アマチュア戦 開始
地図にない島。完全なる私有地でどこの国に属しているわけでもないその島で世界最強の若人を決めるための戦いが始まろうとしていた。各流派、ひいては各国の思惑まで入り混じり、国際条例など物ともしない超法規的な島では会場が既に血で温められている。
「決まったぁっ! 17番会場、勝者は【死喰らい】率いる仮面武闘! 伝説が再び蘇ることになったぁっ!」
招待状が届いたシード組がこの島に来る前から始まっていた予選大会での勝利者が決まり、白い仮面をつけた3人組が本選出場を果たす。そんな張本人は仮面の下で不満げな顔をしていた。
(武器の持ち込み禁止で薬物も禁止。なんだこのクリーンな大会。殺しはありというのに……)
超法規的な島と言う割には自由度が小さかったことが問題らしい。しかし、それを飲み込んで彼らは本選のために備え付けられた控室に戻るのだった。
「……豪華な船だったね。」
「飛燕山の質素な生活から一転しすぎて逆に毒だ……」
「何で船の中でも修行を……」
そして本戦が始まる時が近づく中で遊神門下生たちもその島に到着していた。彼らのチームは二グループあり、翔・奏楽・瑠璃の総合門下生組と相木、麻生田、毛利、谷和原の各流派の後継者たちのグループだ。
「遊神様一行ですね? 活神拳の総本山の力を見せていただけるということで今回は期待していますよ。フフフ……」
「あぁ、期待には応えられると思ってるよ殺神拳。」
「奏楽くんは何で全方面に喧嘩売るのかな! 瑠璃さんも何とか言って!」
「え? ボク今忙しい。何かここ電波悪い。」
「……島の中のセキュリティ問題として外部との連絡は絶たせてもらっています。」
途端に機嫌が悪くなる瑠璃を見て周囲も嫌な顔をする。瑠璃が誰と連絡を取りたいのか理解しており、それを快く思っていないのだ。
「2日か……まぁ入る前に事前連絡できたし、大丈夫かな……?」
「あんなやつのことを気にする前に目の前の大会に集中しろ瑠璃! 相手は殺しに来てるんだぞ!」
「わかってるよ……」
この場の空気を乱してもいいことはないので瑠璃は大人しく携帯を仕舞う。案内されたロビーでは大体の人がヴェネチアンマスクをつけて立食パーティーをしていた。
「おー……ここにも美味そうな飯がたくさん……」
「麻生田君船の中でも食べてたでしょ……?」
「別腹だ別腹。」
「何を呑気にしてるんだよ! ここはもう敵陣だよ?」
周囲の慌てるさまを見てかえって落ち着く瑠璃。彼女の師匠たちも寛ぎムードで敵の兵站を食いつぶしているが瑠璃は必要量だけ取って試合に備えた。
(何が目の前の大会に集中しろだよ……お酒飲んでるのに説得力皆無じゃん。)
瑠璃がそんなことを考えながら待機しているとその間にも試合相手と思われる年齢の子どもたちやその師匠、またコロシアム観戦のために出資してくれた人々が現れる。遊神の目を掻い潜って瑠璃や奏楽に粉をかけようとしている集団から逃れつつ敵戦力の分析を行っていると不意に会場が暗くなり始めた。
(敵襲……じゃないみたいだけど。)
一瞬警戒するパーティ会場の面々たちだがステージ上にライトが集まっているのを見て視線もそちらに集められる。そうこうしていると主催側らしきスーツの人物が壇上に上がって歓談を止め、開会式の始まりを告げた。
(……何かやたらボクの周りに人が多いんだけど……)
薄暗くなってから瑠璃の周りには何故か人が増え、遊神一門との間に距離ができる。そして、見えないところで瑠璃に触ろうとする輩から逃れたりパーティのスタッフである女性たちと間違われて口説かれながらも瑠璃は大会の説明を聞いた。
(要するに、1試合で最大4人まで申し込めてチームで勝ち抜き型。トーナメント式ね。オーダーは事前申し込みの時に書いた5人の内で毎回変えられて、出す出さないも自由。)
本選参加者は128組。シード持ちが64グループでその他が予選勝ち抜け組だそうだ。その内、シード組については大体どこかで聞いたことあるような相手ばっかりだったが、予選勝ち抜け組には知らない相手も多数いた。そんな予選組については既に島に入って予選を観戦していた出資者たちの噂話から戦力を推定する。
(ボクらの相手はそんなでもなさそう。ブロックで見るとまぁ……殺神拳の主流派がいくつかあるからそれに注意するのと後は妄想格闘技流とかいうのが出資者の人たちから人気みたい……相木ちゃんたちのグループは仮面武闘っていうのが会場で勝ち上がるはずの他2グループまで倒したとか。でも、最大の問題は榊陰陽流……【挫征護王】の門派だよ……)
瑠璃は彼女の母を屠り、父親も死の数歩手前まで追い詰めた敵の姿を認めて表情を険しくする。名前は聞いたことがあるがその実力は未知数で、最悪の場合は瑠璃でも勝てない相手かもしれないと警戒心を高めつつ内心で溜息をつく。
(毎回毎回、こういう時になっていっつもボクは後悔するんだよなぁ……でもいっつも言えないんだよね……それとなくアピールしても気づかれないから困る……面と向かってはっきり言って拒否されたらボクもう死んじゃうのはほぼ間違いないし……いや、諦めないから大丈夫かもしれないけど仁の方が確実に逃げていくから面倒だよなぁ……両手足切断したい……)
どんどん話が逸れて最終的には物騒なことになっている瑠璃。そうこうしている内にも開会式は終わってしまい、出場者は会場へと移動する。
静かな廊下を騒がしく進む瑠璃たち一行。しかし、出口に近づくにつれて外からの地響きの如き歓声が聞こえ始める。
「……え、これ、は……」
「吞まれんじゃねーガキども。」
「いや、でもこれは……試合はもっと厳正に静かに……」
「何のために極悪人どもが素性を隠して殺し合いを見に来てると思ってんだ。死人見たさに燥ぎ回るに決まってんだろ。おら、覚悟決めろ。」
有名流派の登場の度に怒声にも似た声が上がることで呑まれる子どもたち。特に、中学に入るまでは一般人だった翔など体が震えていた。しかし、どんなことをしていても招待された以上は呼ばれる時がやってくる。
「そして我らが殺神拳と対をなす活神拳の登場だぁっ! 先陣を切るは遊神流の亜流カルテット! 全体戦では彼らの親は惨敗しましたが今回は子どもたちがその仇を取ってくれるのか⁉ 注目が集まります!」
笑い声やブーイングが響き、その声量だけで建物が揺れるように感じられる。しかし、その紹介を怒りのエネルギーに変えることで彼らは勇ましく入場して行った。その後に続くように活神拳の各流派が弄られて入場して行き、最後に入るのが瑠璃たちだった。
「お待たせしました! トリは活神拳本流! 遊神家本筋の血を引く魔女! 史上最強と名高い舞姫の入場だ!」
進行役の興奮しきった声に応じて観客たちのボルテージも上昇する。そんな中で瑠璃を守るナイト二人は目を鋭くし、翔などは先程までの狼狽が嘘のように気合十分に瑠璃を挟んで入場した。
一頻りの騒ぎが収まり、いざ大会が開始されようとする静けさの中に観客たちは興奮を覚える。しかしながら進行役が次に告げたのは試合開始の運びではなかった。
「Ladies&Gentlemen……! トリは済ませました。しかし、ここに伝説が再び蘇る……過去、裏大会で史上最年少のChampionが最速引退を果たしたことはご存知でしょうか?」
周囲がざわめく。しかし、そのざわめきは興奮している進行の前では些細なものに過ぎない。
「いえ、知らずとも問題ありません。そのChampが昨夜の予選でその姿を現しました! 仮に知らずとも戦いを見れば分かります! さぁその戦いを魅せてくれ! 白仮面率いる【仮面武闘】、優勝候補、大トリの入場だぁっ!」
進行役の興奮に釣られるように観客たちからも今大会最大の声が響き渡る。そんな中で登場した3人は何となくそれっぽいパフォーマンスが必要かと判断して一瞬でコロシアムの頂上まで駆け上がって飛び降りてポージングしてみた。それを見てスタンディングオベーションが繰り広げられる。
(……何でこんなに盛り上がってんだこいつら。俺のことなんぞ知らんだろうに。)
周囲の興奮を他所に当事者たちはそんなことを考えるのだった。