凄くどうでもいい
「お待ちしておりました相川様。」
真愛との約束の日が訪れたので相川は指定された場所に荷物を持ってやって来ていた。明らかに嫌われているのにもかかわらず一見すれば全く面に出さない桐壷家の使用人たちの質の高さに内心で感嘆しつつ相川は呼び出し人の下へと向かう。
「御機嫌よう。お待ちしておりましたわ仁さん。」
「はいどうも、依頼を受けて取り敢えず参上相川くんですよ。」
依頼主である真愛の下にすぐに移動した相川はその隣で小さくなっている彼女の兄、和臣の方を見て真愛から小声で依頼の確認を受けた。
「お兄様にはあのお薬を飲ませているので仁さんに嫌悪感を抱くことはないです。安心してください。」
「わかった。」
初対面の時と比べて覇気もなく、細くなった気さえする和臣を見て相川は首を傾げる。そんな相川に和臣は低姿勢に挨拶をしてきた。
「こ、こんにちは……真愛の兄の和臣だ。前に会ったが一応、再開の意を込めて自己紹介させてもらうよ? 今日から3日間、真愛の護衛役らしいけどよろしく頼むよ……」
「兄……まぁはい。」
相川の呟きに和臣がびくりと一瞬だけ身を強張らせ、真愛がそれを目敏く感じ取りすぐさま外部との切り話を行うために運転席とのラインを切って車を発進させることにした。
ほぼ無音で振動もない広い車内で相川と対面するように座った桐壷兄妹はこれから向かう場所に着いての説明もそこそこに先程生じた違和感について相川に追及を開始する。
「えっと、仁さんは何故お兄様のことを兄、と再確認されたのでしょうか?」
「ん? まぁ氣の質も変性してるのもそうだし、骨格からして変わってるからなぁ……」
「き、気の所為ではないかな?」
「お兄様はなぜそこまで動揺されているので?」
真愛はほぼ確信に至りつつあるがまだ疑惑程度で済んでいる目を彼女の兄であるはずの和臣に告げる。 その場では何とか誤魔化すことが出来ても真愛が相川と組むようになってからは和臣は日々押されっぱなしであり、立場も弱くなっていて真愛に抵抗する力も弱々しいものに成り下がっている。
そんな彼は目的地半ばというところでとうとう自白してしまう。
「……トランスセクシュアル、ですか。」
「話は生まれて来る頃までさかのぼるんだが……要するにそういうこと。部外者に知られるのはこれで初めてだけどね……」
嘆息する和臣。出生時に半陰陽者として生まれて来て、両親が桐壷グループの後継ぎとして男の性を選択し何不自由なく暮らしていた。それがここ最近、急に外性器に異常が現れ始めたという。
「んー……まぁこの世界では割と珍しいタイプの性分化疾患だな。魔素的な要因も絡んでるし。」
「どういうことですか?」
「……まぁ昔、真愛が瑠璃と俺と一緒に別世界に行った時の名残だねぇ。」
魔素には使用者の欲望を叶えようとする働きがあり、家督を狙っている真愛の願望が反映したんだろうと考察する相川だが兄妹仲がこじれるのも面倒なのでそれ以上は言わない。
「……ははっ。こんな形でバレることになるとは……もう、意味が分からない……僕の体は一体どうなってしまうんだよ……」
状態がバレてしまったことで弱音を溢してしまう和臣。そんな彼に相川は普通に答えた。
「1週間もすれば体に関しては完全に女になるよ。1月ほどで脳の構造からホルモンバランス、何から何まで全部女性になるけど。」
「……あの、流石にもう少し気を使ってあげた方がいいのでは……?」
「あぁ悪い悪い。ここ最近は人と接することがほぼ皆無だったからその辺適当だわ。」
少しも悪いと思っていなさそうな返事を受けるも相川が人と接しなくなるような状態を作り出してしまったのは自分たちなのでそれ以上何か突っ込むこともできずに車内に沈黙が降りた。
「まぁそれは置いといて、今日の予定についての話に戻っていい?」
「……何かもう、こう……ね……うん。もういいか。はい。」
色々言いたいことはあったが、相川相手に倫理を説いても意味はないので話は無理矢理表向きの用件に戻された。
「修羅の国の開発について、単刀直入に聞こうか。」
「……一応、会社のトップクラス以外には機密事項扱いされてる話じゃないのかそれ。」
先程の端的な言葉で核心を突くやり方をやり返されて相川も少々目を細めて重圧を発す。対する和臣も目だけは一切笑わせずに笑顔で応じた。
「真愛が君の会社の顧問になってね。話は大体聞かせてもらってるよ。」
「残念だが俺はあの会社を追放されてる。その話について詳しいことはもう知らないね。」
自分のことは嫌いだろうが何だろうが構わないが給料分の仕事と守秘義務くらいは守れよと思いつつ相川は和臣の問いかけに同じく顔だけは笑みを浮かべつつ応じる。それに対して和臣は更にカードを切って来た。
「高校を卒業してからは随分と向こうで活躍される予定みたいだけど?」
「ハッハ。何を言ってるのかさっぱりだねぇ……大体、最近まで引き籠りやっててようやく外に出て来たんだ。どこかは知らないし、何をやるのか見当もつかないが活躍の余地がある訳がない。」
「おや? それならウチで働かないかい?」
「お兄様?」
後ろで黒幕よろしく操っていた真愛が和臣を笑顔で睨んで制する。しかし、相川を手中に収めれば和臣の絶対的優位が築けるので引き下がることはなかった。ただ、相川自体が乗り気ではない。
「嫌だね。俺の目標はそこにはない。」
「おや、異世界行きの計画についてなら全力で支援させてもらうけどね……それでもかな?」
恍けた表情でぶち込まれた発言に相川は情報源を考える。一瞬でそのルートが会社にあることに思い当たったが現在はそれを使う余地もないので溜息をつく。
「それでも断るね。大体、もう俺が出て行く分だけの準備は8割終わったし。後はついて来させる奴の為に少々改造を加えるが……」
残りの2割の開発と改造に莫大な金がかかり、その予算はまだついていないことは伏せておく。相手主導のプロジェクトに組み込まれるのと単に出資させるのでは話がそれこそ異次元レベルに違うからだ。
「ほう、もう話はそこまで進んでるのか……」
「申し訳ありませんが会話に割り込ませていただきます。随伴者がいるような口ぶりですがそこに私はいるのでしょうか?」
「え? 何も聞いてないから勿論入ってないけど?」
「そこに私が入ることは可能ですか?」
真愛の質問に相川は逆に質問を返した。
「戻って来れないし、向こうに行くまでに君らなら死ぬほどの訓練が必要になるけど。君らが来るメリットか何かあんの?」
「……戻って来れないんですか?」
「いや、やろうと思えば戻って来れるけど……俺にその意思がない。」
何とも言えない表情になる真愛とこの場の成り行きを見守る和臣。
結局、この質問に対する答えを導き出す前に車は目的地に着き、その話は後に持ち越しということになるのだった。




