影との闘い
「さて、まぁあの黒猫君が俺の言いつけを無視して暴れた辺りでもう少し考えておくべきだったよな……」
「グルルルル……」
崩落したホテルの屋上で相川は来訪者と対峙しながらストレッチを行う。ついてきていたアヤメとクロエはこの場からすでに離脱しており、この場に残っているのは巨大な3頭の獣だった。
「ケルベロスにキマイラ、それにグリフォン……しかも幻種だよ。いやーキツいね……」
相手がこの世界のモノではないことを視て理解しつつそこに存在する魔素を喰らう。それだけで相手は本能的にまずいということを理解して相川の排除にかかった。
「fight or flight……その選択肢は間違いだってことを冥途の土産に教えてやろう!」
島ごと滅ぼすような戦力を相手に相川は獰猛に笑いつつこの獣たちがここに来た原因を考え、少し離れた場所にある外道魔王の氣を察知して苦い気分になるのだった。
「おう? 榊の子倅か。いいところに来おったの。」
一方、瑠璃たちの方でも危機が忍び寄ってきていた。現在、眼前には外道魔王。そして背後に新手の何かが来たのだ。しかし、眼前に全力を集中する必要がある瑠璃たちにはそちらを確認する余裕もない。
そんな瑠璃たちを見て余裕の笑みを浮かべながら哄笑する外道魔王は野良犬でも扱うかのように瑠璃たちの背後からやってきた榊神道流の子どもたちに指示を出す。
「クカカカ! 余所見出来ぬのは辛いのぉ……子倅ども、そやつらを持ってこい……と、言いたいところじゃが。ふっ!」
「ぅぐっ! な、何を……!」
突如として笑みを消した外道魔王に攻撃される榊神道流の面々。悠といつも彼を窘めている女性はその攻撃を辛うじて避けることが出来たが、それについてきていた残り二名は物も言わずに昏倒した。いきなりの暴挙に対してその女性が声を震わせながら外道魔王に詰問する。
「ふ、不戦条約を守らないおつもりですか外道魔王様。」
「ふん。小童どもが我を騙そうなんぞ100年早いわ。不意を突けば勝てるとでも思うたか? 青いのぉ……まぁ、不意を突かせて心を折るのも悪くはないが今は暇がないのでの。」
この場にいる全員に皆等しく殺戮するというメッセージを伝えるかのように殺気をばらまく外道魔王。その意を肌で感じ取った榊神道流たちに瑠璃の方から申し出を行う。
「ねぇ、なんか皆殺すみたいな感じを出してるけど……手を組まない?」
「瑠璃! こいつら殺神拳の連中だぞ? そう簡単に……」
「クカカカカッ! 主も榊の息子じゃろうに……よくもまぁそんな面白いことが言えるのぉ……」
「……戯言を。」
外道魔王の物言いに嫌悪感を露にする奏楽。その間に瑠璃は悠と高速で会話を行う。
「それで、仁は?」
「あの屑なら瑠璃のことなんざお構いなしに逃げる前に荷物取りにホテルに行ったよ。だが安心しろ。お前のことは俺が守るからな。」
「……ホテル。」
決して前から警戒心をずらすことなく瑠璃はホテルの方をチラ見した。そこでは局所的に雷雨が降って居たり火が立ち上がったりそこを中心に遥か彼方に電磁砲のような何かが放たれたりしている。
「……えぇ……」
思わず緊張感のない声を漏らしてしまう瑠璃。そんな彼女の様子を訝しむ悠は外道魔王から目を逸らさずに小声で瑠璃に尋ねた。
「どうしたんだ?」
「……見えないんだ。いや、まぁ……うん。ボクたちも頑張らないと!」
勇気をもらったように気を取り直す瑠璃。悠からは単に瑠璃がホテルを見て遠い目をしたようにしか見えなかったので彼女の頬に勇気づける意味を込めて口づけをした。
「……あ゛?」
「え、いや、その……勇気づけようと思ってさ……」
信じられない程低い声で悠を威圧し、睨みつける瑠璃。その気迫に思わず気障なセリフを言おうとしていた悠はしどろもどろになり、奏楽は目の前に集中しながらも背後のやり取りを音声だけで感じ取ってやきもきしている。
「…………今は、今だけは……我慢する……外道魔王倒すよ……」
「あ、はい……」
「……何とも言えん茶番を見せてくれたのぉ……仲間割れでもするのかと思えば結局、こうか……流石に遊神と榊の両方を相手取るには面倒じゃから手加減してやろう……来い。」
手招きして余裕を見せる外道魔王。最初に仕掛けたのは奏楽だった。本戦におけるどの戦いよりも鋭く疾い一撃を繰り出し、外道魔王に肉薄する。
「ほぉ、実力を伏せておったか。じゃが、当たってやるほどのものではないのぉ。っ!」
続く悠の攻撃に外道魔王は余裕の表情で行ったバックステップを切り替えることになり、更に続く悠の相方である女性、リタの攻撃……その時点で外道魔王はその場から姿を消して少し離れた場所で笑みを浮かべていた。
「クカカカカ……いい筋をしておるのぉ……全員持ち帰りたいほどじゃ。まぁ、榊の子倅どもとそのお供は手出しできんがの。じゃから主じゃ!」
「あぐっ……!」
完全に気配を消して行った急襲に対して難なく対処され、飛び蹴りした脚を掴まれる瑠璃。外道魔王は瑠璃を逆さにしたまま持ち上げ、呵々大笑していた。
「素晴らしい素材じゃのぉ! この我の動きを読み切り、ついて来て、挙句は一瞬我も見失う程の器用な技を使ってみせるとは!」
「褒めるぐらいなら放して……!」
「そうはいかんわいのぉ……ぉっと?」
またも感じる自らの足元の違和感。それに気を取られたその一瞬で瑠璃は逆の足を振り抜いた反動で外道魔王から脱出し、体勢を整える。しかし、外道魔王が注目していたのはそんなことではなかった。
「……主、いい加減にしつこいわいのぉ……!」
「ぜっ……はぁっ……る、瑠璃さんは……守る……!」
「ここまで来ると気持ち悪いのぉ。これが最近主らの国で流行っておるストーカーというやつかえ?」
息絶え絶えに立ち上がったのは先程から何度も致命傷のような一撃を喰らい続けている翔だった。それも試合の怪我やこの島で行い続けてきた特訓のおかげで全身が痛めつけられており、立っているのを傍から見るだけでも痛々しい。
「か、翔君……あんまり無理しない方が……外道魔王は君に興味ないから何もしなければ放っておいてくれると思うよ? あ、そうだ……ボクの携帯預けておくから仁に連絡を……」
瑠璃が自分の携帯を翔に渡すが、翔はそれを受け取りつつも使うことはせず、虚勢を張るように笑いながら首を振った。
「た、確かに全身ボロボロです……で、でも、瑠璃さんが連れて行かれそうというのに黙って寝ていられる程、僕は能天気じゃない……そ、それに……」
「それに?」
「飛燕山に来て、僕がボロボロじゃなかったことなんて逆に少ないです……!」
笑って虚勢を張って見せる翔に奏楽がニヒルに、悠が噴き出すように笑った。
「ふん。お前はいつも厳しい戦いに身を置いてるってのに俺にできないはずがないな。」
「こりゃいい。お前、翔って言ったな? お前をライバルとして認めてやるよ。」
翔の奮闘によって力を貰った二人。そんな3人に対して瑠璃はその場から動かずに外道魔王と氣で争いながらリタと連携してその場の均衡を何とか保っていた。
「なるほど、これほどまでか……なれば、もう少し力を出してもいいわいのぉっ!」
だが、それは外道魔王の力を引き出す要因となってしまう。素早く構えた男3人に対して外道魔王が行ったのはただの順突き。そして流れるような動作で次の相手、奏楽に回転肘打。
「ぐっ!」
「ほう、受けたか!」
しかし、大きく弾かれてしまう。その様でも受けたことに感心する外道魔王。そんな彼らの下に新たな影が現れた。
「ほう。来たか……」
外道魔王はその大きな影を見てにやりと邪悪に嗤うのだった。