懲罰室でごめんなさい
「この部屋は完全防音だ。好きに喋っていい。」
懲罰室に入った相川は後ろからついて来ていたクロエと瑠璃が室内に入り、扉が閉まるのを確認してから二人にそう告げた。その瞬間、張り詰めていた糸が切れたかのように瑠璃が滂沱の涙を流し始める。
「ごめんなさい……ごめんなさいぃ……ひんっ……」
「全く……試験官通してあれだけ事前の通りにだけやるように言ったのに……」
瑠璃の涙に相川は見当違いの感想を抱く。傍から見ていたクロエにもそれはすぐに分かったがそれよりも今は訊きたいことがある。
「……師匠。まず小さな疑問の解消をお願いします……結局、誕生日はいつなんですか?」
「そこか。」
前々から自分たちの誕生日はきっちり祝ってもらい、その日は確実に相川の誕生日を訊くのだが毎回逸らかされてしまっていた。今回は流石に聞きたいとクロエは相川に尋ねたのだ。
「ま、そんなことより俺がこの修羅の国の極東傭兵団の隊長だってことを覚えておいてほしいな。」
「それはわかりましたが……あの、誕生日と好きな食べ物を……」
「今、それ、大事?」
ゆっくりと確かめるように訊かれてしまってはクロエにとって大事でも黙らざるを得ない。泣いている瑠璃も役に立たないのでクロエは相川がここに二人を連れてきた理由を聞いてから誕生日を訊くことにした。
「……それでは誕生日は後で聞くことにしますが……誕生日を置いて話しておくべきこととは何ですか?」
「こだわるな……そもそも俺に誕生日なんてものはないんだが、そんなことはどうでもいい。大事なことを言うが、この戦争中はお前らは俺と全く関係のない赤の他人と言うことで通せ。」
「いやぁ……ごめんなさいぃ……」
ほぼ条件反射で謝る瑠璃にここに来るまでに自律すると何度も自戒していたのを隣で聞いていたクロエは何とも言えない目を向けながら相川の方を見て尋ねる。
「……理由を、お聞かせください。」
「簡単。俺は世界の敵だが事ここでは半端じゃない程憎悪の対象でな。俺を相手にすると恐怖で意思が挫けるが俺の知り合いってのが出てきたらそのはけ口に全力で突っ込んでくるだろう。」
「……その程度のリスクでしたら……」
いずれ隣に立つために頑張ってきたクロエからすればその程度で挫けるような問題ではない。寧ろその程度の問題も越えられずして何が支えるだ。と奮起する材料にもなる。
「後、前線にいる直属兵とこの建物にいる近衛レベルだったらいろんな感情と勘定で考えて行動するが正規軍でも食い詰めの奴らとか別部隊の奴らだと俺を後ろから刺したいって奴がたくさんいるから。いざって時に足手まといになられると困る。」
「……それは、私たちが師匠より弱いからと言う問題だけではないですね……」
悔しさを滲ませながらクロエは拳を固く握りしめる。自分の身を守ることが出来たとしても周囲との連携において妨げになる可能性があるということ自体が問題となるということを理解しているのだ。
「……それと、瑠璃はいい加減にしてください。自律はどうしたんですか?」
「だって、ボク、仁のこと、何にも知らないって……仁がっ、可哀想だよ……ボク、酷い馬鹿……で……おこさまで、何にも知らなくて……ボク馬鹿……ごめっな、しゃぁ……」
「勝手に可哀想な存在扱いしないでほしいんだけどねぇ……つーか瑠璃は分かったのか? 絶対に俺にはここでは敬語を使え……もう『わかりました』だけ言ってればいい。」
「わ、わかりました……」
「わかりました。」
早速言う通りにした二人。それを見て相川は一先ず最低限伝えなければならないことは伝えたと懲罰室の椅子に座る。それを目で追った瑠璃はその奥にある拷問器具を見てふとここが懲罰室であることを思い出した。
「あ……お仕置きしてもらわないと……」
「周囲のアピール? 別にいいよそんなもん。」
「悪いことしたんだから、お仕置きしてもらわないと許してもらえない……」
若干虚ろな表情の瑠璃を見て相川はこいつどんな生活を……と思ったが、基本的に相川の家にいるのでそんな深い意味はないと瑠璃の思考回路を適当に読んで先手を打つことにした。
「瑠璃、それを俺にやらせる気ならお前は反省する気がない。」
「……反省してるよ……ボクは人間の屑だから仁様に調教してもらって真人間にならないと……」
「……ぁ。」
クロエは瑠璃の発言に少々心当たりがあったがそんな失態を犯した秘書が社長にどうこうされる本など持っていないことにしたいのですぐさま口をふさいだ。相川はこいつの仕業かと思いつつ瑠璃の説得に入る。しかし、この時点でもうかなりやる気がないので説得と言うより脅迫する。
「面倒くさいから一回しか言わないが、やめろ。」
凍てつく視線で瑠璃を竦ませる相川。そして先ほどの他人設定の敬語使用義務付けに加えて新たな指令を加えた。
「後、どれだけ俺が危険な状態にあっても決して近づかずに見捨てること。」
「無理です。身代わりになって死なせていただきます。」
「ぼ、ボクも、絶対、ここで死なせない……から……」
厳然と言い放ったクロエと泣き止みながら相川の言葉を拒絶する瑠璃。しかし、相川は冷たい視線のまま確認した。
「返事は『わかりました』だ。もう一度言う。お前らの配備は中軍と後詰の間。もし拒否するなら後方補給部隊としてこの場での警護を言い渡す。」
「う……『わかりました』……っ!」
「『わかりました』……クロエちゃん?」
言った傍から顔を顰めたクロエを訝しむ瑠璃。対する相川はクロエにしっかりと告げる。
「【言限呪】っと。これでお前らは自分が言った言葉に反する行動はとれない。」
「……安易に言霊を……しかし、混戦になれば……」
「どういうこと……?」
「文字通り言質を取られたということです……」
難しい顔をする瑠璃。何とか抜け道を探すクロエ。そんな二人を見ながら相川は笑う。
「あー俺も過保護だなぁ……さて、連絡事項は大体終わりだ。後は現地でお前らの上に命令を出すから何にも考えなくて流れに従いながら敵を倒せばいい。何か質問は?」
「……誕生日を。」
「どんだけしつこいんだお前……」
クロエの質問に相川は思わず苦笑して仕方なく答えた。
「この世界の概念にはない。そもそも、俺が発生した時点ではその場所に日時という概念がほぼなかったんでな。」
「……では、戸籍上のモノで構いません、祝わせてください。」
「……忘れた。家に帰ったら社員名簿のために使ってたプロフィールがあるからそれ見せてやるよ。」
言質を取ったということで小さく拳を握るクロエ。その傍にいた瑠璃は不安気な顔で相川に尋ねる。
「仁は……いつからこんな危ないことを……?」
「生まれた時から。」
「そうじゃなくて……それもダメだけど、軍人さんになったのは……」
「7年前だな。」
そんなに昔からやっていたのに気付けなかったのかと瑠璃は歯噛みする。しかし、過ぎた過去を悔やんで今できることをできずに逃しては本末転倒だと自分の柔らかな頬に一発強烈なビンタと腹部に拳を放つことで戒めて吐血し、相川に頭を叩かれて治療してもらった。
「ごめんなさい……」
「……このド馬鹿が……」