脱獄
「筋がいいとは思っておったが、これほどまでじゃったか……」
洗脳状態にある瑠璃の特訓を見ていた外道魔王は目の前の光景を見て思わずそう言葉を漏らしていた。目の前では瑠璃が屍山を作り出しており、その表情は鬼気迫るものだった。
「よし、やめい!」
「はぁっ!」
「じゃが、これはあまりいただけんのぉ……」
止めに入る外道魔王にも攻撃を繰り出す瑠璃に外道魔王は呆れながらも彼女の拘束を行う。そこで同じく見ていた茜音から薬を受け取って無理矢理瑠璃にそれを飲み込ませることで落ち着かせると次の準備に入ることにする。
「休憩が終わり次第、征光流の有段者を連れてこい。あぁ、我に従わぬ者をな。」
「はい。」
茜音が準備に入る中で外道魔王は瑠璃を部屋まで運び、ベッドへ寝かせる。そして笑いながら自らの師が作り出した征光流のある種の到達点に立ち会えそうであると思うのだった。
『お、丁度いいところに。ロウ様の弟子の中から使えん奴を連れてこいっていう話だ。多分ありゃ新入りに殺される奴だな。準備を頼むぜ?』
ロウの指示を受けた茜音に命じられて居城の地下にある牢獄の前まで足を運んだ男は半笑いで牢番に伝言を告げる。門番とは異なる受付役がそれを受理して中に入ると下っ端の男は暇になったので門番たちと世間話を始めた。
『なぁ、あの新入りマジでいい体してるよな? 一回ああいうのとヤッてみたいもんだ。』
『そんなにいい女なのか? 俺らは見たことないが……』
『いい女ってもんじゃねぇぞアレは。見た瞬間時を忘れるね……お? 新しい入所者か?』
ここからが盛り上がる下世話な話というところで話をしていた一行の下に一人の童女を抱えてやってくる人物がいた。その姿を見て男たちはこれからさらに盛り上がるとばかりに笑いだす。
『おーロリコンじゃねぇか! 国境警備に飛ばされたのにその姿を見るからにゃ治んなかったか? いや今盛り上がっていてよぉ。っと……』
『おいおい、こんな上玉だったらお前の病気が再発するのも仕方ないかもなぁ?』
空港の制服を着ている男の姿を見るなり朗らかに声をかけていた二人だが、彼が捕まえてきた童女を見て朗らかな笑みを下卑たものに変える。対する男の方は誇らしげに笑った。
『おう、スパイだ。この後はまぁ察する通りってな。尋問室借りるぞ?』
『俺も混ぜろよ!』
『お前にゃ門番の仕事があるだろうが。ここは俺とこいつに任せてだな……』
しばらく下世話な話で盛り上がりつつ談笑する一行。もう一人の門番は一切かかわらないようにしていたが絡まれてその下心を暴かれてしまう。そんなことをしている内に牢番が返ってきた。
『おぉ、それが連絡があった者か。連れて来い。』
『畏まりました。』
牢番の指示に敬礼する空港の制服を着た男。その後ろでは男に対して口添えしろという文句が小声で発されていたが男は聞こえないふりをして中に入る。
『ふむ。隠し武器などはないだろうな?』
『えぇ、そりゃもちろん。体の隅々までチェックしましたからねぇ……』
嗤う男に嫌悪感を示す牢番。しかし、職務上の責務はきちんと果たしているので嫌味の一つでそれを済ませて獄へと二人を導く。
『念には念を入れよとの仰せだ。この特別牢に入れろ……これ以降はこちらの管轄に入る。変な真似はするなよ?』
『それはこんな真似かな?』
瞬間、制服姿の男の表情は嫌に歪み今までピクリともしなかった童女が勢いよく動いて牢番を無言で制圧した。即座に牢の中に牢番を突っ込む男は顔についていた特殊素材を少しずつ剝がし、そしてようやく剥がし終えた時に息をつく。
「じゃ、皆さん脱獄のお時間です。アヤメはそっちの列な。」
「はい兄さま。」
シャツの襟からオロスアスマンダイドが混合されたワイヤーブレードを引き出して牢獄を切り裂いていく二人。中にいた人間は驚くが、制服姿の男……相川が静かにしろというジェスチャーを行い、切断した鉄パイプを渡してくるので黙って牢の中で待機した。
しかし、監視カメラによってその蛮行はすぐに知られることとなり、警報が辺りに鳴り響く。しばし大音量で鳴り響いたのちに相川が声を上げた。
『声を上げろ! 脱獄の時間だ! 手錠を壊された者は既に共犯! 逃げなければ殺されるぞ! 同じ獄に入っていた者で協力するもよし、一人だけ逃げるもよし、思い思いに逃げるがいい!』
相川の声に呼応するかのように怒号が上がる。出口付近では獄卒との争いで暴動が起きているが相川は逆に深部へと進み更なる解放を行う。
「アヤメ、そろそろ強い奴はネタ切れか?」
「そう、ですね……」
「じゃあ上に出よう。それからの流れは覚えてるな?」
「はい。」
確認を終えた直後、大崩落を思わせる破砕音が鳴り響いて相川がいた場所と外道魔王がいた城内がつながることになる。その時点で相川とアヤメは地上に出てきておりその後からは流れ込んできた土砂を足場にして上級者たちが、そして壁に鉄パイプを刺して足場を作ることで少々強い程度の者たちが地上にあふれ出てくる。
「さぁ、推定価格22億のこのお城の破壊から始めようか。優しい俺は飛行機は普通に取り返せそうだから50億の損害を出したら帰ってやろう。『外道魔王の私財宝を漁るぞー!』」
現地の言葉で最後の一言を付け加えると周囲の反応が一部変わる。単に金がほしい者。国益を考えた際に外道魔王の力が下がっていた方が喜ばしい者。思惑は様々だが逃亡者たちの中から相川に協力する者が増える。それらを率いてアヤメは別行動を始めた。
『どこから湧いて出やがった!』
『相川だ! 【死喰らい】が出たぞ!』
協力する者が増えるのに対して敵対する者も続々と登場してくる。そのどれもが油断ならない相手であることを認めた相川はそんな彼らを爆破した。
「アッハッハッハ! 『戦争しに来てんだよ。試合がしたい奴は帰れ。』」
爆発にも耐えられると高を括っていた外道魔王の配下の武人たちは爆弾の内部から飛来してきた刃により体を切り裂かれ、その隙に相川に殺される。相川は殺した相手を値段に換算しながらすぐに撤退できること、そして壊れていたら嫌という理由で入り口付近を破壊していく。
(チッ……硬っ……これは推定価格の見直しが必要だわ。外道魔王とか達人の力に耐えられるように素材が変わってやがる……)
「あはっ……♡」
執拗に壁を破壊していた相川の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。それはどことなく空虚で、そして艶のある声だ。しかし、相川は無視して壁の破壊行為に勤しむ。
「あれ? ねぇねぇ、私を助けに来てくれたんじゃないの?」
「……私?」
違和感を覚えた相川は破壊の手を緩めて声の主がいると思われる方向に壁の残骸を思いっきり投げつける。すると声の主は笑いながら姿を現した。
「瑠璃だよな。」
「そうだよぉ? 相川ぁ~瑠璃でした~♡」
「おい、致命的なまでに名字が違うぞ。頭おかしくなったか? いや、元々か……」
「そうでーす。仁くんにお熱で瑠璃の頭はおかしくなっちゃいました~!」
瞬間の交差。相川が辛うじて避けたその鋭い攻撃は紛れもなく目の前にいる相手が繰り出した一撃だ。相川は剣呑な目でその当事者を睨む。
「ほう。殺しあおうってか。」
「違うよぉ? 私とぉ遊びましょ♪」
狂気の笑みを浮かべる瑠璃を見て相川は苦い顔をする羽目になるのだった。