強制帰還
「……はぁ。」
相川が息をついた時、周囲に敵の影はなく辺りには死体の山と金属の残骸。血と糞尿、そして金属と油の臭いが漂っていた。
「……大丈夫なの?」
「……いや、死にそう。」
虐殺の様子を眺めていた瑠璃が隠れていた場所から降りてきて相川に尋ねると相川は気分悪そうにそう答えて何かを解除する。瞬間、相川が立っていた場所が赤く染まり、相川は膝をついた。
「……肉体的に死ぬのはいいんだけど精神がさっきのでやられた。無駄遣いし過ぎた気分。死にたい。大体何か変なセリフ言いまくってた記憶があるし……」
「ここからはボクがやるから負ぶさって! 無視するならお姫様抱っこするよ!」
瑠璃の申し出に相川は特に逆らうことなく素直に応じる。そこにミカドがやってきた。
「おいおい……ボス、あんた……」
「……お、ミカドだ。俺死ぬから後任せるわ。」
「ダメ!」
「……いや、もう戦闘終わってるからあとちょっとだけ頑張って治療受けたらどうですかねぇ……?」
ミカドはそう言いつつも相川が素直に言うことを聞くとは思っていないので瑠璃と目配せして移動を開始する。
「……運ばれておいてなんだけどさ、ミカド、お前来たのに瑠璃に俺を運ばせるわけ? いや、別に運べと言ってるわけじゃなくて俺を捨て置いて瑠璃を運んでもらってもいいんだけど……」
「うるさい馬鹿!」
「……まぁ減らず口をたたいてる元気があれば大丈夫ですかね。それより……いや、今あなたに負担をかける訳にはいかないか……」
ミカドが口を噤んだことに瑠璃は気になったが相川は凡その予想はついていたので何も言わずに代わりにその予想される結果に対する感想を口にした。
「あぁ……退職記念のために取っておいたヴィンテージもののワインを新築祝いで一気飲みした気分だ……まだ寝かせて自分のために時間を使う景気づけにしようとしたのに、テンションのせいで……!」
「何言ってるのかわかんないけど、生きてればまた飲む機会はあるんだから! 諦めないで!」
「収穫期が早過ぎた~……あぁもう死にたい……」
「うるさいって! 帰ったらやることあるでしょ!」
瑠璃の怒りに相川は確かにやることはあるが、死んでからでも出来なくはないと思いつつ反論は控えておく。相手が必死に助けようとしているのに助けられる側が死にたい死にたいなどと言っている様子はあまり好ましいものではないと思ったのだ。
「あ、いやでも俺の場合は死んだ方がいいし、好まれるための存在ではないからそっちの方がいいのではないだろうか?」
「いい加減にしてよ……入籍もしてないのに未亡人とかヤだよ……?」
「……?」
相川には瑠璃が何を言っているのかよく理解できなかったが、あまりにも血が足りなくなって脳の機能が壊滅的になったんだろうと判断する。現に、これだけの重傷で重篤な状態なのに痛みもなくなんだか楽しい気分だ。
「あはは。瑠璃はミカドと結婚するのか~大丈夫大丈夫、俺が死んでもミカドに業務を全部押し付ける訳じゃないって。ミカドは死なない……? あれ? 瑠璃は別に好きな人がいたのに浮気……?」
「……あんたそれ本気で言ってんのか……? 頭打っ……てるな。それもドギツく。血まみれだし……」
「おう、撃たれてるぞ! 一応頭蓋骨に減り込んで脳を圧迫してる程度で済んでるが……これよく考えたら凄いよな。うちの払い下げ品を違法改造したってことだもん。となると、そういう技術はやっぱりあるんだよ。なればそこを吸収して更なる発展を遂げないと……」
事業計画をいきなり語り始める相川にミカドはダメだこれはと首を横に振って瑠璃の方を見てギョッとする。瑠璃は泣いていたのだ。
「え……? え?」
「……何の恨みもないけどごめんね。ボク君のこと嫌い。浮気とか、信じられない……! 吐きそう。」
「じゃあ俺を下した方がいいよー世の中のたいていの男は独占欲が強いから自分の妻が別の男と触れ合ってるだけで気分を害するんだ。まぁ俺には関係ないけどね! 一生縁ないし!」
「……なんで俺は助けに来ただけで告白したわけでもないのに振られた挙句、嫌われてるんだ……挙句の果てには痴話喧嘩に巻き込まれるし……いや、ボスには一生分の世話にはなってるからいいんだが……」
釈然としないままミカドはナビゲートする。口論している間は相川の意識が途切れることもなく、死に至ることはないのである程度は見逃して任務に徹することにしたのだ。
「でも、お前さっきから瑠璃の乱れた服装の部分見てるじゃん。瑠璃は気付くぞ。」
「……いや、でもそれは仕方ないと思わないでしょうかねぇ? ねぇ? ボスも男ならわかるでしょ?」
「幾ら美人でも人の奥さんに欲情しないよ俺は。いった!」
「誰が他人の奥さんなの……! それに、さっき告白したじゃん。ボクは君の奥さんだからね。」
「あれは私ではない。残像だ。」
「……っ! 盗聴器が壊れてなかったらぁ……!」
しれっと宣う相川に瑠璃は心底悔しそうに歯を食いしばる。ミカドは呑気にそろそろ拠点が見えてくるところだがとスルーした。
「……ん? 瑠璃はさっきから何を言ってるんだ?」
「死なないでほしいこと。後帰ったら結婚式するけどどこでするか。」
「前者は善処する。後者は旦那と決めろよ……あ、でも一応見たいから出来れば年内、もしくは今年度いっぱいにしてほしいなぁ……ジューンブライドに憧れるなら諦めるけど。」
「……ボクもさっきから仁が何……旦那さんが、しっくりこないな……あなたかな? うん。あなたが何を言ってるのかわかんない。」
二人とも血を流し過ぎて血圧何かが大変なことになって知能が落ちてきているようだ。片方は元から酷く、そうでもないかもしれないが、もう片方は確実にこの状態になってから酷い。どちらがどちらかは不明だが。
「おーい、お二人さん。そろそろ拠点が見えて来たぞ。痴話喧嘩は止めな。」
「痴話喧嘩じゃない! 夫婦喧嘩!」
「痴話喧嘩ではないな。後、俺より瑠璃の方が頭やられてる気がする。」
「ボクはいつだって仁にお熱だけど? 貴方から告白してくれたんだからもう我慢しない。」
「……百歩譲ってイカレの別人格がファイターズハイで告白した事実は認める。でも、振ったよね? 縁起でもないって。お前なんかと誰が付き合うかおぞましいって! 喋るだけで口が彩の国になるとか。」
「言ってない!」
確かに彩の国云々は言ってなかった気がする。相川も素直にそこは認めた。
「大事なのはそこじゃない! 付き合うし結婚するし、一生添い遂げるし、同じ墓どころか同じ骨壺に入るって言った!」
「……え、言ってないというか、俺が嫌だけど……?」
「ボクは老いないから自分で言うのもなんだけど美人のままだよ? あ、やだ、もう自分でママとか言ってる。気が早いなぁ……」
「……これがファイターズハイか。俺にも来たが恐ろしいものだ……」
相川は気のせいにした。それでも、この時の記憶は確実に残っているはずなのでしっかりと明言する。
「瑠璃。」
「はい。」
「俺はお前とは結婚しません。」
「嫌です。します。もう撤回はさせません。ボクは10年待ちました。」
「拒否された取決めに意味はありません。そのため、撤回にはなりません。大体……いや、明言しておけば後は冷静になって落ち着くだろ。」
拠点目前で瑠璃は相川の言葉を受けて戻る前に一度話をつける必要があると背中から降ろして膝を突き詰めて話をしようとするが、それどころじゃないとそこからはミカドが相川を担いで拠点に担ぎ入れる。
「あー悪いねぇ……資格奨励金に色付けとくから。」
「いや、別にそういうのはいいから養生してくれ。搬送先の病院は受け入れ準備万端らしいから。」
「は? 自分で治療するから妙なことしなくていい。俺を病院に入れてみろ。医療ミスの案件が確実に一つ増えるだけだぞ?」
「……ま、行ってみてからのお楽しみだ。」
「つーか、搬送とかそんな時間はない。オペは一刻を争うんだ。素人はすっこんでろ。」
「……わかったから。もう腕も使えないだろうに強がらない。たまには人に頼れって。」
そういうやり取りの末、自社生産のコールドスリープの機械につながれた相川は問答無用で寝かされて本土に送られていった。




