がんば瑠璃さん
「お帰り~どこ行ってたの~?」
「買い物。」
相川が遊神邸に戻る頃には日が暮れていた。相川は瑠璃の歓迎の飛びつきと抱擁を受けながらその場に立ち、瑠璃に首を傾げられる。
「……? 何も持ってないみたいだけど……?」
「あぁ、指定日配達してるからな。」
「そうなんだー……ねぇ、仁くん……瑠璃のこと好き?」
「何だ急に。」
「いーからー……好き?」
恥じらうように顔を真っ赤にしつつも譲らない瑠璃。玄関先で俺は何をしているんだろうと相川が思っていると背後から口笛が吹かれる。
「ひゅー♪ モテモテだな相川。」
「あ……高須さん……いらっしゃい。」
「取り敢えず玄関通して貰っていいかな? 瑠璃ちゃん。」
「はい……」
先程より更に顔を赤くした瑠璃は相川を壁際に押していき、二人の距離は先程より更に縮まった。
吐息がかかる距離。よく知ったはずの瑠璃のシャンプーの匂いが何故か甘い匂いに変えられ、相川は混乱して目の前を見ようとしては目を泳がせる。
その為、相川は瑠璃の目から光が消えかけており、据わっていることには気づかなかった。瑠璃は壊れたように同じセリフを繰り返す。
「ねぇ、瑠璃のこと……」
「相川行く……何やってんの……?」
「わ、わからん……瑠璃が何か、急に……」
「あ~……瑠璃ちゃん、相川はちょっと用があるから借りるよ……?」
高須は相川を片手で持ち上げて瑠璃から引き剥がす。安堵する相川に高須は小声で笑いながら告げた。
「貸し1な。」
「何だったんだアレは……悪意、敵意、害意の欠片もないプレッシャー……」
「この辺はまだまだお子ちゃまだな。オラ、行くぞ?」
高須は相川を地面に降ろして遊神の下へと移動する。瑠璃はその後に着いて来た。
(何かぞくぞくする……何だ?)
後ろを見ると必ず笑顔の瑠璃と視線が合う。ホラーの予感がしてきた。そんな異様な雰囲気を感じ取った高須も相川に遊神との会談の為に仕込んでおいたマイクを使って小声で尋ねる。
「おい、相川……お前、瑠璃ちゃんに何かしたのか……?」
「いや、何も……あ、鬼ごっこするって言った直後に早退したな……」
「その時は普通だっただろ……?」
「そこから後はあんたもご存じの通り買い物してましたが何か?」
原因は分からないが一先ず二人は遊神の待つ応接間に着いた。そこにある4つのソファタイプの椅子に遊神、高須、そして相川と瑠璃が何故か同じソファに窮屈に座って会談が始まる。
「えーと……瑠璃は、何で……?」
相川は難しい顔をしているようで瑠璃と目を合わせないようにしているだけの遊神を見てスルーした方が良いのかどうか少しだけ悩んだ後に尋ねた。
それに答えたのは瑠璃だ。ゆらり、という表現しかできない動きで相川に対して微笑みかける。
「……お父さんがねぇ? 仁くんがお引越しするとか……変なことを、言ってるの。おかしいよねぇ?」
寒気がした相川は高須に視線で会話をパスした。相川には無理だ。だが、高須もパスを受け取らない。
「瑠璃……ちょっと、落ち着くんだ……」
「……? 変なお父さん……瑠璃は、とっても落ち着いてるよぉ……?」
瑠璃が遊神に気を取られている間に相川と高須は緊急的に且つ速やかに意思疎通を行う。
「オイ相川。何がどうなってこんなになってんだ? 薬物でも使ったか?」
「そんな都合のいい薬物なんかあるか! ……あるか。でも勿体ないからこの世界じゃ使わねぇよ!」
「持ってるならくれよ。エミリちゃんに使う。」
「1人前800万だ。」
「たっか!」
コントみたいなやり取りをしていると何故か遊神が瑠璃に言い負かされて沈黙状態になっていた。相川は何度か見ているが5歳児に言い包められる遊神を見て高須が絶望する。
「……それで、仁くんは瑠璃と一緒に暮らすよね……?」
遊神を倒した瑠璃はその矛先を今度は相川に向ける。笑顔だが、全くもって安心できない顔だ。相川は戦闘を辞さない状態に切り替えて首を振る。
「引っ越しは、する。」
「……そっか。」
瑠璃は大人しく聞き入れてくれたようだ。場が弛緩し掛けたその時、瑠璃が大輪の花が咲き誇るかのような笑顔で続けた。
「じゃあ、瑠璃もお引越ししないといけないね。新しいお家はどこなの?」
「は……?」
言っている内容の意味は分かるが解りたくない相川は惚ける。それに対して遊神が烈火の如く怒って席を立った。
「相川ぁっ! お前、ウチの瑠璃を誑かす気か!?」
「あなたが怒るのは俺じゃなくてこっちでしょう!?」
相川の至極真っ当な意見も遊神は聞き入れない。高須が遊神を宥め、相川は力が入っていないように見えて決して解けない瑠璃が繋いだ手を引き離そうともがき始める。
「ダメだよぉ? 仁くん……目を離すとすぐに居なくなっちゃうから……ね?」
「いいだろ別に! 何でお前に俺が拘束されないといけないんだ!」
「家族だもん……瑠璃の、大事な……」
「いつ俺が家族になった!?」
瑠璃の笑顔が消え、全ての感情が欠落した顔で相川を見た。遊神も思わず息を吞み、高須は穏やかに気配を消して扉の近くへ逃げた。相川は瑠璃の手をどうにか解除したいが、出来ていないため逃げられない。
「…………家族だよ……ね?」
「え……」
相川は遊神を見上げた。目を逸らされた。
次いで、高須を見た。静かにドアノブに手をかけていた。
相川はキレた。
「何で俺に押し付けんだよ! あぁもうウザったい! 瑠璃、邪魔!」
「ふぇ……」
「じゃ! ま!」
「うぇ……う……うぇ……うぇぇぇええぇぇぇん!」
「こっちが泣きたいわ……!」
瑠璃の涙腺が決壊したところで相川は瞬時に拘束から抜け出す。しかし、相川の怒りは冷めやらない。
「こっちがいっぱいいっぱいなのに、都合押し付けて……! 泣きゃあいいって問題じゃない!」
「オイオイ、相川……大人になれよ……」
「どう見ても子どもだろうがぁっ! 無理に決まってんだろ! 何で俺ばっかり損しないといけないんだよ! いっつも、いっつも、いっつもぉ! あぁぁあぁあぁあああぁ! もう嫌だ! 『破滅のロンド』!」
相川は拳に魔力を乗せて肘から先を一回転させると目の前の木製テーブルを思いっきり打ち下ろして破壊する。その膂力に遊神と高須はギョッとし、瑠璃は驚いて泣きやむ。
一方、相川の方も暴れたことで少し落ち着いた。
「はぁ……また魔力を使ってしまった……非っ常に勿体ない……あームカついた……で、瑠璃、俺はもう引っ越しの契約してるから無理。」
「瑠璃、ニンジン頑張って食べるから……」
「……それは栄養的にちゃんと食べろよ。」
「ワカメも食べる……」
瑠璃は泣いてもダメらしいと判断して相川と交渉に出た。しかし、瑠璃が考える出来ることなど限られている。
「魚の骨も自分で取るよ。えと、もっと、武術も頑張る。だから……」
「なぁ、何か瑠璃ちゃんが不憫だから相川……」
高須が即行で折れるのを見て相川は憮然とする。
「だから、何で俺ばっかり我慢しないといけないの? 俺、嫌だって言ってるし、契約も済ませたんだけど。」
「こんなにいじましいのにか!?」
「遊神さん、そこにロリコンがいますよ。」
「は~……瑠璃可愛い……」
高須が敵に回るので遊神に告げ口するが、遊神も魚でもないのに骨抜きにされている。仕方がないので相川は腕を組んで考え始めた。