催眠中
「……よし、あんまり小さいと面倒だからやめた。もう少し成長させよう。」
瑠璃を寝かせつけた相川は少しだけ休憩時間を取ってから仕切り直した。そろそろアヤメもおねむの時間のはずだが、まだ起きているらしいので一緒にいる。
「そうだな……自他の違いを認識し始める9歳ごろにしてみるか。俺の存在を不幸ばかり起こる自分に対して自己防衛機能が働いて、都合のいい存在として相川という概念を生み出したことにしておこう。おいこら瑠璃。お前は今9歳だ。いいな?」
「……うん。」
(……いや、これでかかったらもう……と言うよりもはやかけてすらないんだけど……)
催眠術云々という問題ではなく、何だこれはと言いたくなるような現状はアヤメも同じようで相川の方を軽く見上げて無言で非難にも似た視線を向けた。
「……瑠璃さん? 起きていたんですか?」
「……『さん』?」
瑠璃がピクリと反応して目を開けた。やはり先程からこれはもう催眠じゃないよなと思いながら相川がどう持って行くか考えていると瑠璃が目の前に近づいていた。
「ボク、瑠璃だよ?」
「えぇ、はい。知っていますよ? 治療「違うよね? 仲直りしてくれたんだよね? 見捨てないって言ってくれたよね? おかしいよね? 何で、距離を取るような、言い方なの?」……あの、初対め」
相川が言い終わる前に瑠璃は相川をベッドに引きずり込んでいた。慌ててアヤメが間に入ろうとするが瑠璃は無言でそれを払いのける。眼中にすらないようだ。眼中にないアヤメに対してそれしか見てないという状態にある相川は瑠璃の目を見て引き攣った笑いを浮かべる。
「……忘れてた。」
「そうなんだ! よかったぁ……じゃあ、ボクのことは瑠璃だよね? だって、一生一緒だもんね?」
ハイライトが消え失せた瑠璃の端正な笑顔を見ながら相川は黙って頷く。それを見て瑠璃は満足そうに笑った。
「距離を取るなんてありえないもんね? だってボクと仁くんは一生一緒なんだから。そこにいる知らない人よりもクロエちゃんよりもずっと傍にいるボクのことを仁くんはちゃんと見てくれてるもんね。だからボクもちゃんとそれに応えないと。ボクはずっと仁くんのことを見て何があってもすぐに駆けつけて役に立てるように頑張るよ? だからボクのこと大事だって、大好きだって言ってくれる? あ、仁くんは照れ屋さんだからボクから言わないとダメか。「る」ボクは仁くんのこと大好きだよ。この世で一番、あの世でも一番、これ以上ないくらいに大好き! 何でちょっと引いてるの? 何か怖いことでもあるの? そこの人殺した方がいい? あ、間違えちゃった。ボクと仁くんは今二人きりだった。だから照れなくていいよ? ボクのこと大事って言って? ね? ね? どうして「り」言ってくれないの? おかしいなぁ? あぁ言わなくてもわかるだろうってことか! ごめんね、察せなくて。鈍くてごめんね? 捨てないで。捨てないで。もっと頑張るからボクのこと見捨てないで。ボクにできることなら何でもするからさ。お願いだからボクのことをちゃんと見て? ボクには仁くんしかいないの。ねぇ、お願いだから……何で、目を合わせてくれないの? おかしいなぁ? 普通は見つめあうよね? あ、わかった! 仁くんのお目目は誰かに操られちゃってるんだ! 誰かは知らないけど危ないことする「だ」ね! そのままだと危ないから取っちゃおうか! 大丈夫だよ、何も見えなくてもボクがきちんと仁くんの面倒看るから! そうなると二人の新居について考えないといけ「め」ないね? 子どもは何人にする? やっぱりいっぱいになるなら部屋の数とかいろいろ考えないといけないから今の内から決めておかないとね。ちょっと興奮してきちゃった。聞こえる? あ、そ「だ」ういえばボクのおっぱい大きくなったよね。聞き取り辛いかもね。でも、仁くんおっぱい大きい方がいいよね? 小さい方がい「こ」いならすぐに抉り取ればいいだけだしさ。こんな考えがすぐ出て来るなんてやっぱりボクが一番仁くんのことわかってるよね? クロエちゃんは少し大きいからって勝ち誇ってたけど要らない分は捨てないと。やだなぁ、要らない分って、クロエちゃんのこと捨てるなんて誰も言ってないよぉ? うふふ「れ」ふ……あれ? 仁くんっ……!」
口には口でふたをしろと言わんばかりに相川は瑠璃の唇を強引に奪った。刹那の間のみ混乱して目を白黒させる瑠璃だったが即座にうっとりしてそのまま夢の国に旅立った。
解放された相川はゆっくりベッドから降りる。
「ふぅ……ダメだった。そう言えば9歳の頃は瑠璃の精神状態が一番おかしい頃だったわ。失敗失敗。」
「色々、もう何も言えないですけど、一つだけ……何でキスしたんですか……?」
「寝かせるため。体液操って睡眠薬作った。」
アヤメの質問に答えながら相川は困ったように首を傾げる。
「……もう少し前に戻して洗脳……もとい、要らない者の処分をしようと思ったんだが……何でここは基本に忠実で戻れないのかなぁ?」
「もの」のイントネーションが少々気になるところだが、アヤメは首を傾げた。しかし、相川から今回についての説明はない。
「進めるしかないか……じゃあ11歳かな。無意識で行う運動や行動が優勢なのって大体これくらいの時期までだし、無意識下に働きかけるならこのくらいの時期が一番いいだろ……」
と言うことで相川は瑠璃の精神を進めようとしてふと思いとどまった。
(……今回みたいにイカレたりすることはあったか……? 多分、大丈夫と思うが……)
自分が何をやっていたかは覚えているが瑠璃のことはあまり覚えていないので相川は大丈夫か少し気になりつつ、先ほどは催眠とも言えない適当なもので進めたため【あの様】になった可能性を考慮しながら瑠璃に正規の催眠をかける。
「瑠璃さん、今あなたは、11歳です……小学校5年生になってしばらく経ちました……今の気分は如何でしょうか……?」
「るー」
「……? ……?」
気の抜けた返事に相川は返事を忘れて首を傾げる。その時点で瑠璃は退行催眠などお構いなしと言わんばかりに目を開けてこちらにやってきたがもう慣れたのでこれに関してはスルーすることにした。
「えっと? 何?」
「るっ!」
「は?」
「るー!」
「ごめん、ちょっと意味わかんない。」
何かを訴えかけてきているようだ。ボディランゲージで書く動作を行っている。しかし、片手で頭を抱えて俯いた相川にはそれが見えない。
「るー! るぅーっ!」
「何かあったか……? 思い出せ俺。結構ヤバいレベルで瑠璃の精神が崩壊してるぞ……それともこの催眠方法がダメだったか? このまま帰らせて遊神さんから要らん恨みを買うくらいならもういっそ治した方がいいか……?」
「あの、兄さま……何か書くものを要求してるみたいですよ……?」
「るりっ!」
それっ! と示す瑠璃にアヤメは余分な資料の束を一部持ってきて渡す。瑠璃は少し何を書くか迷ったように手を止めたが頷いて相川に書いたものを見せた。
『おっぱい大きくなったよ!』
「……何の報告だよ……」
全体的な疲労感に苛まれた相川は背もたれに体重を預けてここからどうするかについて思案するのだった。