屍山血河の作り方
相川たちが新手の敵兵2000を発見した頃。クロエは全身ボロボロになりながら【遠雷】と何とか連携を取って敵の刺客と渡り合っていた。
相手の右腕を落とした時点で「任せたよ!」と言って離脱した瑠璃のことを恨む気持ちもあるが間に合わなかった場合のことを考えるとこれでよかったのかもしれないと割り切って目の前の戦闘に集中する。正直なところ、思考を戦闘から別のことに割く暇がないので瑠璃のことなどどうでもよかったりする。
「【猫爪乱打】!」
「ぬぅぅっ! 小賢しい!」
(……だから何で効かないんですか! もろに腱を千切った感触ありましたよ⁉)
クロエは焦っていた。瑠璃が我が身を犠牲にして相手の右腕を奪い、続けざまに右腿に深々とその辺に転がっていた銃剣を刺した時点においてもうこの刺客に負ける要素は見当たらないのだが、それを差し引いても目の前の敵が倒れることはない。
「……埒が明きませんね……いい加減、引きませんか?」
「任務は遂行されぉわっ! 貴様、卑怯な……逃がさん!」
「あぁもう……!」
引くにも進むにも付きまとってくる敵にクロエは苛立ちの声を出す。その時だった。一発の特殊な音がする銃声が響き渡り、目の前の敵が大きく傾いた。
「今だ!」
「~っ!【破局突き】!」
声に従うようにぐらついた敵の脇腹を抉り取るように日々の鍛錬から盗み取った相川の必殺技を繰り出すクロエ。果たしてそれは敵の腹部を貫通して向こう側まで見えるような風穴を生み出した。
「み、見事……」
「……ウチのボスはここでもないか……全く。」
崩れる刺客の頭部に更にもう一発の銃弾を撃ち込んで黙らせる男。彼はようやく終わったということで気を抜きかけ、そして素早く次の行動に移ろうとしているクロエを見て軽く会釈した。
「どーもクロエさん。」
「あ……ミカド、くん。どうしてここに……?」
現れたのは相川の会社の元社員であるミカドだった。彼は苦虫を噛み潰したような顔になってクロエにここに来た理由を告げる。
「……前線はもう勝利して敵の拠点の制圧も完了してる。未だに交戦中なのは極東支部のボスたちの部隊だけなんだよ……」
「……囮、だった訳ですね……」
「……まぁ、うちの会社から傭兵としてきた時もいつも大体こんな感じだったからその扱いはいいんだが……いつもなら全体の戦闘が終わった時点で交戦を止めるボスが今日は隊列も乱しまくりながら応答もないときたもんだ。そりゃ、探しに来るだろ。」
表面上は飄々としながら、内心で激怒しつつそう告げるミカド。彼は続けて相川の居場所についてクロエに尋ねたがクロエが首を振ると溜息をついて前線の方を指さす。
「遊神一門が瑠璃さんとあんたを探して前線付近をうろついてるよ。助けてもらいな……じゃ、俺は行くから……」
「あ、待っ……」
クロエが言い終わる前にミカドは姿を消してしまう。相川を追いかけようとしていたクロエだが、この状態で行っても足手まといになる可能性が高いと判断し、休息をとってから行動することにした。
そして、その頃の相川は。
「テンション上がってきたぁっ!」
「駄目だよ無理しちゃ! 単なるファイターズハイだってそれ!」
目の前の2000の兵に突撃しようとして瑠璃に止められていた。
「瑠璃、下がってろ。俺が片付けてくる……」
「どうやってさ! 無茶しないでって言ってるの!」
「どうやって? 普通に、こう。」
拳を握って見せる相川に瑠璃は顔が触れ合わんばかりの近距離でお説教を開始する。正直、そんな段階ではない程緊迫している状況なのに瑠璃と相川は家にいるかのような態度だ。
「……何その目。何か文句あるの?」
「お前顔近い。眩しすぎて目が溶ける。」
「それ多分血を流し過ぎて変になってるんだよ。近いのは体力の消耗を防ぐためと遠くに気取られないためだから我慢して。」
「俺はここに……」
敵兵を挑発しようとした瞬間に唇を唇で塞がれる相川。瑠璃は真顔だ。怖い目で相川に小さな声で話すように訴えかけて相川が頷いたところでゆっくり口の端から銀糸を引きながら離れた。
「何すんだよ。」
「ボクの台詞だよ。見つかったらどうすんのさ。」
「全部倒す。あのさぁ瑠璃……さっきも説明したけど虚ろなる世界は形を成して幽世の門は開かれたって。わかる?」
「ぜんっぜん。」
瑠璃は首を振った。意味が分からなさ過ぎて相川の頭を心配してしまうところまで来ている。しかし、相川の方は分からない瑠璃の方を可哀想な目で見て笑った。
「じゃあ今から見せるからどいて。」
「危ないことしないならちょっとだけ離れる。」
「危なくない危なくない。……少なくとも俺にとっては。」
「あー! 今なんかぼそっと言った!」
いい加減ここで遊んでいる暇はない相川は大きなため息をついて瑠璃の顔をしっかり前から見据えた。そして、にっこり笑うと瑠璃に告げる。
「この戦いが終わったら、結婚しようか。」
「それダメなセリフだよね⁉ ボク知ってるんだからね⁉」
「拒否された。もう、瑠璃とは死んでも結婚しない。いや、できる訳ないのに何言ってんだろ。やっぱり今の俺は頭おかしいな、テンションおかしいもん、あはは。」
「あははじゃないよ⁉ 結婚については仁が18歳になってから法的手続きを取るとして! そういう、何か今から死ぬ人が言うことは言わない!」
瞬間、何故か瑠璃は相川に蹴り飛ばされていた。しかしそれを認識した直後に瑠璃は相川を逃さないために相川の方を睨みながら着地と同時に蹴り出す。対する相川は敵陣の中に突っ込もうとしていた。
「馬鹿! 大馬鹿! あほー! 結婚するって言ったんだからちゃんと守れー!」
「いや、もう拒否されたから無理。」
「ボクにはあんだけダメって言っておきながら自分の時には何なの⁉ いいから戻って来て!」
「ラーリラリラリホリラリホリラリホーくすくすくす……さぁ、悪夢の宴の始まりだ。最初は奮発しちゃおうかな。パパ頑張っちゃうよー?」
相川の突撃によって居場所が確実に相手に伝わってしまう。それを見た瑠璃はここで相川と一緒に心中する覚悟を決めながら相川の後を追って相川のおぞましい声を聴いた。
「悪の王、悪意を踏み躙りその上に立て。【悪喰】死者を率いる者、死人の魂を喰らいてその力を糧とせよ【死喰】……目覚めよ【殺人皇帝】。」
瞬間、瑠璃の心のどこかにあった何かが消失する。しかし、瑠璃にはあまり効果がなかったようだ。更にこの場にいる者たちにも何かがはたらくがそれもあまり効果を成さない。
それとは対照的に辺りを覆っていた陰惨な雰囲気は胡散霧消し、大きく変わったこととして相川の姿が傷一つない状態に変えられたことが上がる。
『あ、相川だ! 敵の総大将だ! かかれーっ!』
殺到してくる敵軍に対して相川は何やら落ち込んでいるようで覚悟を決めて相川の隣に立つ瑠璃に声をかける。
「……さっきの嘘だから。俺が君と結婚できるとか思ってないから。ありえないってわかってるから、身の程知らずとかそういうことは置いといてね。割と凹んでるから殺したくなる……」
「……もういいよ……最期まで付き合うから。ホント、毎回こういう時に告白しておけばよかったなぁって……毎回、毎回後悔するんだよね……でも、変な形でもプロポーズされた「忘れろと言っている。」……いけず。そういうのがデリカシーないって言うんだよ?」
言いながら瑠璃は違和感に襲われる。相川の目の中に自分が映っていないような感覚に陥ったのだ。しかし、それを確かめる前に相川の方が動いたので瑠璃も慌てて追随する。
「はぁ……この世界から出る時のために貯めていた悪意を食ってしまった……霊を食って氣にする方はまぁまだ……さっき何かしら巨大な氣を持ってた奴が死んだから幽世の能力上がってるし、そういう意味で言うなら悪意もまだ十分残ってるけど……テンションで行動するとこういう時に後悔するんだよねぇ……これなら普通に死んでた方がよかったんじゃないかな……このゴミ屑馬鹿野郎は……」
「いくら仁でも仁のこと馬鹿にしないでよ!」
憤慨する瑠璃に一瞥をくれてやった後、相川は敵陣の中に降り立ち、手始めに周囲20人の首を刈り取ってその血飛沫の中で優雅に一礼した。
「初めまして。そして死ね。」
それが戦闘とも言えない、虐殺の始まりだった。