ちょっとした日常
「……前より仲良くなったから今度こそいけるかな?」
ある日の朝、瑠璃は前は友達としてすら認識してくれていなかったらしい相川が最近は割と自分のことを邪険に扱わないのを受けて少し実験をして見ることにした。
実験内容は簡単で、構ってちゃんそのままな行動をしない限りは構ってもらえないことを受け、対等な立場として扱ってもらうためにその構ってもらうための行動を止めるという物だ。
「ボクからはおはようといただきますにごちそうさまでした。あと、ありがとうとお休みしか言ってあげないんだから……!」
割と自発的に声をかけている気もしなくはないが、彼女の父親がこの国に瑠璃の妹である茜音がいるという情報を手に入れて探しに行った期間を利用して相川の家に移動して行った。
「それで結果はどうだったんですか?」
「んー挨拶を除いたら意味は色々だったけど『はい』が92回、『邪魔』が38回、『退け』が29回、『来るな』が21回だったかな。」
「……私は仕事の関係があるのでどちらにせよ難しいですがまぁ、やらない方が正解ですね……」
アヤメへの報告通り、瑠璃の実験は失敗し、再び瑠璃は相川の周りで不本意ながら控えめな構ってちゃんとして過ごすことを余儀なくされた。
「……今日はちょっと毒日だな……しかも瑠璃が来るのが確定してる……」
ある日の昼前、相川がのんびりしていると不意に自分の体が怠くなり始め、せき込んで喀血するという事態に陥った。
それはまぁ慣れているしいいのだが、理性が弱まっている状態で瑠璃が来ると彼女は割と碌なことをしないので嫌そうにしつつももう満足に体を動かせない状態なので諦めて瑠璃のことを待つことにした。
程なくして、瑠璃は相川の家に辿り着いて相川の容体があまり良くないことを知る。
「看病するね!」
「……帰れって言っても聞かないんだろうからもう好きにしろ……」
「血を吐く程の病人を放っておけないに決まってるじゃん。……? え、今好きにしろっていった?」
「常識のある範囲内でな。」
いきなり妙な雰囲気を漂わせ始めた瑠璃に相川は毒日とは異なる寒気を感じて釘を刺しておく。目の前で瑠璃はすでに第2ボタンにまで手を付けていたがそれを戻すことなく彼女は何事もなかったかのように相川に尋ねる。
「今何が欲しい? 飲み物?」
「いや、倒れる前に命にかかわる物は準備してある。」
「……生き死にの問題じゃなくて元気になれるレベルで考えよう?」
「瑠璃、なんで魅力封じの仮面外したの?」
「元気になれるようにって。」
その後、半ば理性が怪しくなった相川が瑠璃の胸を触った所で何とか理性を取り戻し、鼻で笑ったことで雰囲気は胡散霧消。瑠璃はもう割と小さくはないんだけどなと思いながらも再戦を誓うために胸部重点的な肉体改造を行うことにした。
「……桐壷さん、ちょっとお尋ねしたいことが……」
「何ですか?」
またとある日の午前に新システムの共同開発のために会談を行っていた桐壷とアヤメがあることを受けて会話をしていた。アヤメは桐壷の胸に視線を送りつつ尋ねる。
「その発達した胸部はどうやって作り出されたのかお伺いしても……」
「……まぁ、5年生の頃から年齢にはそぐわない胸をしていたのは自覚しています……ですが、何をどうやっていたのかについては分かりません。」
「そうですか……」
出会ったころから更に大きくなり、身長や体格が良くなってからもカップ数に置いては変わらない桐壷のアドバイスを受けられずにアヤメは露骨に落胆して見せる。
いつもの交渉の時に見せるこちらが怖くなるような気迫はどこにもなく、その年齢相応の可愛らしい姿に桐壷は何とかアドバイスできないものかと考えてあることを思い出した。
「あ、強いて言いますと……」
「はい?」
「あなたのお兄様に触診と言う名で胸を触られたことがあります。」
その後の流れは言うまでもないが、結果だけ言うのであればアヤメは5階の窓から地面に落ちても怪我一つなく元気だった。
またまたある日のお昼時。
「今日はボクが料理作るね!」
「お? ……まぁ、じゃあやってもらおうかな……」
珍しく瑠璃がやる気を出して何か作ろうとしているのを受け、相川は既に冷蔵庫に何品かおかずを作り置きしてあることは告げずに実験に戻ることにした。
「何食べたい? ボク、お店でもお手伝いしたり、お家でもいっぱい練習したから和食ならある程度は作れるよ? あ! 家庭料理レベルでね? 仁みたいに聞いたことないような料理を何となくで作れるほどじゃないよ?」
「得意料理とかあるの?」
「オムライス!」
和食ではないのかと思ったがまぁいいことにして相川はそれを頼んでみる。卵白をメレンゲ上にして見たり生クリームを入れて見たりして作り上げられた瑠璃の作品はふわふわした美味しい玉子とチキンライスの組み合わせで美味しくいただける物だ。
「……まぁそれはいいんだけど、何でメイド服? 着て来たの?」
「何かこの前アヤメちゃんが着てて仁の受けがいいって聞いたから。」
「実験で手と目が離せなかったからスルーして最初に訊かなかったのもアレだけど、それ着て来たのかどうかもう一回訊くよ?」
「お家から着て来たよ?」
あまりにも当然のことのように言われてしまったので相川はもう逆に感心してしまい、食事時を楽しく過ごすことになる。
尚、帰って来た時のフレンチメイド服という恰好並びに「仁……いや、旦那様のためにもっとお料理頑張らないと!」という発言によって瑠璃は彼女の父親にこの世界に戻って来てから妙を蘇らせて以降、自ら禁止していた2度目の呪術を使わせることになり、謎の調理技術レベルに至りお店でのバイトもキッチンは完全に立ち入り禁止となるのだった。
そしてあくる日の夜。
「さぁて……久し振りの【修羅の国】ですねぇ……」
「んー? 何か言ったの?」
予定していた日が近付いてスケジュールを見ながら思わず呟いた相川の下に瑠璃がやってくる。勿論、内戦地帯として知られているその場所に向かうことを知られると面倒なことになるので相川は誤魔化す。
「いや? ちょっと出張に出掛けようと思ってな。」
「ふーん……いつ帰って来るの?」
「そうだな……多分、1月か?」
長い。瑠璃は率直にそう思った。ここ最近の相川が長期出張は終わった後、大怪我を負っていたり不可思議なことが起きたりしていたので瑠璃は相川が長期出張に行く場合の警戒心を非常に高めていた。
その折に来た今回の話に瑠璃は行かないで……とは言わず、なるべく素っ気なく振る舞うように強く心がけて「そうなんだ」と返した。
「お。そうそう。黒猫君にもついて来てもらうからこの家は完全に封鎖する。入って来たらセキュリティに引っ掛かって大変なことになるからな?」
「ふーん……気を付けてね?」
やり切った。瑠璃は相川が離れながらやっと親離れできたのかと極々微小な声で、少し前までの瑠璃であれば聞こえないレベルの呟きをしたのを受けて湧き上がる感情を抑えながらそう思った。
(ボクのことを何だと思ってるんだよ……! 誰が娘なの? ボクのことをもっとちゃんと見てくれないかなぁ?)
今すぐ後ろから襲い掛かって監禁して女の自分を見せてやろうかと湧き上がる衝動を抑えつけ、瑠璃は相川に見えないように昏い笑みを浮かべる。
(そっちが隠すなら、こっちは暴くだけだよ……! 着いて行くからね……!)
もう置いて行かれるだけの子どもじゃないと瑠璃は相川の後姿を見つめながらそう強く思うのだった。