密航
瑠璃が相川を尾けることにした翌日。瑠璃は早速相川が修羅の国に向かうと聞いてまずは気配を殺しながら相川が乗っている車の後続車に張り付いた。
(……修羅の国に行くんだって……飛行機に乗るなら先に行っとこ……)
相川の周囲をうろついているとすぐに見つかる恐れがあるので瑠璃は空港のスタッフとセキュリティの方を騙した方がバレるリスクは少ないと判断し、飛行場にショートカットする。
自動ドアなどが反応しない程に体の状態を変え、防犯カメラの位置を把握してなるべく死角を移動できるようにしながら掲示板を見て先に入ろうとする瑠璃だが、一般の搭乗案内には修羅の国行きが書いていなかった。
(……? この空港の車だったんだけどな……)
相川の下に来たのはファーストクラス用の送迎車でこの空港の物だと認知してから来たのだが、ダミーだったのかと首を傾げる瑠璃。一先ずスタッフたちの動きを見て不審な点などがないかを視てから次の行動について考えることにしてみると愚痴を言い合っている少し特殊なスタッフを発見した。
(……仁のこと何も知らない癖にムカつく……けど、おかげで着いて行けそうだから攻撃はしないよ……仁が嫌われていて不幸中の幸いってところかなぁ……それにしても、自分用の飛行機あるんだ……)
別にチャーターしているだけなのだが瑠璃はよく分からずに驚いておく。それはさておき、チャーターした上に空席の売却などを行っているわけでもないので瑠璃はどこに隠れるか考える。
(……まぁ普通に考えて貨物室かなぁ……)
普通、飛行機に密航するということはあり得ないのだが、貨物室であれば少なくとも荷物が崩れる程の変な温度にはならないように設定されており、死ぬことはないだろうとの判断だ。それに、瑠璃の美貌があれば万が一見つかっても内緒にしてもらえそうだと考えた。
(……あんまり仁以外にそういうことはしたくないんだけどね……今回は仕方ない……)
媚を売る訳でもなく普通に笑顔でおねだりすれば達成できる条件だが、基本的に瑠璃は他人を近付けたいと思うタイプではないので気は進まない。そうは言っても、彼女が出来る手はこれ位しかないので今回は諦めてそれを実行に移すことにする。
「じゃあ、行こ……」
そして彼女は誰にも見つからないように飛行機に乗り込むことに成功する。
貨物室の3つの部屋を駆使することで何とか見つからずに密航に成功した瑠璃は飛行機から降りて現地の何らかの基地にいることを知り、その警戒心を一気に高めることになる。
「仁何してるの……」
危ないことはしないと言ったはずだと思いつつ瑠璃は怒りを若干覚え、それでも相川が会社絡みで補給しに来ただけかもしれないと少しだけ泳がせてみることにした。
しかし、それは悪手だったようだ。
「どこの者だ?」
「っ!」
気配を消していたのにもかかわらず、不意に掛けられた声。瑠璃は更に気配を押し殺し、心音すらも小さくしてその場を逃れようとするが相手はそれすら感知し、緊張を高めたようだった。
「返事もなく隠れるということは望ましい行為ではないな。」
敵意を示す相手に瑠璃はこうなったら致し方ないと声の主を気絶させることに決め、軍服姿の男の後ろから無音で襲い掛かった。
「っ……疾く、重い……っ!」
瑠璃の問答無用の一撃。それは驚嘆すべきことに男によって防がれることになる。完璧に命中したのにもかかわらず受け止められたことに瑠璃は動揺してしまう。対する男は内心で息を漏らす。
(危ねぇ……糞ガキのアーマーがなけりゃ一発で退場だった……イケ好かねぇガキだが技術だけはやっぱり凄いもんがある……)
銃を構えながら男は瑠璃のことを睨み思わず見惚れてしまう。その隙に瑠璃が動くがその攻撃は相川印のアーマーを壊すに留まった。しかし、その攻撃だけで男に状況が悪いと思わせるには十分すぎる。彼はすぐさま連絡笛を鳴らして周囲に異常を知らせた。
『達人による敵襲だ! あの東洋人どもを呼んで来い! 一般兵が出るだけ無駄だ!』
「はっ!」
状況の悪化に瑠璃は苦い顔をする。まさかこんな事態になるとは思わなかった。ここが相川の敵のいる場所か味方のいる場所か分からない以上は自分で何とかするしかない。瑠璃は一先ず逃走を選んだ。
『誘導しろ。下手な所に逃げ込まれても困る……今日はあのガキも来たんだろ? 癪だがあいつの所なら完璧だ。』
『はっ!』
そして彼女は知らぬ間に相川のいる場所へと導かれることになる。
「……外が騒がしいな。」
「様子を見て参ります。」
相川がいる建物ではやっと着いたばかりにもかかわらず騒ぎの真っただ中と言う状態で相川が不快気にしていた。その様子を見て周囲に控えていた元従業員たちがすぐに動き出す。
「あぁ……一応、追加命令。捕虜とか二重スパイとかは足りてるから部外者が紛れ込んでいて、この建物に来るなら殺してこい。」
「畏まりました。」
命令を受けてすぐに駆け出す一行。彼女たちが事態を把握するために周囲と連絡を取っているとどうやら賊が紛れ込んでおり、この建物に誘導する手筈になっているらしい。
「……ご主人様のお休みを遮る者に死を。」
ドーピングを飲みながら彼女たちは据わった冷たい目で前方から迫りくる相手を睨みつけ、そして逃さぬように捉える。瑠璃は罠にはまったことを悟りつつ相川の匂いを感知して一瞬で正面突破を図ることに決めた。
「何か変なの着てるみたいだから大丈夫だよね【鎧通掌】!」
これまでの抗戦よってある程度手加減を見極めていた瑠璃の掌打によって衝撃を吸収するように内部にもセルロースナノファイバーなどの硬くて弾力性のある特殊素材を着ていたはずの少女が一撃で沈む。
「ごめんなさいっ! 【鎧通掌】!」
「ぅぐっ……!」
内臓破裂レベルのダメージで口だけではなく鼻からも血を噴き出して倒れた少女を尻目に瑠璃は次の標的を沈めに掛かる。しかし、今度は何とか腕一本を犠牲にする代わりに防ぐことに成功。そして止めた少女が作った隙に周囲が攻撃を叩きこんだ。
「っ……はぁ……」
「何という硬さ……」
「今、銃弾当たりましたよね……?」
しかし、瑠璃は普通に立った。内出血などはしているものの、外傷はなく、それは彼女を包囲している者に恐怖を抱かせるには十分だ。
「化物……」
「ですが、私たちに失敗はもう許されていません……! 命を賭してもご主人様の命令を遂行する……!」
それでも相川の部屋からやってきた少女たちの戦意を挫くことは出来ない。彼女たちには相川に多大な恩を受けつつもそれを仇で返すようなことをしてしまったという負い目があり、これ以上の失態は許されないという強迫観念があるのだ。
「えぅ……っく、はひゅ……ごほっ……」
先程、内臓を破裂させた少女すら立ち上がり、瑠璃に戦闘の意思をぶつける。その異常な状況の中で瑠璃は活神拳としてこの場をまかり通るのは難しいかもしれないと思い始めていた。
「瑠璃さん……どうしてここに……」
そんな折に、瑠璃も知る女性がこの場に現れる。しかし発された声と同時に瑠璃を襲うのはその声の主の攻撃だった。それを防ぎながら瑠璃は攻撃主に視線をやる。
「犬養さん……」
それに反応するように、しかしその問いかけにも似た声には応じずに彼女は無表情に断罪するように、そして悲しげに告げる。
「……命令は、絶対です。」
その声とほぼ同時に瑠璃に対する総攻撃が始まるのだった。