奪還計画
間に合わなかった分の修正をしました。
(……私は何をしてるんだよぉ……あれじゃ変態さんだよ……)
我に返った瑠璃は自らがしでかしたことに顔を真っ赤にして蹲っていた。あんなの自分じゃないと何度も頭を振るが機会があってやってもいいと言われた場合、人目がなければやると確信してしまう辺りそれが本当のことなのだろう。
(で、でも。一応アレで多少は情報が入ったもん。前向きにならなきゃ……)
瑠璃の奇行によって得られた情報は大きく二つ。一つ目はあの男性はほぼ間違いなく記憶がなくなる前の自分と関係のある人物だということ。
(……少なくとも、恋人か何かだよ。だって、私そこまで変態さんじゃないもん……)
恋人でも人目を憚らずに匂いを嗅いだり舐めたりするのは変だが、それでも瑠璃は心の平穏を保つためにそう思った。理由としては匂いを嗅がれた時の相川の反応だ。
(緊張とかじゃなくて、また? みたいなうんざりした感じだった。私、変態じゃないけど人前でああいうことやってた可能性がある……私変態じゃないけど。)
はしたない子であることは否定したい。そんなお年頃の瑠璃さんが次に得た情報は今の自分の周囲にいる人間は嘘をついていること、そして都合の悪い何かを隠していることだ。
(あの人の匂いは間違いなく私の枕……ノアちゃんに渡された枕と同じ匂いだった。何か隠そうとしてたみたいだけど服に染み付いてた匂いは間違いない。そして、その変えた時の匂いは私の部屋にある家具……多分こっちは本当に私のだよね? それに隠されてた匂いと同じ。)
相川の体臭の変化は奇しくも薬品を扱っている時の相川の匂いに近く、瑠璃の部屋の家具から仄かに香るそれとほぼ一緒だった。
(でも、あのお家にはその匂いがついてるところはなかった。つまり私の家具は確実にあの人のところにあったということ。そして地下室があった場所から考えて守ってくれてるのかもしれないと思ってたけど少なくともバイトなどの自由行動をとれていたことからそれも除外。)
仮定に仮定を重ねる行為で様々なルートが導き出されるが瑠璃は現在最有力候補を考えていく。これまで色々考えてきたことだが、不安だったものがほぼ確実されてきて瑠璃は今の家が嫌になっていた。
(逃げた方がいいのかな……? でも、お父さんたちは別に悪いことしてるわけじゃないし……何であの人から私を遠ざけるんだろう……)
様々な疑問を抱きながら相川を見てからは何故か更に湧いた食欲を十分な食事で満たし、後謎の元気を手にした瑠璃は調味料等の補充を行っている相川の出待ちを行い、相川がアヤメと一緒に出てきてからは距離を取ってそれを追いかけるのだった。
「……兄さま。」
「口を動かすな。あいつは口も読む。無唇術使え。」
「はい……」
そして尾行されていることにアヤメと相川も即座に気付いた。アヤメは溜息をつく。
「朝から余計なことしなければよかったです……」
「本当にな。どうする? 全力で撒くか?」
「……そしたらお店全部閉まっちゃいますよ……それに、素人状態を装ったままで撒こうと思ったら……」
「出来なくはないんだがな。」
相川としては別にデートに使われようが追っ手を撒くことに使われようが大した違いはないのだがアヤメからすれば明日からのモチベーションに大きな違いが生まれるのだ。
「うー……大体なんなんですか? 記憶がない割には兄さまにべたべたべたべたと……痴女ですよ痴女!」
「……まぁ厳密には記憶を失ったわけじゃないからなぁ……思い出せないだけで。だから無意識の習慣とかが出たりするんだろうが……あいつのアレは習慣なのか……?」
「どっちにしろ変態ですね。」
一先ず距離を取るために二人はタクシーを使って尾行者から離れようとする。即座にそれを追いかけようとする瑠璃だが、それは妨害者の手によって実現できない。
「……ノアちゃん。」
「うふ……予想外に早く出会いましたねぇ……羨ましい運命です……」
「追いかけたいんだけど?」
「その前に、私の雇い主のところに来てもらいましょうかぁ……」
尾行するために建物の窓枠に気配を消して立っていた瑠璃を見上げながらノアは頬に手を当てながら微笑みを浮かべている。瑠璃は一瞬、尾行先の相川たちのことを見たがノアの視線に屈し、飛び降りる。
「わかった。」
「では、こっちですよぉ……? 気配は消してくださいねぇ……」
言いながら急加速するノア。その気配の薄さから瑠璃は彼女が目の前にいるのにもかかわらず見失ってしまったかのような錯覚に陥れられる。
「ね、ねぇ! もうちょっと……ゆっくり……」
「ごめんなさいねぇ? 私も、雇い主も暇じゃないの……急いで?」
記憶を失う前であれば普通に追随して動けたのだろうかと歯噛みしながら瑠璃は引き離されないように彼女を追う。しばらく移動した先にあったのは巨大なビルが立ち並ぶ都心の一角だった。
「着きましたよぉ? ここからはゆっくりでも大丈夫です……」
「……よかった。」
息を切らすほどではないが、多少疲れながら瑠璃は身分証を提示して中に入るノアを追う。中に入ってからは首からイベント参加者の証明書を下げて厳重に警備された一室の前に通された。
(……これ、もしかしたら私を騙して捕まえるんじゃ……?)
「うふふ……そんなに警戒しなくて大丈夫ですよぉ……?」
周囲の戦闘能力を見て警戒している瑠璃にノアが笑いながら緊張を解し、その閉ざされた部屋の扉を開ける。そこにいたのは二人の美少女だった。
「ノア、ご苦労様。そして移動の時間だから早く行きなさい?」
「……はぁい。それじゃ、またね瑠璃ちゃん……」
部屋の中で女王の様に悠然と腰かけている少女の命令に従ってノアはその場から立ち去る。その目は決して納得しているものではなかったが、この上下関係は中々に強固なようだ。
「……それでは、遊神瑠璃さん。記憶をなくしてからは初めまして。私、桐壺グループ参与の桐壺 真愛と申します。」
「初めまして。参与補佐の桐壺 和子だ……」
「はっ、初めまして……」
目の前に現れた突然のビッグネームに瑠璃はたじろいで思わずお辞儀をする。そんな瑠璃を見て二人は奇妙なものを見る目になるがそれを一切気付かせずに続ける。
「単刀直入に申し上げます。私たちはあなたの置かれている状況をすべて把握した上で利用させていただこうと考えています。」
「利用……?」
「えぇ、言葉は悪いですが利用です。ですが、あなたにとっても悪いことではありませんよ? 私たちに協力していただければあなたの周囲が隠そうとしているあなたの過去を全て明かし、その上であなたが望んでいたことも達成させるのですから。」
利用という言葉を聞いて引こうとしていた瑠璃がそこで止まった。
「私が、望んでいたこと……」
「えぇ。ですが、詳しいことはあなたの決心がつかない限り、契約をしてくださってからではないとお教えできません。何分、遊神一門に加えて最悪の場合はあの方も敵に回られるので……」
「そ、そんなこと言われても……内容が分からないのにやるかやらないかなんて……」
至極当然のことを言う瑠璃。そして桐壺たちもその反応は予想していたことだった。
「そうでしょうね。私どもの計画をあのままでは完全に壊されそうだったということで今回は計画があるということだけでも知ってもらおうと動いただけです。返答はまた後日で構いませんわ。」
「あ、あの、質問……」
「申し訳ないが時間だ。」
瑠璃が何か言う前にこれ以上の会話は出来ないと一方的に告げられ、目の前から二人が消える。
「……気配がないと思ってたけど、映像……」
これ以上ここにいても何もできない瑠璃は心中に煩悶とした思いを抱えながら大人しく退出するのだった。