大会戦 1回戦
(……あれどう見ても仁だよね……)
優勝候補に対する特別ルールを聞きながら瑠璃は白仮面をつけた集団、仮面武闘を見る。彼らの正体に気付いたのは瑠璃と師匠組たちだけだったが、それだけで十分だった。
「瑠璃、ちゃんと聞いてるのか? 俺らも活神拳代表、飛燕山として優勝候補だから特別ルールが適用されるんだぞ?」
「え、うん。勝ち抜きの個人戦じゃなくて団体戦だよね?」
「聞いてるならいいが……そんなに仮面の奴らが気になるか?」
あまりにも個人の能力差があると認められたチームについては団体戦を行うことで頭脳戦に持ち込むことを決められて翔が巻き添えを嘆いている。
「……本選に使われる10の会場で、選ばれし者たちが午前と午後に戦いを行います。各試合会場ではほかの会場での試合を中継しています! また、会場の移動の際にはautomotorsの提供である広い車内において快適な時間を過ごせることでしょう!……」
宣伝交じりの開会宣言が終わればすぐに試合が始まる。本日中に大多数の団体が脱落、場合によっては死すだけあって出場者たちの緊張もひとしおだ。
「では、試合を前に達人たちの演武を以てこの場を締めさせていただきましょう! 活神拳より麻生田様が、殺神拳よりリッパー様が素敵な舞を繰り広げてくださるようです。尤も、活神拳の方が弱すぎて大会最初の死傷者とならなければよいのですがね!」
まばらな笑いが起きる中でそんな話聞いてねぇと怒りながら麻生田が会場に現れ、会場を氣当たりと共に眼光で睨み倒す。そんな彼の下に笑いながら相方として指名されたリッパーが奇襲を仕掛けてきた。
『おいおい、素人相手に何ムキになってんだお前。ジャップは顔立ちも幼けりゃ精神もお子様ってか?』
『あぁん? テメェから血祭りにあげてやろうか?』
『はっ! とても活神拳の言葉とは思えんな!』
二人の応酬の間に翻訳が流されて囃し立てる声が響く。しばらく、当人たちにとって割と本気の試合が行われた後、開始時間が迫るということでそれは強制終了させられて本試合に移った。
(……ボクの試合は4番会場で大分後の方。仁は第2試合会場で初戦。戦力分析のために敵陣視察って言って見に行こ……)
会場から優勝候補と名指しされて派手なパフォーマンスを行った仮面武闘たちの試合を見に行こうと人の流れが生まれる。選手たちはそれから隔離されて移動するが、瑠璃は3人と相談して自らの要望を通すことに成功した。
当然、相手の素性を見破っている師匠集団にはいい顔をされなかったが、戦いが実際に迫っているという事実が効いて普通に移動する。
会場では既に役者が揃っており、シード権を獲得していた方が緊張状態で仮面3人衆を見ていた。
「さぁ! 始まりますのは中国拳法の内、南拳主体とした手数の多さで知られる流派、七宝王拳チーム5人衆とあらゆる敵の技を喰らう化物【死喰らい】率いる今大会台風の目とされる仮面武闘との戦いだぁっ! さぁオッズが出た! これは予想外! なんと互角です! やはり七宝王家の憲法のブランドが強かったか⁉ それとも予選通過者というのにここまで勝ち予想の高い仮面武闘を褒めるべきか! さぁ、時間いっぱい! 今、ゴングが……鳴ったぁっ!」
「跪け。」
恐ろしい氣当たりと共に発された相川の言葉。先程までの麻生田が行っていたような威嚇用のそれではなく、完全に相手の心を圧し折りにかかるその一撃は物理的な重圧のように相手に膝をつかせた。
「おぉっ⁉ これはどうした七宝王拳チーム! いきなり跪いた⁉ いや、フェイントか! その姿勢から一気に立ち上がると仮面武闘の一番小さな、おそらく少女と思わしき彼女に飛び掛かったぁっ!」
相川に襲い掛かるのはどう考えてもまずいと判断した彼ら、彼女たちはまずは一番弱い相手を徹底的に叩くことで相手の戦意を挫く手法に出た。
しかし、七宝王拳チームは知らなかったのだ。予選の戦いにおいて動いたのはその今狙っている彼女一人であり、その実力は5人がかりでも抑えられるものではないということを。
「七宝王拳チーム宙を舞うーっ! これは、まるでお手玉のようだ!」
真面目にやれと七宝王拳チームへ罵声が飛び交う。しかし、その戦いを見ていた瑠璃は思わず固唾を飲んでいた。
(テクニックだけであんな……氣当たりと誤認による体の反射に合わせて人を飛ばしてる……)
その種が分かったのは俯瞰して試合を見ているシード組でも多くはなかった。特にリングに上がっている七宝王拳チームに至っては自らの身に何が起きたのか理解できずにこれは夢かと原始的な確認を行ってはその力を最大限に利用されて深い自傷を負い、もはや意味が分からないことになっている。
「怖い、これは怖いぞ仮面武闘! しかし、人が飛び交う謎の奇術に白き仮面! オペラ座の怪人もかくやと言わん程の魅せ方! 新たな劇を見ているかのようです! おっとここで主役の【死喰らい】が動いた……! それとほぼ同時に人間お手玉から一人落下しました! これは……?」
群衆の視線が相川に集まる中で相川は小さな白仮面に抵抗する七宝王拳チームの動きから分析した技を落とされた男に全てぶつける。それを見て驚愕と歓声が上がった。
「これはまさしく七宝王拳! 【死喰らい】、なんと食わずに味を見極めて出して見せた! さらに言うのであれば確実にこちらの方が完成度が高い! 七宝王拳チームの王秀英選手受けることさえできずに轟沈! ここで七宝王拳チームの師、王大秀からタオルが投げられるーっ! 圧勝! 仮面武闘の圧勝です!」
お手玉にされていた人々が投げ捨てられ、吐瀉物をまき散らす。抵抗を封じるために各所を外された女性など地面に降りた瞬間に泣きながら失禁したほどだ。
(……これ、ボクじゃないと倒せないよね……え? でもそしたら仁とか誰が抑えるの。奏楽君がクロエちゃんを抑えるとして、翔君が……? 1分持たないでしょ……)
戦力分析を行った結果、勝つのが絶望的になってしまった。しかし、瑠璃が探ってみたところ、翔は今もなお師匠たちによって稽古をつけられているようだ。
(いや、団体戦だ。ボクだけじゃなくて皆の力を合わせれば何とか……だって仁って誰のことも頼らないし何とかなるかもしれない……)
退場する間際に瑠璃の方を見上げていた白仮面たちの視線を受けとめながら瑠璃は自分の戦いのために第4会場へと移るのだった。