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強者目指して一直線  作者: 枯木人
終章・高校生編
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退行催眠

 翔が相川の店を訪れた日の夜中、相川はアヤメと共に社内にやってきていた。


「……さて、どうするか。」

「兄さま……本当に治すんですか……?」


 彼らの目の前には安定した寝息を立てている瑠璃の姿がある。彼女を翔に呼ばれた安心院から預けられ、治療することになっていた。


「う~ん……正直あの小僧に『黙れ小僧! お前に瑠璃を救えるのか!』と料金吹っかけて『その言葉が聞きたかった』って言いたかっただけなんだよね……」

「……1億本気で準備するみたいでしたけど……」

「いや、要らん。」


 それはさておき、目の前の瑠璃だ。相川的には自分が治すことで後々に面倒なことが起きそうなため、治療はしたくないのだが、痕跡は消させたはずなのに相川のことを執拗に追いかけてきたことも微妙に気になっており治療ついでにその解析を行いたいという気分もある。


「……あんまり俺の手を使うのもアレなんだが……ま、仕方ない。自然消滅は難しいみたいだしな。」

「僕の時には絶対にしないでくださいね……」

「……邪魔しなければな~」


 瑠璃が記憶喪失になって以来、少々変わってきたアヤメの態度を牽制するように窘めて相川は横たわっている瑠璃の瞼を開く。


「ぁ、あれ……? ここは……」

「遊神瑠璃さーん。ご自身が置かれている状況はおわかりでしょうか?」


 覚醒した意識と連動して動く体。それによって瑠璃は体中を覆っていた倦怠感などが抜けていることを知りつつ声をかけてきた男性を見て返事をする。


「か、看護師さん……」

「はーい、そして詳しい説明は省きますが遊神さんには退行催眠にかかっていただきまーす。」


 現状を全く理解していないままの瑠璃だが、過去に瑠璃の精神に入ったことのある相川には意識がある状況で瑠璃が抵抗しないだけで条件はクリアしていた。


(……抵抗力なさすぎだな……このまま俺の手で記憶の改竄までやってしまうか。)


 そのまま少しの時間で瑠璃に催眠をかけることに成功する相川。直前まで病気で弱っていたことなどが原因かと考えつつ再び目を閉じている瑠璃に話しかける。


「はーい瑠璃さん? あなたはだんだん幼くなっていきます。高校入学……中学校卒業……中学生に戻り……中学校入学の時まで。……そこから更に小さくなって、小学校を卒業したころ……小学生のころ……小学生になる前……今、瑠璃さんは幼稚園生になりました。そこからもう少しだけ戻って、瑠璃さんは5歳です。」

「うん……ボク、5歳……」


(……えぇ……導入部分から入りやすかったけどこんなにかかっていいものか……)


 相手に全てを投げうっているかのような自意識の薄さに相川は危機感を覚えるが今回はそこが問題ではないので進めていく。


「瑠璃さんは武術大戦に行きました。」

「うん……ボク、頑張ってお父さんの隣で戦ったよ……」

「でも、お父さんは相手の人の攻撃でピンチです。」


 本来は誘導尋問のように瑠璃の言葉をどんどん促していくのだが、相川はその場にいたので瑠璃の言葉ではなくその場全体の流れを知っているということで相川の方で話を進める。


「そう……そこに、仁くんが来てくれたの……」

「そうだっけ? よーく思い出してごらん? そこに来たのは、『か・け・る』くんじゃなかったかな? どうだったかな?」

「違うよ……? 仁くんだよ……?」


 瑠璃は不思議そうに目をつぶったまま首を傾げる。アヤメも相川の言葉に疑問を持ちながら黙って成り行きを見守った。


「翔君はどんな子?」

「翔君は……ボクのこと守るって言ってくれた人……」

「じゃあ、この時に守ってくれたのは?」

「仁くん……」

「本当に? 仁くんって何?」

「……? 何言ってるの?」


 相川に邪悪な笑みが浮かんでくる。アヤメはそれを見て思わず身構えた。


「仁くんなんて子、その時、いなかったよね?」

「……いたよ……?」

「うーん。その仁くんって子はそこで何をしてたのかな?」

「飛んでた……」


 少々意味が分からずにアヤメは思わず小さく笑いをこぼしてしまった。それを相川に見咎められながら居住まいを正し、相川が続けるのを見守る。


「瑠璃ちゃん、ひとは、飛ばないんだよ?」

「うん……」

「じゃあ、仁くんっていうのは、人じゃないんだね?」

「魔法使いさんだよね……?」

「魔法使いさんかぁ……テレビで見たのかな?」

「ううん……?」


 実際に行ってきた自分の出来事ながらこの世の常の出来事ではないので否定しやすく、相川は自分の存在をそのままなかったことにできそうだと笑いながら瑠璃の意見を真っ向否定せずに誘導してそんなものはありえないという方向に導いていく。


「テレビで見てないなら、絵本かな?」

「さっきから何言ってるの……? 仁くんは……」

「あれ? 仁くんは何「あなたでしょ?」」


 急に眼を見開いて相川を見据える瑠璃。傍にいたアヤメはホラーシーンを見たかのように小さく息を呑んで思わず小さく跳ねた。


「……瑠璃ちゃん?」

「ん? どうしたの? ボクは何で大きくなってるんだろ……仁くんが魔法をかけてくれたの?」

「……あれ? ちょっと待とうか。」

「……それで、そこの小さい子は誰なの? さっきから何なの? 笑ってるけど。」

「に、兄さま……なんだか怖いです……」


 目を開き、立ち上がる瑠璃を見て相川は首を傾げてアヤメの言葉を認識できなかった。少々考え事をするモードに入っているようだ。


「なぁんだ……妹か。それはそれとして……なんだか仁くん成分が足りてないんだけどどうしてだろ……?」

「兄さま、兄さま! なんだか危ない人ですよ! 近づかれてます!」


 相川を揺り動かして覚醒を促すアヤメ。しかしその時には瑠璃が相川に抱き着いていた。そこまでされてようやく相川は我に返る。


「何してんだこいつ。」

「ぎゅー……あ、ちゅー」


 本当に何してんだこいつと思いながら相川は出来る限り引く。そしてこの体勢と瑠璃の状態を見てそういえば瑠璃の幼少期はキス魔でくっつき虫の時期があったと気付き、首を振るって顔を引き離すと瑠璃を投げ打った。


「ふぅ……なーんか妙な催眠のかかり方してるなぁ……過去に集中してるはずだから今のことはあまり認識できないはずなのに……」

「に、兄さま……瑠璃さんの様子が変です……」


 そういえば振り払われてベッドに体をぶつけた割には静かで何もしてこないなと相川が気付いて瑠璃の方を見ると彼女はきょとんとした顔で相川を見上げ、そして不意に顔を歪めた。


 次の瞬間、瑠璃は影になり相川に絡みつく!


「ぅうぇええぇぇえぇん!」

「……あぁ、そういえばそうだった……」

「ど、どうしちゃったんですか……?」


 号泣する瑠璃にドン引きするアヤメ。耳元で泣き叫ばれながら締められつつ相川は冷静にアヤメの疑問に答える。


「こいつ、小さい頃は泣きながら寝技組んできて泣きつかれて寝るまでがセットだったんだよ……」

「えぇ……?」

「意味が分からないだろうが、事実だ。……まぁ今の俺だったら流石に寝た時の瑠璃くらいからは抜け出せるから泣き止むまで待つか……」


 この後、相川は瑠璃を抱っこしたまま揺り動かして寝かしつけることになった。




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