現状把握
「……嘘だろ……縮んでる……」
相川は庭に着陸してやたらと近い地面を再確認し、そして池に映る自らの投影を見て悲しい状態を知った。それはさておき、瑠璃の方は大変だ。
「……病院! 父様を病院に……」
「救急車呼べよ。」
「ぁ……うん!」
他人のことを気にかけているどころじゃない相川は瑠璃というらしい父親を心配する少女に冷たくそう返して自らの体を動かしてみる。
「ぐっ……普通に動くなら……まだしも、連続すると動けない……」
踊るかのような連続攻撃を行うがすぐに息が上がってしまう程、弱っていた。疲れがどうこうという問題ではない。純粋に、力が出ない。
続いて、腕立ての基本姿勢に移る。
「マジか……腕立ても、出来ない……?」
その前に基本姿勢すら肩周りと腹筋がキツい。
「す、スクワット……は普通にできるな……でも、普通にしかできない……」
「救急車呼んだ!」
「そう。ちょっと廊下借りていい?」
「え、あ……うん……」
瑠璃が混乱していることなど無視して相川はそう言って廊下に移動する。
「腹筋……マジか。弱っ……」
「何してるの……?」
「確認。」
瑠璃を冷たくあしらった後、普通の腹筋十数回程度で疲れ始めている腹筋に相川は憐憫の眼差しを向ける。
「あんなに頑張ったのにな……」
「ぐ、ぅ……瑠璃、ここは……?」
相川が悲しんでいると遊神が目を覚まして血を口から吐きつつ彼の娘を視界に入れて、現状を尋ねる。瑠璃はその様子に急いで答えた。
「お父さん! お家に運んでもらったの。今救急車が……」
「……そうだな。集氣法でも足りぬようだ……すまないが、しばし留守を……」
救急車のサイレンが近付いて来る。親子愛の現場の後ろで相川は物を持って上腕の力を確認し、軽く泣きそうになりつつその他の確認をする。
(ヤバい……体が子どもだからかな? 軽く泣きそうなんだけど……)
「毎回お世話になってます。ファイルYです。強度8以上の真鉄が必要なオペになります。」
「遊神さんが……瑠璃ちゃん、大丈夫かい……?」
「母様が帰って来るのを待ちます。大丈夫です。」
そんな会話を余所に相川は懸垂をしようとしてぶら下がることすら満足に継続して出来ないことに愕然としてその場に悄然と佇む。
「魔術も使えない変な世界でこんなにひ弱……俺、生きていけないんじゃ……いやまだギミックがある。それで……」
相川が今後のプランを練っている間に瑠璃たちの話は終わったようだ。救急隊員たちがこの場を後にしてこの場に残ったのは瑠璃と相川だけになる。
「……ねぇ、仁くん……お父さん、大丈夫かな……?」
忙しいが、心配で泣きそうな幼い家主を放っておくことはできない。相川は遊神を見た感じで何となく判断したことを告げる。
「外傷指数はそこまで高くないと思われる。2週間って所だな。……正直、俺の元いた世界の基準とすれば高エネルギー外傷を疑うが、この世界的に考えると裂傷が目立つが基本的に内臓に到達するような致命傷はないらしい。失血が心配だが、魔術とは違う流れを感知した。アレが治癒を早めてるしからそうそう重傷にはならずにすぐ直る可能性が高いな。問題ないだろ……ただ、その流れに淀みを感じた。その力に対する基準は分からんが、それも含めて治すのであればそうだな……やっぱり完治まで2週間は見た方が良いかな。」
「……大丈夫ならいっか。でも、どうしよう……2週間も一人……」
相川が何を言っているのかよく分からなかったが瑠璃は2週間程度で治るとの見込みを受けて安心し、次の瞬間に不安になる。そこに相川は漬け込んだ。
「じゃあ、俺がここに2週間くらい……」
「うん!」
瑠璃は一息つくと今度は空腹感を覚えたようだ。
「……お腹空いた……ねぇ仁くんお菓子持ってない?」
「ない。世界の鑑定的に……超法規だな。氣と武術に特化することでおかしな理論でも実現可能。ただ、常に他の世界に比べてかなりの高負荷の状態で動くことになる……」
瑠璃に対して相川は現在残された魔力で精一杯この世界のことを調べていた。瑠璃は相川が相手をしてくれないので一人で台所に行ってお菓子を探す。
「そうだ、仁くんにもあげよ。お友達だから……えへへ。」
はにかむ瑠璃。それに対して相川は忙しなく別のことを考えていた。
(この世界で強くなれば元の世界のあの天使も殴り殺せるんじゃ……ギリギリ殺せたか殺せてないか位の微妙な感じだったからな……勝負に負けかけた瞬間こんな所に飛ばしやがって……)
「仁くーん! クッキー食べよー?」
「……くれるならもらう。」
相川は思考を止めてそう言って移動する。瑠璃は足の届かない椅子に飛び乗って足をゆらゆらさせながら牛乳とチョコレートクッキーを準備していた。
「えへへ。いただきます。」
「……いただきます。」
そんな様子を見つつ時折目が合う瑠璃に相川は少し考えさせられた。
(……こいつさっきまで父親があんな状態で泣きそうだったのによくへらへら笑ってられるよな……つーか、俺みたいに得体の知れない奴を信用し過ぎ……この家の防犯教育はどうなってるんだ……)
じっと見て来る相川に対して瑠璃は何か言いたいのだろうか、と考えてまずは自己紹介からしてみることにした。
「えぇと、初めまして。遊神 瑠璃、5歳です。竜虎幼稚園のさくら組で、使う武術は遊神流だよ。よろしくね?」
遊神流の時点で引かれることが多いのだが、目の前の人物はその師範を抱えてこの場に飛んだ人だから大丈夫。そう自分に言い聞かせる瑠璃。そう思ってはいるものの、やはり心配で相川を見るが、相川は相川で自己紹介に困る。
「……相川 仁。異世界から来た化物。年齢は……んー……取り敢えず、外見に合わせて5歳でいいか。異世界から来たからどこにも所属してない。流派とかない。強いて言うなら我流だな。」
「変わってるね~異世界って何?」
適当な自己紹介に対して物珍しそうな顔で瑠璃は相川にそう言う。相川は少し困った顔をして言葉に詰まりつつ答えた。
「あー……ここじゃない世界、魔法とか、多分もっと発達した科学とか、何か色々ある世界。」
「魔法!? 仁くん魔法使えるの!?」
椅子の上に立ち上がって目をキラキラさせて相川にそう尋ねる瑠璃。相川は苦笑して首を振った。
「この世界じゃ全然。さっきこの世界に付いて調べるためになけなしの魔力まで使った。」
「小さいの、小さいのも出来ない? 手品みたいなのでもいいよ!」
瑠璃があまりにも期待している目を向けて来るので相川は極々微量の魔力を使い、魔術を行使することにした。
「……『闇の帳』」
相川がそう言って術を作動させると瑠璃の周りが昼間だと言うのに真っ暗になってしまう。しかし、それも一瞬のことですぐに魔力の節約の為に仕舞う。
それでも瑠璃は拍手して喜んだ。
「すごいすごーい! 瑠璃、魔法使いさんとお友達になった!」
「信じてくれて何よりだが……他言はしないように。俺はもう魔力がないから魔術は使えんぞ。……魔法なんてもっての外だ。」
「魔法使いの仁くん。この世界に来たから魔法が使えないの? どうやったら魔法使えるの?」
「……遊神ちゃんが絶対誰にも言わないで俺がこの世界から脱出することが出来たら使えるようになる。」
相川の言葉を受けて瑠璃は口の前に手でばってんを作って何度も頷いた。
「瑠璃、絶対言わないよ!」
「まぁ協力よろしく。……このクッキー美味いな。」
「えへへ。牛にゅーと食べると、もっと美味しいよ?」
お行儀よく椅子に座り直してクッキーを頬張る瑠璃。相川はこの子可愛いなと思わざるを得なかったがその心を捻じ伏せて次の行動に付いて考える。
(少なくとも2週間程度の宿は確保した。スラム的な場所を探さねば……その辺の奴ら相手だったらギミックが通用するらしいし……)
「ご飯食べたらお風呂ねー? でね、お話しながら寝よ?」
「あぁ、うん……ありがと。」
無垢な笑顔を前にして自分は穢れているなぁ……と思いつつ好意に甘んじて相川はその家に厄介になることにした。