離脱の行路
「こっ……この、外道がぁっ……!」
「多人数で一人を袋叩きにするのはどうなんですかねぇ……」
毒を用いて敵の達人たちを次々と屠り、残った相手をさっさと殺そうとしている相川。その体はすでに限界を迎えており、毒で鈍った体の相手と互角程度の戦いしか繰り広げられない有様だ。
(……不味い。何で練功で解毒できるんだこの世界の達人どもはぁ……っ! 毒が進行したら大人しく死ね! まったく……)
毒を喰らって内功を鍛えていた人物とは思えないことを思いながら相川は霞む視界を超えた先にいる相手を睨む。自身の危機的状態は全く悟られないように行動しているが、それでも限界があった。しかし、相手もそれに気付くことが出来ない程度には追い詰められている。
「武人の風上にも置けんとはこのことだ……」
「生憎人でなしなもんでね。オラぁっ! 【破刺一刀閃】!」
狂気の笑みを浮かべながらオロスアスマンダイドの刀から猛撃を繰り出す相川。それは何の抵抗もなく相手の左腕を肩から切り落とした。しかし、相手は歯を食いしばってその場から一歩進んで相川の腹部に手を当てる。
「【浸透覇王勁】!」
「ぐふっ……っ【逆咬み砕き】!」
内臓を破壊する浸透勁を喰らい霧状の血を吐く相川。しかし相川もそこで踏みとどまって相手の腹部に膝蹴り、側頭部に肘撃ちを入れて首を圧し折ることを目的とした【逆咬み砕き】を入れ返す。本来の技の域を超えて肋骨を砕き、横隔膜を破った上、頭蓋骨に罅を入れて脳を頭蓋骨の内部に叩き付けたそれを入れることで相手はその場で動きを止める。
「ぉの、れぇ……」
「まだ動くか……」
もはや達人クラスの強靭な体を壊すほどの力を出すことが出来ない相川は呆れながら刀を構えるとそれを横薙ぎに払って相手の首を落とす。
落ちた首はその持ち主の最期が武人の技ではなく、殺人鬼の武器による一薙ぎだったことを恨むかのように相川のことを睨みながら地に落ち、そして念のために相川によって更に両断された。
「……前に首だけになって足に噛り付いてきた奴を見た時はびっくりしたなぁ……それにしてもキツい……が、ここで寝たら多分殺されるからなぁ……」
杖になりそうなものを探してその場から離脱を開始する相川。しかし、その道には大量の敵が待ち受けており弱っている相川を見て狂喜しながら躍りかかってくる。
『相川はここにいるぞぉーっ!』
『血まみれで弱っている! 殺すのは今だ!』
『ここから生かして帰すな! 絶対にここで仕留めろ!』
戦場のあらゆる音に負けないように怒声を挙げる敵兵。近くに味方の兵はいるものの相川を見て助けようとするものは皆無だ。
「……上等だ。虫けらどもが……地獄で後悔しろ……!」
一薙ぎで4人の死体を生み出し、銃弾を掠りさえもさせない相川。その在り方に恐怖を抱く敵兵だが相川が動く度に流れる血がそれ以上の熱気を生み出してとめどなく相手を呼ぶ原動力となる。
『殺せ! 殺せ!』
『動きを止めさせるな! だが、ここから逃がすな!』
『動かせるために遠巻きに撃て! 近づいてきたら攻撃よりも押し返すことを優先しろ!』
皮肉にも自らの利益のみを考えるような敵将はほとんどこれまでに相川が殺してしまったためか、この場に残っているのは優秀な将達のみのようだ。上手い連携を取って相川が自軍の建物に戻ろうとするのを押し留める。
「あー……」
意識が朦朧とし始め、一回死んで精神体になることを考え始めた相川。この場にいる者は皆殺しにしようと思いつつ殆ど何も考えずにただ殺戮をするマシーンの様になり始めたその時。相川は天女を見た。
「仁! あぁ、こんなに怪我して……」
「ぉ……?」
この世の者とは思えないその女性は相川に何か言っているようだが相川はもはや言語を聞き取ることもできない程衰弱している。しかしそれでも敵意と悪意、それから害意に関しては卓越した感覚を持ち、目の前の人物が自らに対してそれらのどれも抱いていないことだけは分かった。
『何だ? 女?』
『……何て綺麗な……女神が舞い降りた……』
『我らに加護あり! ラークシュミア様は我らにっ!』
叫んでいた男の頭部が炸裂する。それによって熱気に包まれていたこの場が静まり返った。周囲の騒音もどこか遠くに感じられる中で舞い降りた女性、瑠璃は冷徹な目で周囲を睥睨し小さく呟いた。
「皆殺し、ね。」
瞬間、辺りを暴虐が食らいつくす。
理解が追いつく前に人が人であることを辞め、ただの肉塊に成り下がる。
飛来物はそれを放った者に全てそれ以上の勢いで跳ね返され、
全てがスローモーションになったかのような世界は気付けば動くものの方が少なくなっていく。
(……おいおい。こりゃ、どうなって……遊神さんかよ……)
その様子を見ていた相川も冷静さを取り戻してあまりの瑠璃の変貌に驚く。そのついでに瑠璃のことを天女と見間違えたことを微妙に恥ずかしく思い、そんな感情が結構残ってたのかとどうでもいいことを考えたりした。
「……大掃除終わり。仁を早く安全なところに連れてかないと……!」
「待……クロエは……」
「何か強いのと戦ってるよ。ある程度は二人で弱らせたからあとは一人で大丈夫なはず。」
相川の問いかけに瑠璃は急いで答えながら相川を背負って離脱を開始する。因みに、瑠璃の発言はクロエと【遠雷】に対して確認を取ったものではなく、クロエは激怒しながら最後の刺客と戦っている。
「仁は何も心配しなくていいからね。生き残れるように氣を循環して回復に専念してね……警戒すんな。」
珍しく相川に対して低い声で発された警告に相川は少し驚きながらもその言葉を無言で拒絶する。瑠璃は全力で戦場を離脱しながら胡乱な目で相川の方を振り返った。
「……出血を抑えるために四肢が壊死するくらい強く縛る? 一生監護してほしいならそれでいいけど。」
「何かニュアンスが……」
「いいからボクに任せてって! ボクのことを警戒する暇があったらさっさと回復しろ馬鹿!」
「……あー……まぁ……警戒したところで瑠璃にその気になられたら死ぬか……」
何て心無い発言だろうと瑠璃はその場に相川を下して平手打ちしたい気分になったが、そんなことをしている場合ではないし、下手をすれば重傷の相川が死ぬので後頭部で頭突きするだけに留まっておく。
「ぉぐ……」
「いっつも思ってたけどデリカシーなさすぎ。ボクだって怒るよ?」
「じゃあ捨てていけ。今気づいたがお前も相当厳しいみたいだしぃっ……」
「何なの? 黙ってて?」
二度目の頭突きで相川に鼻血を出させながら瑠璃は憤慨する。たとえ死んでも相川は助けるつもりで戦場の奥地にまでやってきたのにその言い草は非常に気に入らなかったのだ。
「いったぁ……」
「痛いって思ってる間は死なない……後、回復させる順番がおかしいよね。何で足から? 頭の方が大変だよね? 何なの? それもわかんない位頭やられちゃってるの? ボクから降りるとか馬鹿なこと言おうとするくらい頭馬鹿になっちゃったの?」
「……煽るねぇ……まぁ、それもあるけど、こっから先がね……」
瑠璃が怒ろうとする前に相川は自らの技によって生み出された断裂や敵の攻撃による裂傷で血まみれになった腕を前方に翳し、瑠璃の注意を前に移す。
「……嘘。」
「本当だ。さて、瑠璃は適当に隠れるか逃げるかしな……化物の生き様を見せようじゃぁないか。」
前方に展開していたのは、陽動の後、奇襲を仕掛ける手はずになっていた無傷の敵軍の別動隊2000だった。