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強者目指して一直線  作者: 枯木人
終章・高校生編
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お店にて

 裏口から入ってきた瑠璃を待ち受けていたのは多数の戸惑いの顔だった。瑠璃を案内してきた女性は店内にいた別の女性に別室に連れて行かれ、瑠璃は休憩中のバイトの店員たちの中に取り残される。


(……この反応……やっぱり何かある……)


 一先ず出てきたお茶を飲みながら瑠璃は大人しく待機する。落ち着く香りに一息つく瑠璃だが、周囲の雰囲気は浮足立っており瑠璃のことなど見ていない。それが記憶をなくして目覚めてからの瑠璃にはとても珍しいことだった。


(皆、私のことに慣れてるみたい……)


 実際はよりによって相川が調味料の補充と調合をしに来る日に相川の言いつけを破っていることが発覚してしまう本社の人間と、普段よほどのことがない限り動じない本社の人が狼狽えているのを見てこの人を連れてくるのは結構な問題なのかと考えるバイトたちには瑠璃のことを気にしていられる余裕がないだけなのだが。


 そうこうしていると瑠璃を連れてきた女性と頭を抱えるように困った顔をした女性がこの場に戻ってきた。


「瑠璃ちゃんごめんね? バイト辞めた人をここに連れてくるのはダメだったみたい。」

「当たり前です。」

「でも、約束は約束だからご飯だけでも食べて行ってちょうだい?」

「……特例ですからね。」


 申し訳なさそうに謝罪してくる瑠璃を連れてきた人と一切表情を崩さずに瑠璃を突き放すように言葉を足す女性。瑠璃は今度からお客として潜入するか再びバイトとして雇ってもらうかを考えた。その間に彼女たちは調理に取り掛かったようだ。


「何かあったら責任は……」

「……こんな綱渡りは…………シフト被ってない……方が多い……よかった……」


 調理の合間に集中すれば辛うじて断片だけが聞こえる程度の声量で会話をする二人に瑠璃は何とかその声を聞き取ろうとその場から動くことなく耳に力を入れる。


(ダメ、普通の人たちじゃないみたい……聞き取れない……)


 通常の音量ではないごく微小な声量による会話は炒める音に掻き消されて瑠璃には聞き取れなかった。煩悶としながら他の人の会話を盗み聞こうとするもバイトたちは我関せずと携帯を弄り出したり、学生生活における情報交換などの当たり障りのない会話をするだけだ。


(……私、ここで嫌われてたのかな……?)


 そんな状態を見て不安になってくる瑠璃。俯いてお茶が入っていたコップをじっと眺めていると不意に食欲を誘ういい香りが近づいてきた。


「はい。今日は生姜焼きが賄いだったんだけど、瑠璃ちゃんが来たからには好物の肉巻きおにぎりにしようと思ってね?」

「……あ。」


 好物? 瑠璃に与えられた記憶、遊神たちからの話ではハンバーグや唐揚げ、そして甘い物が好物だったはずだが。そう思いながら瑠璃はお礼を言った後、食前の挨拶を述べて出来立てのそれにかぶりつく。


「……おいしい、です……」

「そう。よかったぁ……このお店のレシピで作ると熱いのよね……しゃ」


 隣に立つ女性に精されて言葉を切った瑠璃を連れてきた人。しかし、そうでなくとも彼女は言葉を切っただろう。そのおにぎりを食べた瑠璃が何故か泣き始めたのだから。


「ぅ……」

「まさか……」


 顔を蒼褪めてしまう冷静な女性とよく事情は分からないまでもとりあえず何かあったのかと心配する声をかける快活な女性。心配する声に対し、瑠璃は首を振りながら答える。


「な、何でもないです。何でも……」

「何でもないって、じゃあどうして泣いてるの?」

「あ、安心しただけです……ちょっと、気が緩んで……私、ちゃんと居たんだって……」


 私という一人称を聞いて少しだけ安堵するクールな女性。記憶が戻ってしまっていたらどんな目に遭わされることやらと吐きそうになっていたが一先ずは大丈夫そうだ。目の前の感動的な雰囲気を他所に彼女が安堵の息をついたその時、裏口が開いた。


「おはようございます。ちょっと早いけど調味料の補充に……」

「にゃーっ!」

「……あん?」


 突如聞こえてきたスタッフルームからの変な悲鳴に訪問者、相川は足を止める。そんな相川を隣にいるアヤメが急かした。


「急ぎましょう兄さま。デートの時間がなくなってしまいます。」

「……まぁなくなったとしても8割お前のせいだけどな。」

「お、おかえりにゃしゃーましぇご主人様!」

「……ここはいつからメイド喫茶に?」


 いつも冷静な副店長の急な登場と頓珍漢な挨拶を受けて相川は意味が分からないと首を傾げる。そんな相川の手をアヤメは引いて早く中に入ろうと急かし続ける。


「しょ、少々お待ちを。先にお風呂など如何でしょうか?」

「ねぇだろ。お前どうしたの? なんか問題があるなら言ってほしいんだが……」

「私でも構いません!」

「邪魔しないでください。あなたと会話している分だけ私のデート時間が減るんです!」


 予想以上に錯乱しているらしい目の前の女性に相川は首を傾げつつ何か問題があれば自分が出なければならないので再三の確認を取る。


「それは俺が介入しない方が上手く行く問題なんだな?」

「お願いします、お目こぼしを……」

「……何か不正やってんなら強行突入するけど。」

「埒があきません! 入りましょう!」


 アヤメの不思議な動きによって止める力も入れられないままに二人の侵入を許すことになる副店長。後はスタッフルームに相川が行かないか、表から瑠璃を出しているのを願うだけだ。


「あっ……!」

「ん? っ!」


 しかし、後ろから聞こえてきた音にもはやそれは叶わぬ願いと知ることになる。彼女は後で厨房の鉄板で焼き土下座でもすればいいだろうかと真剣に悩みながら裏口の扉を閉めたのだった。





(……何でこいつがここに? いや、豪い氣が萎んでるな……気付かないわけだ。)


「看護師さん……探してました。」


 瑠璃と再邂逅した相川は即座に手を引いているアヤメに手の握る力でモールス信号を送り、知らない人と伝えることでこの場で初対面であるように振舞うように指示した。そしてアヤメの返事を受けて即座に行動を開始する。


「看護師さん? 何のことですか? と言うよりあなたは誰で……」

「もうお止めに……」


(【殺気縛り】)


 何かを口走ろうとした店長に自らの保身に走る副店長が技を繰り出して黙らせる。相川に素性を尋ねられた瑠璃は素直に応じた。


「私は遊神 瑠璃と申します。それ以上は記憶喪失なのでわかりません……でも! ここでバイトをしていたことは教えてもらいました!」

「……それで、えーと再契約したいってこと? 申し訳ないけど今ウチはスタッフ募集はしてないんだ「あの!」……はい?」

「前に、会いましたよね……? 病院で……」


 瑠璃の問いかけに相川は左側を見上げて首を傾げ、そして瑠璃の方を見直して首を振る。


「いいえ? 誰かと勘違いをされているのでは?」

「……では確認したいと思います。ちょっと匂いを嗅がせてもらいますよ?」

「え。嫌ですけど……」


 こいつ頭おかしいんじゃねーの? と思いながら距離を取ろうとする相川だが、下手に動いて素人ではないと判断されると絡まれる可能性が高くなりそうなので体液の分泌を操作することで体臭を変えることにした。


「あの、そういうことをされる場合は相手に勘違いをされる可能性があるので気を付けた方が……」

「……わかりませんね……もう少し……」

「あのー? 遊神さん?」

「これは味見しないとわからないかもしれません……」

「あなたその看護師さんと何してたんですか?」


 やはりこいつは変態だと引く相川と、他の男には触れるどころか近付きさえせずに無視する瑠璃のこの行動を見てもう8割くらい記憶が戻っているんじゃないかなと思う店長、副店長。そしてアヤメはこの後のデートの時間を気にして苛立っていた。





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