瑠璃の闇
「はぁっ……はぁっ……! 来い!」
「これで最後だ! 【雷鳴閃】!」
(……こんな重傷でこれから先どうするのさ……)
大会2日目。全体でのベスト8が決まるこの戦いで瑠璃は限界を超えて彼女の父親が持つ遊神流の奥義の一つを習得した翔を見ながらため息をつきたい気分になっていた。因みに、瑠璃は無傷で奏楽は少々打ち身があるもののほぼノーダメージ。そして相川たちは全員無傷での勝利となっている。
「ぅおおぉおおぉおぉっ!」
「【遊神流・奥義 朧月夜】!」
「……ふん。やるじゃないか……これは俺もうかうかしてられないな……」
近くで行われている成長の青春を横目に瑠璃は会場に設置された巨大モニターの情報によりベスト8の内、相川率いる仮面武闘のチームの対戦相手がチームメイトの負傷により棄権したことを知る。それとほぼ同時にこの場での決着も付いた。
「僕の、勝ちだ……っ! ぜぇっ、ひゅぅ……」
「勝者、遊神総合流! これで本大会ベスト8が出揃ったぁっ!」
遅れて上がる歓声。翔に奏楽が肩を貸し、青春が繰り広げられる中で進行役の言葉が続けられた。
「さぁさぁ! 本日午後にはベスト4が決定します! 残念ながら、相手の不戦敗によって既に準決勝にまでコマを進めてしまったカードもありますが、これからの勝負についてご紹介しましょう!」
瑠璃たちのいる会場の進行役とは別の人物と思われる、モニター上に映っているここにいる男と全く同じ風貌の男が引き続いて声を張り上げた。
「準々決勝第1試合は圧倒的な力で以て敵を殲滅してきた仮面武闘……が、残念なことに相手の不戦敗によって勝利を確定しました。しかし! その場所ではこれより因縁の対決! 殺神拳榊神道流の正統派、【榊神道流】対活神拳遊神流の傍流、【チーム遊神】の戦いが繰り広げられます!」
歓声が上がる。その熱気に負けないように引き続いて瑠璃がいる方の進行役も声を張り上げた。
「さぁ! こちらも負けてはいません! こちらの午後、第1試合では巨人と見紛う鍛えられた体から繰り出される素早い一撃必殺! 総合格闘術 【ティターンズ】対前回大会覇者たち、そして大会主催者であられるレオナルド様のご子息が率いられる【ナイトメア】! 更には修羅の国から現れた悪鬼羅刹の集団【No rule】対遊神流本流、【遊神総合武術】が繰り広げられます!」
「どちらも気になる戦いばかり!」
「皆様の肌が粟立つこと間違いなし!」
「「お楽しみに!」」
そう言って中継が切れ、モニターには商品やサービスの紹介が流れるようになった。その間に瑠璃は周囲を見渡す。
(今なら皆、翔の方に集中しててボクのことは気にしてない……!)
瑠璃は行動に移ることにした。ここにきて相川たちがいることを知ってからずっと彼らの方に向かおうとしていた瑠璃だが、今の今まで止められていたのだ。夜間、人目を忍んで探しに行こうとしたがセキュリティに引っかかりすぐに父親に連れ戻された。
(何でこんなとこにいるのか確かめなきゃ! ……後、何でボクだけ仲間外れにしてクロエちゃんとアヤメを連れてきてるのかは絶対に……)
暗いオーラを漂わせながら瑠璃は飛翔し、相川たちの気配を探る。
(……相変わらず全然わかんない……けど、クロエちゃんのなら探れるね。仁は……何か勘であっちかな? みんな一緒みたい。)
そこにボクがいないのは何でだろうねと笑いながら瑠璃は駆け出す。その矢先に影が瑠璃の目の前に舞い降りた。
「?」
「そう警戒しないでくれ。」
「……え、でも殺神拳の人ですよね? 警戒するのは当然だと思うんですけど……」
舞い降りた影は先程の紹介にあった殺神拳の本流、榊神道流の一番弟子を務めている男だった。眉目秀麗な彼を見て瑠璃は身構えるが相手には敵対する意思はないという。
「いや、ここに来たのは殺神拳の代表としてじゃなくてね……榊 悠、個人として君に会いに来たんだ。」
「何かご用ですか?」
「ふふ、可愛いね……まぁ次の試合までに色々あるだろうから俺からは単刀直入に言わせてもらおうか。一目惚れだ。「あ、嫌です。」君……に?」
二の句を継がせないような瑠璃の拒絶に思わず悠は目を見開いて瑠璃を見る。彼女はその端正な顔を別に何色にも染めることなくただそこにいた。
「君は……どうやら、君の本当の姿を知らないみたいだね。」
「え? 少なくとも初対面のあなたよりは知ってますよ?」
「……ならば君は君自身のことを誤解してる。君の中にある闇は活神拳で揮えるような代物じゃない。」
「うん。仁の隣で使うものですからね。」
「……誰だそれは。」
天然で煽ってくる瑠璃の挑発には取り合わずに悠は瑠璃の話を聞く。常日頃であれば耳が腐るかのような話を垂れ流す瑠璃だが今は忙しいので適当に流した。
「まぁ、最高の人。うん。」
「……少なくとも男のようだが、君のナイト……ということでいいのかな?」
「ううん。王子様。」
「…………そうか。だが、一つ言わせてもらおう。そいつが君に釣り合うわけがない。」
「知ってるよ。だからボク頑張って仁の隣に立てるように修行してるんだもん。」
暖簾に腕押しの真骨頂を味わっている気分の悠。なんだかもう手っ取り早く暴力で片づけたい気分になったが彼は獣ではないのでその衝動は抑え込む。
「……あ、仁が来た。」
「ふぅん。その件の男か……どんな奴か見せてもらおうじゃないか。」
「んー……多分嫌って言ってる。ごめん、ボク仁たちに用があってきてるんだ。話はまた後でいい?」
別に口には出してないし表情にも出してないどころか気配すら出しておらず、見もされていないのに何なんだこいつとおそらく次回の対戦相手となる人物を偵察しに来た相川は思ったが黙っておく。しかし、悠の方は黙って引き下がりはしなかった。
「……その仁って奴。ここにいるんだろう? ならば次の俺の試合を見て気づくがいい。瑠璃の闇を解き放ち、彼女を解放するのはこの俺でありお前ではないと……瑠璃も俺の試合を見たら考えを改めるはずだ。」
「……ボクの闇は大体仁に向いてるけど。」
瑠璃の呟きは聞こえなかったようで悠はいつの間にか立ち消えていた。その代わりに相川たち3人がこの場に現れる。
「……お前の闇、結構まずいよな……それを受けとめるってあいつ男気あるなぁ……」
「でも興味ないよ……そんなことより、どうして大会に参加するって言ってくれなかったの⁉ それに何で誘ってくれなかったのさ!」
看病中に理性の弱くなった瑠璃から拉致監禁紛いの言動を幾度か喰らった相川は瑠璃の発言に首を傾げる。
「いや、お前遊神流で出るじゃん。」
「そうだけど……でも、その人たちを連れていくくらいなら何でボクだけ……」
「こいつらは過去の罪をすべて許す代わりに有給取らせて雇った。」
別に気にしていなかったが条件として申し出られたことを瑠璃に告げると瑠璃は剣呑な目で仮面に表情を隠した二人を見据えた。
「へぇ……あんなに酷いことしたのにこんなことで許されようと思ってるんだ……へぇ……」
「……もちろん、今回が全てではないですよ? これは始まりに過ぎません。」
「しかし、あなただけが一人勝ちという状況には終止符を打たせてもらいます。そのための布石です。」
その表情、声音からは瑠璃は何も窺い知ることはできない。だが、彼女は自信たっぷりにこう返した。
「ふぅん……でも、そこはボクがとっくの昔に通り過ぎた場所なんだけどね。一生かかっても追いつけないまま、涙を呑むことになるといいよ。」
「させません。」
「笑止。」
こんな光景を後目に相川は瑠璃に見てろと言った悠の試合が大分いいところになっていて、瑠璃の幼馴染の一人が大分ピンチなのだがいいのだろうかと思案していた。