3年生
一応、新学期が始まった。相川と瑠璃は進級後の書類手続きのために学校に久し振りに出て来て好機と嫌悪の視線を受けつつ廊下を堂々と歩く。
「……もう来なければいいのに……」
「何で来たんだよ……」
「死ねばいいのに……」
飄々としながら楽しげに歩いている相川の隣で瑠璃が髪を逆立てんばかりに苛立ちを見せるも相川に止められてギリギリで押し留める。
「さて瑠璃、俺は今から手続しに行って来るが……揉め事は起こすなよ?」
「……わかってるけど……」
「けどじゃない。起こすなよ? 行ってくる。」
不承不承ながら手続きの為に別室に移動する相川の指令に従ってその場に残る瑠璃。そんな彼女の下に彼女の幼馴染と友人が現れた。
「瑠璃、何であんな奴とまだ一緒に行動してるんだ……」
「瑠璃さん、ちょっとは自分のことを心配した方が……」
基本的には穏やかな性格の瑠璃だが相川のことになると性格が急変する。原因は相川が自分のことを大事にしていないので、瑠璃がその分まで気を使っているからだ。しかし、今回は指令もあるのでなんとか耐えることに成功した。
「……二人にあんなやつって言われるような人じゃないんだけど。」
不機嫌さを隠しもせずに答える瑠璃。何らかの原因があるとは分かっている物の、そう言えばそもそもこの人達は相川のことを好意的に見ていなかったということを思い出して更に機嫌が悪くなる。
そんな彼女の様子に気付いてか気付かずか、瑠璃の幼馴染……奏楽と最近地獄のトレーニングを行い始めている翔は嫌悪感たっぷりな視線を職員室内に向けつつ瑠璃に尋ねる。
「どこが……俺も自分のことを聖人君子だとは思ってないがあいつはよっぽどだぞ……? あいつは屑だ。」
「は?」
「ちょっと、人のことをクズだというのは言い過ぎじゃないかな……? そう言われるのも分からなくはないけど……」
「殺すよ?」
目の据わった瑠璃の発言に奏楽と翔が気の毒な人を見る目で瑠璃を見て嘆息する。
「やっぱり毒されてる……あのな、瑠璃は活神拳だろ? そういう志を持って武に励んできたはずなのにあいつのせいで……」
「皆を守るために強くなったんじゃないんですか……?」
「ボクはボクの大切な人を守るために頑張ってるんだよ……今、君たちがやってるようなことから仁を守るのも立派なボクの目標なんだけど?」
「でも、やり方という物があるよね……?」
翔の正論に瑠璃は確かにちょっとだけ行き過ぎていたということを認める。しかし、二人の言説を受け入れるかどうかはまた別の問題だ。
「確かに、殺すとかはダメだったね……うん。ちょっと反省……でも、仁のこと馬鹿にするなら死んだ方がマシっていう状態にする。」
「……はぁ……あの屑の所為でっ!」
瑠璃の問答無用の一撃が繰り出され、奏楽はその場から飛び退いてそれを避ける。その動きを見て瑠璃は少しだけ驚いた。
「……前より凄く強くなってるね……?」
「そりゃあな。多種多様な戦いをやってきたし、遊神さんにもかなり絞られた。翔との組手も新しい日課になって弱くなるわけがない。」
驚いた瑠璃に得意げに返す奏楽。しかし、まだ自分の方が強いと瑠璃は見て取る。問題として相川が騒ぎを起こさないように言ったことと前ほどの差がなくなり多少怪我をする可能性が出てきたのでこの場はそれ以上の武力衝突は控えておくことにした。
それを奏楽は自分の優位と見たようで生来の整った顔立ちに爽やかなイケメンスマイルを乗せて瑠璃に告げた。
「瑠璃、これで分かっただろ? あいつに拘らなくても俺たちが守ってやる「おーそりゃいいな。」」
「……よくない。怒るよ?」
廊下の外、職員室の扉を開けると同時に聞こえてきた呑気な声に瑠璃は憮然とした顔でそう応じた。声の主は先程入室したばかりのはずの相川だ。
「……チッ。お前、瑠璃に何したんだよ。死ねよ屑……」
「瑠璃に何をしたか……いや、よく覚えてないけどまぁ死なん。」
相川の姿を認めるなり舌打ちして睨んでくる奏楽。成り行きを見守っていた翔も苦々しい顔で相川のことを見て視線を逸らして瑠璃を見た。
「行こ仁。ヤな気分になる。」
「そろそろ遊神さんも君の妹探しの旅から帰って来るみたいだし家に戻ったら?」
「ヤダ。行くよ。」
以前であればノックアウトして押し付けていた相川だが、流石に全世界規模で強制魔術に打ち勝った程の友人であれば……とある程度瑠璃の意思を尊重するようになっているので普通に瑠璃について行く。
それを瑠璃の友人と幼馴染は苦々しげに見送るのだった。
「あームカつく! 何で仁も言い返さないの!」
「面倒だから。そして、事実だし。」
「違うし! もう!」
帰途につく二人は相川の元会社の方に呼び出しを受けて寄り道をしていた。そんな中でも瑠璃が先程のやり取りに憤慨しているようで相川におんぶしてもらっている。
「うー! ボクに負けるくせに偉そうに……しかもずっと助けに来てくれたのは仁であってあの人たちじゃないのに何であんなに偉そうなの!」
「まぁ新しく力を手にした人間って得てしてそんなもんだ。」
そんなやり取りをしながらでも二人は会社にすぐに着くことになる。受付から入ると嫌悪感を示されて最悪、入れてもらえない可能性のある相川は待ち人がいる部屋の開いている窓から普通に乗りこんで室内に綺麗に着地した。
「……さて、呼び出した用件を聞こうか。瑠璃、降りろ。」
相川より高い体温の瑠璃が離れ、熱が宙に漂う。そんな一瞬の間に相川を呼び出していた2つの影がこの場に現れて椅子を勧める。相川も特に反発せずに席に着いた。
「では、あまり時間もありませんので始めさせていただきます。そして、単刀直入に伺いますが、あなたを嫌う呪いのようなこの状態を打破する薬、持っているんですよね?」
挨拶もなしに会話を始めたのはこの国最大の資本を持つグループ統帥一族の桐壷真愛だった。彼女は険しい顔をしながら相川へその問いを投げかける。
「持ってるけど?」
「ある分だけ売っていただきたいのですが。1人分で300万円お支払いいたします。」
1人分の薬をこの会社が作るのにかかる費用が100万円。更にそこに付加価値と相川の手間などの金額を考慮してそれだけの金額を付けたらしいが相川は首を傾げた。
(……アレは【憎禍僻嫌】作ってたら適当にやってできる廃棄物みたいなもんなんだが……)
相川的には実質コストは0。別に【憎禍僻嫌】みたいに憎悪の感情を作る訳でもなければその逆にある例えば媚薬たちのように好意を抱かせるわけでもない【反憎禍僻嫌】にそこまでこだわる必要性がよく見えなかった。
(……まぁ嫌われてるのを改善するという辺りには確かに使い道はあるが……)
確かに使い道はある。そして相川にはあまり必要ではない。そんな状態に対して欲しがっている相手がいるのだから売ってもいいのだが、割と存在してはいけない薬なのでそう簡単にホイホイ売るのもためらわれた。
「……10人前かなぁ……売っても。」
「では、一時的にそれで構いません。せめて私の身の周りだけでもあなたの評価を元に戻させていただきます……」
何故か泣きそうになりながら「聞いていられませんので」と付け足して買った分に対する代金を小切手で支払い退出する真愛。相川はこの場にいるもう一人の影に声をかけた。
「で、アヤメは何の用?」
「……会って元気をもらいたかったのです兄さん……」
「あげられないわ。じゃあね。」
「あっ……」
瑠璃を連れて窓から脱出する相川。その場に残されたアヤメは瑠璃のことを睨みながら窓枠を握り潰すのだった。