探しモノ
「よし、家の案内だ。張り切って行こうぜ!」
「……はぁ……眠い……」
翌日。相川は瑠璃と奏楽が稽古をし終えるくらいの朝の7時くらいから高須の車に乗って新しい家を探しに出掛けていた。
「おいおい、お前の家を探しに行くのにお前のテンションが低くてどうするんだよ?」
「……いや……あ、朝飯喰いたい。コンビニ寄って。」
「おうおう。食え食え。」
朝からご機嫌な高須のテンションに付いて行けず相川は欠伸を噛み殺しながら通りがかったコンビニに寄りたいと告げ、一つ先のコンビニに入る。
「奢ってやるよ。何食うんだ?」
「……おにぎりかサンドウィッチ……あ、ピザまんでいいか……それと紅茶……」
「……おにぎりとサンドウィッチとピザまんにしたのか……自由だな。」
マグロの漬けが入ったおにぎりとハムと卵のサンドウィッチ。それにピザまんとストレートティーを遠慮なく買ってもらって相川は車に戻る。
「ん~……あ、高級車に匂い着いたらごめんね。」
「今更だ。俺もよくここでカレーとか喰ってるし問題ない。」
「何か残念だな……」
そんな会話をしつつすぐに最初の目的地に着いて車から降りた。そこでは恰幅の良い女将のような人物が待ち受けており高須を見て歓迎するが、挨拶もそこそこに高須は用件に入る。
「部屋を一つ。拷問部屋をな。」
「あぁ、はいよ。家賃は昨日言った通りだ。」
「どうも。相川、この人の顔を覚えておいてくれ。電話番号も入れといた方が良いぞ。」
「ういうい。」
「何だい? コブ付きの女でも拾ったのかい?」
「ちげーよ。こいつは……」
相川は二人のやり取りを見ながら高須から渡された書類の電話番号や更新内容と手続き、保険や水道・ガス・電気、セキュリティ先などを調べて覚えておく。
「まぁ入居前には使えるようにしてるからね。行ってきな。問題があったらすぐに言わないと敷金はこっちのもんだよ?」
「はっ。何があっても敷金は返さねぇだろ? 相川、行こうか。」
「あいよー」
一応書類に目を通した相川は高須に連れられて再び車に乗った。
「何熱心に見てんだ?」
「契約内容以外に見るものあるか?」
「あー見ても無駄だぞ? 何があってもそれ以上マケるなんてことはしないだろうからな。あ、こっからは気を付けろ。若干治安が悪い。」
「高級車で乗り込んで大丈夫なのか?」
「運転手に俺が乗ってるからまず問題ない。」
大した自信だなと思いつつ車から降りて書類の中にあった地図通りに移動していくと個性的な髪形をしたチンピラに出会った。
「おぉ? 何見てんだ糞ガキ? 死にてぇのか?」
「髪の毛半分何処に行ったんだろって思って。」
「ブハッ……」
威圧された相川が無邪気な声を作ってそう言うと高須が噴き出した。相手には洒落が通じなかったらしく相川の胸ぐらを掴みあげ、そのまま持ち上げる。
「どうやら死にてぇらしいな。躾けのなってねぇガキめ……恨むならテメェの親を怨みな!」
「いねぇよ。」
相川は地声で笑いながらそう言ってその男の腕に注射を打つ。
「あぁん? テメェ、今何……」
「こっちは俺のお手製。『過歳生薬』」
「おごっ……」
逆の手で男の口に色とりどりの生薬を放り込んで嗤う。彼はその場に崩れ落ちて尻もちをついた。
「おいおい、何やったんだ?」
「ま、ラボナール的なのを打ってそれを良く回るように生薬を飲ませた。」
ラボナールは麻酔薬の一種で大脳の働きを著しく落とす物だ。そして自白剤としても名を上げられる。
「さて、洗脳を始めようかね。」
「鬼かよ……まぁここにいる奴らは基本的に社会的に孤立してるからバレねぇだろうけどよ……」
「安心しろ。社会復帰するように仕向けるから。」
悪魔のように笑う相川。それを呆れたように見るも止めない高須。
相川にとってこの日は全体的に成功だったと言える日になっただろう。
相川がせっせと引っ越し準備を整え、残り4日で入居日になる日。
相川たち3人が通う竜虎幼稚園の早い時間帯に瑠璃はトイレからさくら組の部屋に戻って来て相川を探す。
「あれ? 仁くんがまたいない……」
しかし、そこに相川は居なかった。彼女的にはトイレも一人で出来るということを自慢したいし、離れるのも嫌なため、一緒にトイレに行きたいのだが彼は絶対に拒否するので毎回トイレ後は探さなければならないのだ。
(う~……あっちかなぁ?)
園内はそこまで広くない。瑠璃は相川を探しに戻って来たばかりの部屋を後にして探索を始めた。
「まったく、いっつもどっか行くんだから~……こっちかな?」
瑠璃が不満気にそう言いながら廊下を歩いていると保父の若い男性が目の前を通った。瑠璃は彼に相川を見ていないか尋ねる。
「仁くん? えいこ先生と一緒に事務所の方に行ってたかな……」
「ありがとうございます!」
「いえいえ……にしても、瑠璃ちゃんは本当に仁くんのことが好きだね~?」
「うん!」
瑠璃は相川の居場所が分かってご機嫌でその保父に返事をした。そこから軽い調子で彼は続ける。
「あはは、じゃあ瑠璃ちゃんの将来は仁くんのお嫁さんだ。」
「お嫁さん?」
「お嫁さんって言うのはね~好きな男の子と家族になることだよ?」
「あ、瑠璃ちゃん!」
会話をしていると奏楽が駆け寄って来た。瑠璃はそんな彼のことを受け止めると首を傾げる。
(将来じゃなくても……瑠璃と仁くんはもうずっと家族なのにね?)
「瑠璃、将来のお嫁さんじゃないよ?」
「あ、あはは……そこは違うんだ。」
「うん。」
真顔の返事に保父は曖昧に笑った。それに対して瑠璃は今しがたやって来た奏楽のことを見てその保父に告げる。
「……将来のお嫁さんなら、奏楽くんかなぁ……?」
「えっ! ホント!?」
瑠璃の一言にお嫁さんの意味が分かっている奏楽は驚いて顔を真っ赤にしながら瑠璃をホールドする。瑠璃は頷いた。
「うん。多分。」
「その辺はしっかりしてるんだね……」
「やった! 勝った!」
喜んで走り始めた奏楽を変なの……と思いながら見送って瑠璃は相川の下へと移動を始める。そんな二人を見送った保父は相川に心内でエールを送りつつ自らの職務に戻って行った。
「じゃあこれが新しい住所なんで。」
「凄いわね~よく難しい漢字まで……」
「よろしくお願いしまーす。」
その頃の相川は既に住所移転の手続きを済ませて事務所から出て園長と一緒に別の場所にいた。そこに奏楽が駆けて来る。
「お!」
「ん?」
奏楽は相川を見つけると声を上げて走り寄って来て笑顔で宣言した。
「僕の勝ちだから!」
「……何で俺負けたことになってんの……?」
「瑠璃ちゃんは僕のだからね! もう遊んだらダメー!」
「あ、そう……それより何で俺負けたことになってんの……?」
相川が首を傾げると奏楽は得意げに大きな声で相川に答える。
「瑠璃ちゃん僕のお嫁さんになってくれるって!」
「そう……それで何で俺の負けなの?」
「あ、仁くんこっちにいたんだね。しまったな。瑠璃ちゃんには間違えたこと伝えちゃったか……」
相川の問いに奏楽が答える前に先程の保父がこちらにやって来て失敗したと頭を掻く。しかし、そんなことお構いなしに奏楽は相川にドヤ顔で言った。
「瑠璃ちゃんは仁より僕のお嫁さんになりたいって言ってたの!」
「あっ、奏楽くんそれはそういう風に言ったら駄目だよ。」
保父が止めるも既に発した言葉は戻らない。保父が相川の反応を窺っていると彼は頷く。
「そっか。」
彼はそうとだけ言うと部屋に入って行った。