準々決勝 午後
「……瑠璃、相木のところ行った方がいいぞ。」
「仁は……」
「行きたくないから行かない。」
この時点で瑠璃は諦めをつけて表情を暗くしながら下へ降りる。生き死にの覚悟をしているものの、実際に近しい人の死を見るのにはまだ瑠璃は慣れておらず、意気消沈していた。
(……まぁ、あいつの友達って割と死んでるけど……)
瑠璃と一緒にいると理性が崩れていくので瑠璃に様々な犯罪行為を行っては相川に連れていかれて死んでいるが、それでも崩れなかった人が死んでしまうのはショックだったようだ。雑に相川は一応友人である瑠璃の精神を分析しながら第2会場に移った。
「さぁ、午後第1試合、鍛え上げられた肉体美も素晴らしい、総合格闘家【ティターンズ】対今大会で年齢制限ぎりぎりとなる【ナイトメア】の試合が始まります!」
まさに今から試合開始というところに到着した相川は観覧席とは別の場所にある巨大なオブジェクトから会場を見降ろしつつ戦力を分析する。その瞬間、別方向へと鋭い視線を向けた。
(……なーんかさっきから変な氣が……隠す気がないのと氣の大きさからして一般人とも思えるんだが……いや普通に考えたら一般人なんだが……俺に対して明確な敵意、あるよな……)
おそらく勝利するのは【ナイトメア】だろうと予想しながら相川は周囲の視線が気になって集中できないまま試合を見る。資本家に知り合いはいるし、今回の大会に至っては修羅の国からの参加者がいるくらいなので一般人にも相川のことを恨む者がいるのは考えられるがどうにも腑に落ちなかった。
「兄さま……?」
「ティターンズ、リングがもう少し狭ければ確実に勝ててたのにな。……まぁ相手が大会主催者の駒って辺りそういう優遇は仕方ないかもしれんが……」
アヤメに気遣われる視線を向けられながら相川は話題をズラす。実力ではティターンズの方がおそらく強いがリングが悪かった。ギミックによって小回りが利く方が有利になるように支柱が幾つも出てきた時点で彼らの負けが決まったようなものだろう。相川の予想は外れず、ナイトメアが勝利した。
(……まぁでも、ナイトメアの本気はまだ出してないみたいだな……実力的にはこれでいいかもしれんが、観客たちの胴元への罵声が思ったより小さいな。事前に通知されてたとか?)
参加者には事前に通知などはなかったが、そういうこともあるのだろうと相川は流して次の試合を見ることにする。今度現れたのは修羅の国からの刺客【No rules】と瑠璃たち【遊神総合流】だ。
(……まぁこれは順当に行って瑠璃たちが勝つだろうが……相木が多分死んだかな? その影響がどれくらいあるかが問題かね。)
涙の別れをしたのだろうと予想しながら相川は難しい表情で入場してきた遊神流の師範代たちを見つつ試合を見る。沈んだ表情や怒りの表情を浮かべてリングに上がった瑠璃たちは試合開始直後からアクセル全開だった。
「おーおー……猛火の如き戦いぶりだよ。これ、俺らがやるとしたら疲れるなぁ……」
「……翔さんが地味に強くなってますね。【氣征天源】の技を使えるようになってきています。」
「あれ凄いよなぁ……【朧月夜】。遊神さん本人がやったら……いや、アレはそんなの使わないでも俺らじゃ殆ど攻撃当てられないから何とも言えんが、翔ですらかなり強く見えるし……」
「……あの【氣征天源】に攻撃を当てられるんですか……」
少々遊神の戦いぶりを思い出して相川は軽く引いたような笑いを浮かべるが、それに攻撃を当てるという発言をした相川に周囲の方が呆れ顔になる。それはさておきと相川は気を取り直して翔の試合風景を眺めながら運用などを解析して自らのものにしようとして呟く。
「氣当たりとかが映像に残せないから実際に見て解析するしかないし……実際に見ても後何回かは見ないと解析するのに時間かかるよ。この大会中には無理かもしれんわ。」
遊神流の奥義を解析してしまうあなたもいったいどうなんだろうかと思うクロエとアヤメだが、もうそういうことには慣れてきているので特に何か口に出すことはない。
「あの技瑠璃に覚えてもらって何とか再現できるようにできないもんだろうか。」
「……多分、師匠がやれというなら彼女はやり遂げると思います。」
「そうか。瑠璃には頑張ってもらおう。」
やってもらうことが決まった流れで「頑張ってもらおう」と言った相川はふと応援についての話を思い出して二人に言った。
「応援してみようと思う。」
「……それはまた、急ですが……どうされるのですか?」
「ひとまず小声で応援してみる。力入れ過ぎると【言霊】になる可能性があるからな。」
急な発言に困惑する二人に適当なことを言ってから相川は今現在ここで喋っているレベルの声量で瑠璃に応援の言葉を投げかけてみる。
「がんばれ瑠璃ー」
「聞こえる訳ないじゃないです、かぁ……? き、聞こえて……?」
「いや、これは流石に引きますよ……?」
かなり離れたところから見えているだけでも一般的には結構引くものだが、そんな場所から投げかけた言葉に反応し、体を一瞬震わせて動きをよくした瑠璃にこの場にいる3人、応援した相川すら引いていた。
それでも一応フォローに入る。
「……ま、まぁ、普段応援されないからなあいつ。勝つのが当然みたいな扱いで周囲は判官贔屓ばかりで相手の応援。身内は勝つの前提で瑠璃には戒めの言葉しかかけないし……瑠璃の闇は深いわ。」
「でも師匠は割と瑠璃に激励の言葉をかけませんか?」
「……一応友人だからな。」
その座にいる瑠璃に対して二人は歯噛みする思いだった。しかし、今大会を乗り切れば少なくとも彼女が今いる場所へと続く道に戻ることが出来るのだ。二人はそんなことを思いながら妬みの視線を戦いの真只中にいる瑠璃へと向けるのだった。
「……首尾はどうだ?」
大会本部、その裏にて入室と同時に男がモニター越しに会場全てを見ている青年に対してそう問いかけていた。対する青年は楽しげに笑っている。
「今年も……いや、今年は特に人材の宝庫ですな。しかし、私の流派に合うのは遊神の娘のみといったところですか。」
「ほう。では、競合になるな……」
入室してきた筋骨逞しい男は眼光鋭くそう告げた。しかし、モニターを眺めながら席についている男はへらへら笑いながら首を振る。
「おや、あなたともあろう方がもう一人は見逃されたので?」
「……【死喰らい】か? あんな狂犬、誰が飼いたいものか……」
忌々しげに吐き捨てる男に対して座っている男は笑いながら首を振る。
「ハッハ。喉を食い千切りに来る化物の話はしていませんよ。私が言っているのは【遊神総合流】のあの青年……」
「ふん。遊神の娘に比べれば単なるごみではないか……それならばまだ龍宮寺の娘の方が……」
現在活躍している翔がアップになっているモニターを見ながら男がそう告げると座っている男は楽し気に首を振った。
「あの奏楽という少年、【榊神道流】の悠という少年と見比べてどう思われますか?」
「……まさか……」
薄々気付きはしていたものの、その戦闘スタイルと体格の違いによって違うだろうと判断していた男がやはりという感情をこめて続く言葉を言おうとしたその時だった。
「その話、我も混ぜてもらうとするかのぉ……」
外道魔王、その人が現れた。