準決勝という名の
大会最終日の午前。朝早くより支度を済ませた出場者たちは試合前ということで緊張がピークに達していた。そんな選手たちを前に今日も元気な進行役が声を張り上げていた。
「さぁ泣いても笑っても今日が最後! 第1会場ではここまで無敵の【仮面武闘】対これまたほぼ無傷で勝利してきた【榊神道流】の勝負! 全てを食い尽くしてきた魔物に屈辱を味わわせることが出来るのか! そして第2会場ではレオナルド様の私兵である【ナイトメア】対活神拳最強集団の【遊神総合流】! すでに満身創痍である【遊神総合流】は悪夢に打ち勝つことが出来るのか! どちらも甲乙つけがたい名勝負となること間違いなしです! さぁ移動とbetは今の内ですよぉっ!」
試合前の煽りに対して既に第1会場でスタンバイしている相川たちは穏やかだった。特に、相手からすれば仮面が不気味で相手のことが読めない。視線を読む技能は持ち合わせているものの、それを使っても仮面の男たちは空を見ていたり男を見ていたりするだけだ。
「おい、お前ら舐めてないだろうな……?」
「何だハンバーグ小僧。俺はお前と違ってフォークについたデミグラスソースは舐めないぞ。」
「……痛めつけてやる……!」
やっすい挑発に乗る男だなぁと相川は呑気に思いながら空を眺める。しばらく出かけるために別荘に置いてきた黒猫君がなんだか機嫌が悪くて別荘を半壊させたというメールが来たのが昨日の夜遅くだった。
「……はぁ。」
相川の溜息一つにも過敏に反応して宥められる敵リーダーこと悠。相川が憂いている間にも時は流れて準決勝が始まることになった。
「お待たせいたしました! それではこれより準決勝の始まりです!」
進行役がそう告げた次の瞬間だった。突如として爆発音が響き渡り、相川たちが泊まっていた施設が崩れ始める。崩落の音が低く鳴り響き、建物の頂上が落下するとほぼ同時に観客たちから悲鳴が上がった。
「お、落ち着いてください皆様方! 会場は安全でございます! おい! 試合は中断だ!」
突如として巻き起こったパニックに対して進行役が何とか制止する声を上げるが観客たちのざわめきが消えることはなく、一触即発の空気がその場に漂っていた。そんな中で相川は舌打ち交じりにそこから飛び出した。
「っ! チッ!」
「テメェ! どこに行くつもりだ!」
「ちょっとホテルにな。あばよ!」
「馬鹿かテメェは!」
悠がその言葉を言い終わる前に相川はこの場から消え去り、自室へと向かっていた。仮面をつけた二人もそれに続いて消える。そんな光景を見送りながら悠は忌々し気に舌打ちする。
「あの屑野郎……! 瑠璃の安否を二の次にしやがるだと……? 馬鹿が……これがどういうことなのかも理解せずに……!」
「リーダー……相川を止められなかったけど、どうするの?」
「……瑠璃を攫いに第2会場に向かう。……最悪の事態だけは避けられるようにな……」
悠をいつも窘めていた女性は一瞬だけ忌々しげな表情を浮かべたがそれがリーダーの判断であるのならばと何も言わずにその指示に従って第2会場の方へと向かっていった。
「っ……これは!」
「さて、遊神よ。儂の息子を返してもらうぞ……!」
「榊……茜音……! 貴様ぁ……そういうことか!」
第2会場。そこでも同じように試合は中断されていた。ただし、状況は異なる。進行役は観客たちを宥めることもせずに混乱に任せていた。更には活神拳の門派たちは殺神拳に囲まれているという状態まで作り出されている。
「貴様らに武人としての誇りはねぇのかよ……!」
「麻生田、前大戦の決着をここでつけようか。」
麻生田の前には彼と同じような発達した上半身を持つ大男が対峙しており、その視線は麻生田の息子と麻生田自身を行き来している。
「馬鹿な……大戦まで後2年というのに、その条約すら破るというのか!」
「ふん……その条約というのも貴様ら活神拳どもが勝利した時に勝手に作ったもの。ならば我々が勝利した場合に勝手に新たな条約を作るのも問題あるまい!」
「何を勝手な……!」
師範代たちがそれぞれ因縁の相手と対峙しているのに対し、瑠璃たちはそれよりももっと酷い、絶体絶命の状況に置かれていた。
「さて、遊神の娘らをお持ち帰りするかのぉ……あぁ、主は要らぬ。邪魔だてすれば殺すが何もしないのであれば放っておくでな。」
「だ、誰が瑠璃さんをお前なんかに渡すか!」
「お前の意見など聞いておらんわい。」
瑠璃たちが対峙しているのは外道魔王。この世界でも屈指の実力を持つ達人だ。
「ボクたちだけじゃ勝ち目ないから何とかしてお父さんたちと合流するよ……」
「悔しいが、そうするしかないか……」
「逃がすと思うたか小童ども……」
瞬間、外道魔王の身体がブレて見えた。
「くっ!」
「っ!」
「げふっ……!」
辛うじて避けた瑠璃と奏楽、そして翔は普通にダメージを受けてその場に転倒する。しかし、受け身を取ってすぐさま立ち上がった。
「ん~? 相当奇妙な鍛え方をされておるわいのぉ……まぁ雑魚に用はない。貴様はそこで寝てるがいいわいのぉ……」
「ふざけるな! この身朽ちても瑠璃さんは僕が守る!」
「ふん。誰が瑠璃を守るだ……お前だけでできる訳ないだろ?」
「よう吠えるわいのぉ……相手を見てからにせい!」
瞬間、爆発のような勢いで飛び込んできた外道魔王の一撃が炸裂する。その一瞬で翔の腹部から大量の血がシャワーのように噴き出し、外道魔王の腕を血染めにする。
「他愛ない……ま、安心せい。貴様らは気絶させた後、丁重に運んでやるわいの……」
翔をその場に打ち捨て、邪悪な笑みを浮かべながら瑠璃と奏楽を見やる外道魔王。しかしその視線には多分な殺気が込められており、奏楽の身を竦ませる。
「うむうむ。やはり遊神の娘の方が筋がいいわいのぉ……」
「……もっと怖い目に遭わされてるからね。」
油断なくじりじりと距離を取る瑠璃を見て外道魔王は嬉し気に目を細める。その一瞬の隙をついて奏楽が行動を起こした。
「遅い……⁉」
それを半笑いで受けにかかる外道魔王。だが、その表情は一瞬強張って異変を知らせる脚部に目を向けた。そのわずか一瞬にも満たない時間で奏楽と瑠璃の攻撃がヒットする。
「……驚いたのぉ。主、死んで……いや、少なくとも気を失ったはずだと思っておったが……」
「る、瑠璃さんは……死んでも守る……!」
瑠璃の攻撃を避け、奏楽の攻撃に当たりに行き打点をズラすことでダメージをそれほど得なかった外道魔王は足元の翔を見て感心するように笑って脚を振りぬいて翔を弾き飛ばす。そこで逃げようとする遊神流と丁重に捕縛しようとする外道魔王の間で一種の膠着が生まれた。
「奏楽くん、絶対外道魔王から目を離したらダメだよ……」
「わかってる。瑠璃こそ翔を気にして後ろを見たりするなよ……」
一切外道魔王から目を逸らすことなく、一網打尽に合うこともないように互いに距離を取りながら話す二人。そんな彼女たちの後ろから【榊神道流】の弟子たちの影が忍び寄っていた。