告げた。
「いや、無理だと思うな。」
そして、語るまでもなく彼女はクロエとミカド、そして何よりも故郷に戻ってきて絶好調且つ行きたくないところに連れてこられて絶賛不機嫌な黒猫君によって拘束された。
どうでもいいですけどにゃんにゃんにゃんの日ですね。にゃーにゃーにゃーでもいいですけど。
……ついでに後2話で終わらせます。