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強者目指して一直線  作者: 枯木人
幼児期編
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水面下での進行

 相川は何とも言えない気分になって部屋で本を読む。しかし、内容は頭に入って来なかった。


(んー……これが、親の気分か……)


 鬱陶しかったが、いざ離れるとなると何となくもの寂しい気がする。奇妙な虚無感を覚えながら本を閉じると外を見た。


(結婚式でバージンロードとか言うのを歩く父親さんたちはこんな心境なんだろうな……知らんけど。いや、多分違うか。)


「あ! いた!」


 逆側の廊下を見るとそこには瑠璃の姿が。彼女は相川を見ると子犬のように駆け寄ってくる。


「えへへ。探したよ?」

「そう……」

「うん。遊ぼ?」


(文字通り遊んでたわけか。この歳から流石と言うかね……これが普通の幼児なら軽いトラウマだろうなぁ……)


 屈託のない笑顔の裏は今の相川では探れなかった。そこで相川は心を落ち着かせるために溜息を吐き、自分を戒めるために心内に言葉を刻み込む。


(近くに来ても、好意を持っているとは限らない。相手は自分の意図することと違う感情を持っているのだから。)


 深く刻み込むと軽く目を閉じて空を見上げた。


「はぁ……天気がいいから外に出たくねぇ……」

「じゃあ組手しよ?」

「毎回言ってるが嫌だ。」

「う~……じゃあ何して遊ぶ?」


 瑠璃は相川の背中に回っていつものように相川に圧し掛かろう―――として勢いよく振り向かれて距離を取られ、鋭い目で構えられた。


「な、何で?」

「……何でもない。」


 一瞬ながら本気の敵意に軽く涙目になる瑠璃。相川は先ほど刻み付けた言葉を強く思い過ぎたせいで瑠璃との位置づけが警戒レベルに達していたが気にしないことにして本をどこかに仕舞う。


「……瑠璃、何かした……?」

「いや、俺がおかしかっただけ。気にしなくていい……」


 元の世界じゃあるまいし嫌い程度で殺し合いになるわけもないのに敵意を向けてしまったことを反省する相川。瑠璃は恐る恐る相川の服を握るがそこに奏楽がやって来た。


「むー……まぁ、そのくらいならいいけど……」

「何が?」


 いきなり現れてそう言ってくる奏楽に瑠璃は機嫌悪く答える。それに対して相川は苦笑いしながら立ち上がった。


「あっ、待ってー」

「俺、忙しいから瑠璃は奏楽と遊んでて。お似合いだよ?」

「いっつも遊んでるから仁くんと遊びたいの!」

「じゃあ鬼ごっこでもしようか……」


 相川の提案に瑠璃は目を輝かせる。


「抱き着き鬼ね! 瑠璃、鬼やる!」

「じゃあ10数えて。」


 抱き着き鬼は10秒間抱き着いたら鬼を交代という鬼ごっこだ。瑠璃は相川の動向を探りながら10数え始める。


 それに対して相川は先程、園長に住所移転の届と一緒に出した新居での生活用品を買うための早退許可の予定を少し早めて園から出た。


 しばらくして駐車場に高須が来るまで瑠璃はじっとりとした恨めしい目を園の門から相川に向けることになる。




「瑠璃ちゃん怒ってたぞ?」

「知るか……俺は忙しいんだ。」

「かーっ! 酷いねぇ……瑠璃ちゃん可哀想。」

「……それよりいつの間にチャイルドシートを……」


 車に乗った相川だが、チャイルドシートに座らされて不満だった。シートベルトも自分でつけられるし、その辺の子どものように動き回ることもないのにこの扱いは気に入らないのだ。


「いや~貰った。アレだ。お前孤児って設定だから同情してくれる看護婦の皆さんがね~ついでに連絡先ももらえて超ハッピー」

「そうかい。俺は絶賛不機嫌だ。何だこの蛍光色……せめてグレーにしろよ。この高級車にアヒルは腹立つぞ。」

「すっげぇ似合ってる。可愛い。」

「殴らせろ。」

「おっと! ハンドルが!」

「それを盾に取るのはズルいぞ!」

「普通に殴られるならまだしもその手に持ってる物を仕舞え!」


 不毛なやり取りを続けながら家電量販店に移動すると相川と高須は買い物を開始した。











「う~……仕方ないから奏楽くん……組手しよ……」

「えー抱き着き鬼で良いよ~?」


 園内に残された瑠璃は不満気に鬼役の瑠璃から逃げずに近くにいる奏楽にそう言った。しかし、奏楽は首を振る。


「だって、奏楽くん逃げないし……」

「瑠璃ちゃんだって仁くんが鬼の時逃げないじゃん。」

「瑠璃、一回も仁くんからぎゅってしてもらったことないもん……いっつも……いっつも、瑠璃からばっかりだし……それも逃げるし……」


 瑠璃は自らの裾を強く握った。


「瑠璃、きっ、嫌われてるのかなぁ……」

「そんな訳ないよ! 瑠璃ちゃん、可愛いから皆好きだって!」


 奏楽は泣かせまいと慌てて瑠璃を慰め始める。それが功を奏し、瑠璃は短時間で泣き止んで奏楽に微笑む。


「ありがとう……」

「うっ、うん!」


 その笑顔にまた癒されてベタ惚れになる奏楽。二人は組手をしに園内にある道場の方へと移動して行った。










「お~……相川。マッサージ機とか買わね?」

「……こちとら5歳だ。要らねぇよ……」

「ランニングマシンあるぞ。」

「さっきから何買わせようとしてんだよ……」


 その頃、高須と相川のペアは家電コーナーをうろついていた。


「象の印が付いた炊飯器は買った。調理道具も買った。食器、布団、机と椅子、本棚を10個、タンスと買ったな……後はエアコンと洗濯機だな。」

「冷蔵庫は?」

「通販に良いのがあったからそっちで買ってる。食器棚も。後は歯ブラシやらの小物類もそっちで買った。」


 結構な出費をしたが後悔はしていない。家の前の塀などに落書きもあって最初は治安の悪そうな場所の雰囲気を発していたその新居周辺。

 今では洗脳……もとい、説得したお蔭で半分だけドレッドヘアーのようにしていた髪を丸坊主にして清掃活動に勤しむようになったある青年のお蔭である程度綺麗になって来た。


「そう言えばあの辺の壁を綺麗にしたら高圧洗浄機をご褒美に買わねばならんのだった……」

「? ……あぁ、あそこの壁……綺麗にはならんだろー毎回その辺の奴らが落書きするしな。」

「その辺の奴らが全員で綺麗にし始めれば早かったよ。まぁ、急に真面目ぶりやがってとかで他のシマの奴らと抗争がとか言ってたけど。」

「……お前、何やってんの……?」

「ちょっと知り合いと組んで実験。」


 高須は首を傾げた。相川に知り合いなど殆どいないはずだ。遊神であれば武力で以てその統制をすることもできるかもしれないが、そのためには何度も相川のいる場所に通う必要がある。

 しかし、そんなことは一切聞いていない。相川に紹介した場所で何かあれば高須の耳に入らないわけがないのにもかかわらず、だ。


(……念の為、訊いとくか……まぁいいことだからこのまま進むんなら別にいいんだが……)


 この辺りを仕切っていた人間としては変なことをやっていた場合止めざるを得ない。高須はそう強く思う。


「……食器洗浄機……ん~行こうかな。これも買いだ。」


 仮に、危険すぎる真似をしていた場合は相川を処分することも視野に入れながら高須は少しだけ聞こえないように息をついてから相川に付いて行く。


「あ、温泉卵製造機だってよ。」

「要らん。」




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