引っ越す
「あ~疲れた……」
「はは。愛が重いのも大変だな。」
「まぁ、これで遊神家との関係も債務関係以外は終わるからもう過去のことを愚痴ってもしょうがないんだけど……疲れた……」
「瑠璃ちゃんまた明日って何回も言ってたぞ?」
「俺は返事してないからセーフ。」
「酷い奴だ……」
相川は高須の車に乗せられていた。相変わらずチャイルドシートは蛍光色のそれで相川は不満気になる。
「乗せてもらっておいてなんだけどさぁ……これ嫌なんだけど。」
「贅沢言うな。オラ着いたぞ……ぉ?」
車が入れる範囲まで高須が相川を乗せて行くとそこからは何故か数名の男たちが並んでいた。
高須はそれを見て一悶着起きるか……? と据わった目で観察し、相川に手出しさせないために一度締めることを決めて車から降りるがそれは杞憂に終わることになる。
「おぉ、やっと来た! ぁーす!」
「何? 来た?」
「おい、これ持て。」
目の前で何か準備し始める男たち。それに対して相川が微妙な顔をする。
「……おぉ……わざわざありがとう。」
そんな相川に黒いタンクトップに長いニッカボッカーを履いた男が近付いて来るとその手に持っていた物を相川に差し出してきた。
「これ、引っ越し祝い品! 俺が作った手打ち蕎麦! いや~親父に見られるとアレなんで店じゃやってないけど、ムカつくけど血かなぁ? ハマっちゃったんだよね。割といい出来だぞ!」
「いや~悪いねぇ。この量ってことは……全員分?」
「汁は頼んだ!」
「昼からまた仕事だからそれまでにな! じゃあ渡した所で、お前ら戻るぞ!」
「……昼にはまだ少し早いけど……まぁ、作るよ。」
場の空気に置いて行かれていた高須が我に返って相川を捕まえる。
「ちょ、オイ……お前、何してんの?」
「チッ……もう一回締めておくべきか……いや、そうなると敵にみなされるし面倒だ……今しばらくは多少便利な糞ガキ程度で十分だな……」
「オイ。」
「……前にちょいと説得した人に因縁つけて来た奴を正論で論破して自治体と組んで清掃活動をしている好青年たちの集まりとして地元の新聞に載せてから自治体の方から活動費を貰って社会復帰の手伝いとかしてたら何かどんどん大きくなってこうなった。」
高須は相川が何を言っているのかよく分からなかったので要約するように頼んだ。相川は少し首を傾げて頷く。
「まぁ、色々あったということだよ。5歳児だからまともな奴からはいきなり暴行加えられないことを利用して説得から入り、非生産的に遊んでいるのを格好悪いと言う土壌を作ってさぁ。例えば、たばこは哺乳類の乳を吸う行為の代替行為とか反社会的行動がこれからの人生にどう影響するかとか語って。冷静に幼少期の教育と家庭環境が影響する人格形成の問題について自己肯定感を核に据えて論じて赤面させたり、説得に応じない奴には根気強い対応で何とかしたり……」
「いろいろあった。そう。」
高須はもう諦めた。別に、不良が社会復帰したのだからいいだろう。
「いや、ここにいた人たちは人間として言葉が通じたからいいんだよ。本気で猿みたいなのがたくさんいたからホント大変でね~……『難しいこと言ってんじゃねぇ、殺すぞ?』が挨拶で、蹴りと『泣くかな? 泣けよ』が続くコミュニケーションだった。そいつらには薬物の危険性や性病関連の危険性なんかを伝えるために有効活用して他の団体と話しやすくなるための材料に貰ったからいいんだけど……おかげで独自の薬物の適量も大体把握できた。」
諦めた高須に相川は苦労の道のりを語る。高須は全て聞き流して荷解きを行わないとダメだろう? と話をすり替えて話を中断させた。
「おっと、そうだった……自慢してる場合じゃない。荷物片さないと……皆は仕事に戻って~えーと、今9時過ぎたくらいだけど……11時半くらいには出来上がってると思うよ。あ、持って来た人は10時半にはここに来て。俺が作ったの出しとくから。」
「ウィッス! じゃ、お疲れ!」
「「「「「お疲れーッス!」」」」」
何だこのガキ……高須は引いていた。
壁は、ブロックのままだ。しかし、その光景を高須は見たことがない。いつもスプレーで何かが書いてある風景のはずだった。
道にゴミ……たばこの吸い殻も、空き缶も、ペットボトルも紙屑すらも落ちていない。寧ろ、日が当たる場所にペットボトルで作られた家庭菜園や花が……
何となく見ていて鳥肌が立った。そんな高須の視線を辿って相川は頷く。
「あぁ、まぁ割と大変な説得があったけど簡単に言うと何か毎回ここに集まって出席とか取ってたからどうせ毎日集まるなら金になることでもしたら? って言ったらやり始めた。最初は小学生みたいに馬鹿なことしてたけど大きくなり始めた20日大根とか見てたら何か真剣になり始めたみたい。」
「因みに小学生みたいなのって……」
「俺の小便で育てた野菜を誰かに食わせようとか。糞って肥料なんだろ? 食わせてみようぜとかそんな感じ。ある程度選別を行って今やってる奴らは俺が作った奴を何で他人が先に食うんだよとか言ってしてないけどね。自分の作物が自分が作ったから美味しいじゃなくて自画自賛出来るくらい美味くなって自慢したくなり始めたら次のステップだな」
(いやいや……何これ。マジで何なの? まだこいつがラボナールとこいつが作ったナニカで洗脳したとか言うなら安心なんだけど……)
掲示板に張り付けられた地元新聞。そこには得意げに写真に写っている彼らの姿やインタビューでふざけたことを言っていたと載っていた。
その周辺には写真には小さな状態でしか写っていないものから矢印を書いて違う紙に「これ俺!」や、「夜武鎖愛参上! 全国紙制覇上等!」などが書かれている。
他には最近始めた物や質問などのコーナーがある。過去、壊すこと以外に誰からも関心を持たれなかったその場所がいやに平和だった。
「……何なんだ……何が起きて……」
「まぁ、要するに成功体験を味わわせた。嫌なことを頑張った後のカタルシスを味わわせた。その他色々な悩みを解決した……そして邪魔者は排除した……けどまぁ、その辺の話をしてたら荷解きが終わらないからちゃっちゃと行きましょう。」
納得いかない高須であったが、相川が気にしないので仕方なく元拷問部屋の相川の部屋に移動して行った。
部屋の中はまだ殺風景な状態だった。拷問部屋と言っても取調室の付いた事務所のような物だったので割と広く、相川一人が住むには大きすぎる程だ。
「さて……時間指定の宅急便が後20分後くらいから来始めるな……下でかち合ったら大変なことになるかね?」
「いや、ちゃんとしたところに頼んだんなら大丈夫だろ。」
そんな会話をしながらこの日の午前中は部屋の設備の確認と来始めた荷物を解いて行くことで終わり、続けて引っ越し祝いや蕎麦会を行うことになる。
相川が契約の確認や荷解きが終わる頃には夜になっていた。
「……何かテンション上がって来た……」
そんな相川は一人きりになった部屋でそう言って立ち上がった。久々の独り。危ないことをしても邪魔をする者は何もない。
「……このテンションのまま寝るのはアレだな……よし、もう明日は幼稚園休むことにして夜更かしするか……」
相川は買ったばかりの時計を見る。時刻は22時を回っていた。
「……いや、俺良い子だし0時には寝るけどね……将来180㎝は欲しいし……でもこのままのテンションを明日に持ち越したいから明日はやっぱり休みだ。」
そうと決まれば幼稚園に電話だ。誰も出ることはなかったが、相川は留守番電話に引っ越しで疲れただのもっともらしい理由を付けて翌日の欠席を伝えると最早阻むものはないとギミックの改造に取り掛かった。
結局、相川がベッドで眠るのは翌日の4時ごろになったが、0時から2時までは何回か転寝してたのでセーフと呟いて気分的には大丈夫なことになった。