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(……にしても多人数はキツいな……特に組技の奴がいるのが……)
相川は自軍の別動隊に何とか達人たちを擦り付けられないか試みながら逃げ回っていた。しかし、被害が拡大するだけで特段の意味もないまま相手は相川のことを追い掛け回す。
対する敵側も相川の武器、モース最高硬度を超越した結晶体であるオロスアスマンダイドから生み出された折れることも曲がることも欠けることも脂がつくこともない刀の前に攻めあぐねる。
(これが協会が危惧する武術殺しの武具か……! 鋼をも通さない鍛え上げられた我が体にいとも容易く傷を与えるとは……)
必殺の連携の第一を担う男が苦々し気に傷跡を舐めて相川を追う。本来であればこの男が敵の攻撃を受けて怯んだ隙に組技の男が相手の動きを封じ、残りの二人が攻勢に出るのが常だったのだが、想定外のダメージを受けたせいで動揺が走り、外道魔王の食客たちの手助けを借りなければ相川のことを逃がしてしまう状態に陥った。
「! あの銃だ!」
「ちぃっ!」
追跡している間にも相川が作る武術殺しの武器の排除のために追撃メンバーから離脱者が出てその抜けた隙に相川から何らかのアクションを受けて誰かが軽傷を負うか寸でのところで逃げられるまで持って行かれてそれなりの傷を負う。
それでも追う側として既に幾つもの傷を負っており、いずれ体力の限界を迎える相川を追い詰めることは出来るとにらみ、相川に休みを与えないように代わる代わる攻撃を加えるのだった。
(……それにしても毒の効きが悪いなぁ……辺りに転がってる死霊どもを使った束縛の効きも悪いし……もう少し巻き込んで霊氣を辺りに満たすべきか……)
相川の魂胆も知らないまま。
「クハハハハハ! これが遊神流の次代を担う力か! おっと、そっちの小娘は逃がさんぞ?」
「何なのこの人! 攻撃が決まったんだから倒れてよ!」
「……とんでもなくタフですね……」
その頃、相川の下へ来るはずだった武術協会の刺客の内、相川が最も警戒していた男は瑠璃とクロエを相手に大立ち回りを演じていた。
「【征光流・内心烈破】!」
「おっと、流石にそれを喰らうと俺もダメージを受けるかもしれんな……というより、それはロウ様の殺神拳の奥義ではないのか……?」
「【外身裂掌】!」
活神拳の総本山ともいえる飛燕山の投手の娘が殺神拳の中でも最も外道と称される征光流を使っていることに微妙な違和感を覚えながら刺客はその攻撃を避けてクロエの攻撃を受ける。
「クロエちゃん! 本気出してよ!」
「これでも出してますよ!」
「効いてないじゃん!」
「クハハ、仲間割れか?」
笑いながら二人に連携を取らせないように分断しながら攻撃を加える男。相手の意図するがままに分断されたクロエは苦い顔をしながらこの場で戦闘可能なもう一人の敵の達人を見る。
「余所見とはいい度胸だな! っぐ! 今のはいい一撃だった!」
「殺す気で打ったのにぃ……っ!」
「おっと……逃がさんと言っておるだろう?」
クロエの余所見すらも敵の油断を誘う囮として使いながらも相手が揺らぐことはない。そしてクロエの視線の先にあった敵はこちらの氣当たりで少し戦意を迷わされた一瞬の間に味方の【遠雷】と呼ばれていた男によって更なる傷を負っていた。
「貴様……死に損ないの分際で……!」
「ふー……これで二矢報いた……しかも今度は脚ときたもんだ。いい塩梅じゃねぇか。」
「……ふん、体力の限界か? 減らず口の口調が乱れているぞ!」
「……まぁ口調の乱れは仕方ないでしょ。本来はこっちだしね……それに、こちとらあんたにゃ腸煮えくり返されてるてるんでねぇ……あんたは覚えてないでしょうが。」
瑠璃とクロエには関係ないことだがこの二人には何やら因縁があったらしい。と言っても、相川の直属で戦場に来ている者たちの大半が何かの問題を抱えてこの場に来ているのだが。そもそも、問題がない人物が相川の下に長時間居続けるのは厳しい。
「どうでもいいが、その武術殺しの武器ともども貴様はここで消えてもらおうか!」
「仇だ何だと言うつもりはないですが……お前には死んでもらう!」
(……どうでもいいけどその武器貸してくれるか援護してくれるかでボクらの敵を何とかしてほしいんだけどなぁ……)
第二段階を目覚めさせる前に適度に【遠雷】の敵の手足でも圧し折って敵討ちでもさせればよかったと己の失策を呪いながら二人は目の前の敵をどうにか出し抜く方法を考えていた。
(……何だ? 妙に息が切れる……久々の戦場の空気に吞まれて知らず知らずの内にペースを乱してしまっていたか……?)
その頃、ようやく相川の敵は自らの身体に起きている異変に気付いた。しかし、それでも彼らは必殺の連携の失敗や強敵、それに戦場の空気などそれぞれに理由をつけて無視して防御服を血で染めている相川を追い詰める。
「……やっと、捕まえたぞ!」
「【金剛破砕】!」
速度重視の武術を扱う男が逃げるスピードを緩めた相川を捕獲し、それに追随して周囲の男も万感の思いを恨みに変えて攻撃に込めながら相川を襲いにかかった。
(~っ⁉)
そして視界の端に入る異物を見てそれを自らの腕であることを認識した次の瞬間に表情を歪める。そして彼らの総攻撃を受けるはずだった相川の表情も歪んだ笑みを浮かべていることに気付く。
「もう、遅い。まずはテメェだ! さぁ死ね!」
視界に入った異物の前に相川を捕らえたはずの男が投げつけられて血の徒花を咲かす。そして自らの腕に重りを乗せられた男は気付けば接近していた相川によって永遠の眠りに就かされた。
「クックック……さて、反撃のお時間だ。」
「き、貴様……毒を……!」
「それだけじゃねぇけどな……全く。激痛を伴う致死毒なのにどうなってるんだ……」
呆れたような口調で凶悪な笑みを浮かべる相川。追う者、追われる者の立場が逆転した瞬間だった。
「クハハハハハ! 相川の氣ももはや風前の灯だな! 我らの作戦も完遂直前ということだ!」
「くっ……」
未だに有効打を与えるに至っていない瑠璃とクロエは歯噛みしながら相手を睨んでいた。相手は不敵に笑いながら完全に受けの体勢に入っており、攻め来る態度は一向に見られない。
「……仕方ありません。瑠璃、これから僅かな間ですが一人でこれの相手を受けます。その隙にあちらで遊んでいらっしゃる方の手助けと武器の貸与をお願いします。」
「遅いよ! もっと早くに本気出してくれれば……」
(仮に私の方にこの人の注目を集めると瑠璃が一人で師匠の下に行く可能性があったので使いたくありませんでした……何より、この技で魔力を使い過ぎると師匠と一緒にこの世界から出ていくことが出来なくなるんですが……!)
心中の思いは出してしまうと余計な邪魔が入る可能性があるため、それは飲み下して謝罪だけ入れておく。対する刺客は笑みを消して始めて自ら攻勢に出た。
「っ! 攻撃に来たと思ったのに、何て隙のない……! クロエちゃん、本当に行けるの⁉」
「黙って自分の仕事をしてください。」
動き回るクロエの方向には猛攻を仕掛け、実力において高い瑠璃に対しては防御を行い、半身を全く別の指令系統で動かしているかのような男に対して瑠璃は一抹の不安を抱く。
「【魔闘氣発勁】……! 早く行ってください!」
「ズルい! それ仁に教えてもらえなかった奴だ! 後で教えて!」
決め場のつもりでやったことに瑠璃の脱力系のコメントが入ったが、クロエはそのやり取りの間に生まれた相手のわずかな隙を見出して襲い掛かった。