女子相談中
相川から彼女の目的としては致命的な言葉を受け取ったクロエは特に意識されることもなく追い出された後、我に返って相談の為にファミレスに人を集めていた。
「……好きなの頼んでいいの?」
「もう兄様のことは諦めた方がいいと思いますのに足掻くんですね。」
「あんな人でなし、クロエちゃんには勿体ないって。」
参加メンバーはクロエと長い付き合いをしている瑠璃、相川の会社を継いでいるアヤメ、そして相川の知らぬ内にクロエと仲良くなっていたアイドルのノアだ。彼女たちの他にもクロエは頼りになりそうな人を一応呼んだのだが切り捨てられてしまった。
「はい……幾らでも頼んでください。あ、お店の迷惑にならない程度にお願いしますよ?」
「うん。ミックスグリルと和風ハンバーグ定食、サーロインステーキとほうれん草のソテーにキノコ雑炊とチキンステーキぐらいにしておく。」
「……十分多いですよ瑠璃さん。私はチーズハンバーグと12種類の新鮮リーフサラダにドリンクバーでいいです。あ、勿論スープバーもお願いしますよ? あんまり飲みませんけど。」
「……カルボナーラでいいかなぁ。」
各々の要望に応えてクロエは注文する。クロエ自身は先程受けた衝撃の所為で食事どころではないのでさっそく話に入った。
「……それでなんですが。私……師匠に見捨てられました……どうしたら……」
「ざまぁ。あ、瑠璃さんその錠剤って新しいやつですか?」
「え、うん。仁が何かいつもよりいい匂いのする葉っぱとかで作ってたの。肌荒れとかに良いみたい。」
「クロエちゃんが見捨てられたんじゃなくてこっちが切ったと思えば良いんだよ。」
クロエの発言にまともに応対してくれるのはノアだけだった。アヤメはこのまま脱落してしまえと思っているし、瑠璃としても自分と相川の間を絶つこともなく、相川に危害が及ばなければクロエの相川への思慕など割とどうでもいいのだ。
しかし、クロエからすれば大本命である天才娘二人組には是非とも協力してもらわないと困る。ノアも相川から過去に教育を受けているので馬鹿ではないが、所詮事務仕事にも入れなかったレベル。脅威のストーカー能力と特定個人へのプロファイリング以外ではあまり期待できない。
一先ず、クロエは相川に教えてもらった交渉術の中で食事中には相手のガードが緩むことでYesを引き出しやすいということを使って瑠璃とアヤメと交渉しようと思っており、相手の食事が来るまで惚気を只管聞くことに耐え続けた。
「和風ハンバーグ定食となっております。こちら鉄板が熱くなっておりますのでご注意ください。そしてこちらが12種類のリーフサラダになっております。」
ようやくやってきたそれらに二人が食事を開始し始めたところでクロエはしばらく相手の流れに乗りつつも次第に自らの話題に流し込み、そして協力を引き出す流れに持って行くことに成功した。
「私に出来ることなら何でもしますので、瑠璃さんとアヤメちゃんには何か意見を頂きたいのですが……」
「何でもするなら諦めて欲しいかなぁ?」
「別に嫌われてる訳じゃないのでそれ以上を望むのは少々欲深では?」
だがしかし、彼女の交渉は失敗に終わる。自分では思い付かないような意見を期待して呼んだノアも相川のことを嫌う発言で瑠璃に氣当てを発されて倒されており役に立たない。本当のことを言うのであればノアに場を煽らせて非協力的になるだろう二人の心変わりを期待していたのだが、この状況では無理だろう。
「あの、もう私があの人の一番になるのは諦めるので……せめて浮ついた心であの人じゃない人のことを好きになったという誤解だけでもなんとか晴らしたいんです……」
「でも、浮ついたんだよね? ボクが聞いてる分だとそうなんだけど。」
「……師匠は瑠璃さんにどういった風に……」
何の執着も見ることができなかった相川の内面がどうなのかクロエは一縷の望みをかけながら瑠璃に恐る恐る尋ねる。対する彼女は2つ目に来た皿をも綺麗に空けて次の料理に手を付けながらこともなさげに答えた。
「んー今日の仁ニュースは何? って電話したら4番目に『クロエがさっそく将来の旦那様のために働いてるのを見た。』って。」
「……何ですかそのニュースは。放送枠買い占めてもいいですか?」
「仁ニュース? ボクの直感で仁が恐らく暇だろうと判断した時にボクのこと忘れないでねって言う名目とついでにデートできないかなって探るための定時連絡。これしないで待ってるだけだったら2ヶ月くらい連絡ないことがあったんだよ……」
瑠璃の最初の発言の時点でクロエは水を飲み干して眩暈を覚えた頭を何とか冷静に保とうとする。いつの間にそこまで話を進められたのか。と言うより自分が相川にあれだけ尽くしていた時は何とも思っていなさそうにしていた癖に他の男性の所に行っただけでそうなるかと、クロエはあまりの相川の跳躍思考にもう逆に笑みを浮かべるまで至った。
「う、ん……何となくぼうっと話だけは聞こえてましたけど……その相川、さん? 童貞臭いですねぇ……草食系で自分から出ない癖にすぐに諦めて。ヘタレじゃないですか。別れて正解ですよそんな人。」
「……今度は目覚めないようにしてほしいの?」
「瑠璃さん、やめてください。これは一応、トップアイドルなので殺されたり傷が目立つと後が面倒なんです。」
目覚めと共に再び気絶させられたノアを気の毒そうに見ながらクロエは今の発言を思い起こす。
確かに今の結果だけを見るのであればノアの発言も間違っていないかもしれないが、それは両方からの思いがある場合のみに成立する話だ。単純に相手にされていないからこそこんなに簡単に切り離された。
(あれだけ努力したのに、ずっと一緒に居て恩返しも出来ないどころか迷惑まで掛けて……挙句、こんな終わり……)
身を引いた方が賢いのかもしれない。いや、恐らくは自分が相川の恩に報いるのであればここは引くべきなのだろう。冷静に考えた頭、利害打算のみを打ち出す経済人としてのクロエがそう囁く。
その一方で目の前の楽しそうにしている少女たちが彼女の想い人の隣に立っている場面を想像して悲鳴を上げるクロエがいる。
「……皆死んで二人だけの世界になればいいのに……」
「……やってみる?」
「自業自得の癖に。」
思わず昏い発言をしてしまったクロエの呟きに瑠璃がその万物を魅了する貌をどこか好戦的な色に染めて笑みを返し、アヤメが絶対零度の無貌で断罪するかのように切り捨てる。しかし、クロエが漏らした言葉は例え本音だったとしても、彼女が目指すところではない。彼女が目指すのはあの人の隣だ。
「……まぁ、やっぱり聞いて頂けていただけで十分でしたね。もう頭の中は冷えました。……アヤメさん。」
「はい?」
「アミノ社を退社してそちらに平として入社します。テストなどきちんと受けて通りますのでこれからはまたよろしくお願いします。」
相談など必要なかったかのようにクロエは影が尾を引きつつもこれまでよりはマシになったどこか吹っ切れた顔でアヤメにそう告げる。それに対してアヤメは引き攣ったように笑った。
「よくもまぁおめおめと……我が社とアミノ社で喧嘩になったらどうするんですか……?」
「その時は責任もって私がアミノ社を支配しに行きます。もう、惑わされません。」
「狂ってますよそれ……どんな秤で物事を見たらそんな結論が……」
呆れたように、嫌そうにそう言いつつもアヤメはそれがクロエ、いや自分たちだと笑みを浮かべながら誰にも聞こえぬように脳内で呟くのだった。
今回と前回はちょっと間に合いませんでした……