会合
室内は重苦しい空気に包まれていた。相川の旧宅で開かれることになった会合はアヤメと犬養、そしてクロエに真愛という旧会社側と瑠璃と相川という構図で対峙し、席に着いて間もなく対話を始めようとしていた。
「……それでは話し合いに移らせていただきたいと思います。司会は不肖、犬養が務めさせていただきますがよろしいでしょうか?」
確認の言葉を相川に向けて発す犬養。その目は捨てられた子犬が飼い主を見つけて駆け寄り、見上げた時のような不安が宿っている。
「んー……まぁ、中立と思われない奴が進行権を握るのはよろしくはないが話も進まないしさっさとしてくれ。」
「畏まりました。それでは私たちの全体代表を真愛様に、そしてアヤメさんに私どもの会社についての説明をお願いします。それでは本日の趣旨より。」
相川は時計を見上げながら話を聞く。責任転嫁と謝罪の長話は要するに包囲が敷かれていた時に聞いた仲直りがしたいと言う申し出だ。これからその条件に入るらしいが相川としては割とどうでもいいので趣旨に対する質問の時点で割って入った。
「あー……さっきから言ってるけどどうでもいいから。仲直りとかする以前にまずそんなに仲が良かったわけでもないし……」
「……わかりました。そう仰られても仕方のないことを私どもはしましたものね……」
話が堂々巡りになる前に相川は黙っておく。その隣にいる瑠璃は穴が開きそうな程相川の横顔を見つめていた。
「相川様の沈黙を承諾とみなしこれより損害賠償に入らせていただきます。まず、外部補填から入りますが……申し訳ありません、社外秘となりますのでクロエさんと瑠璃さんは一度ご退出をお願いします。」
犬養の申し出に瑠璃は首を傾げて相川から視線を変え、軽く目を細めて犬養を見て不快感を示した。
「何で? 前はボクだって仁の会社でお仕事してたし、今ボクが会社に行ってないのは仁が行ってないからだよ? 仁に話をして戻って来てもらうならボクだって社内の人間に……」
「申し訳ありませんが、部外秘ということになります。納得していただけるように同じく部外者であるクロエさんにも退出をお願いしているのでそこは意を汲んでいただけると……」
瑠璃は納得いっていないようにこの場にいる全員を見るが相川が顎で示したので渋々出て行く。その際に相川に不意打ちに注意するように告げた。
「……盗聴の恐れもないですね。ではこれより話に入らせていただきます。まずは桐壷グループによる社会的信用に対する補填より「要らん。」……」
「あの、今回の件は本当に私たちの所為で半年以上もあんな小屋に籠ることになって……」
「別に何か問題があった訳じゃないしどうでもいい。定期的に暗殺者を送ってきたことだって俺からすれば実験台を簡単に入手できるってことだしな。」
常識が異なるようで相川の発言には何ら含むものもなさそうだ。それでは真愛たちが困ってしまう。相手が気にしていないと雖も形だけでも謝罪は必要なのだ。
「賠償金としてこの間にあなたが生み出したであろう機会逸失金とこれからあなたが行動するにあたっての支障となりそうな分、そして慰謝料を含めた27億の支払いを私から贈らせていただきます。」
「んー……手続きが面倒だからいい。」
「こちらですべての手続きは行わせていただきます。」
「……俺の口座教えるの嫌だからいい。」
「こちらで口座を新設して引き落としをしてもらうだけでいいです。」
「そう……まぁくれるならもらうけど、見返りとかはないぞ?」
相川がようやく折れたのでこの場に一段落といった空気が流れ、場が弛緩する。そんな隙に相川が真愛に尋ねた。
「で、真愛から贈るってことは会社としての方針は俺を敵視と言うことでいいのかな?」
「っ! …………はい……薬が、足りず……」
気が緩んだところに鋭く切り込まれて真愛は苦しそうにそう告げる。対する相川はそれならいいと何故か笑うが対峙する3人には笑えなかった。
「……申し訳ありません。私どもの技術では10人分作るので精一杯でした……」
「……へぇ、あれ作れたの。凄いね。」
少しだけ目を細くした相川にアヤメが尋ねた。
「あの、兄さんならもっと作れるんじゃ……いえ、もっと言うなら持ってるのでは……?」
「ん? まぁあるけど……割と作るの面倒臭いし別に嫌われることくらい慣れてるからなぁ……」
「っ……兄さんにはかかってないのでわからないでしょうが、これは明らかに異常です。嫌う、なんてレベルの話じゃないんですよ?」
相川の発言に感情を昂らせそうになるアヤメだが、今回の一件は先に非があるのはこちら側なので努めて冷静な口調で話しかける。相川は至極どうでも良さそうだ。
「まぁ殺意を向けられるのが普通だしなぁ……」
「もう少し危機意識を持たれた方がいいかと思います。自殺を拒否しているのにこのままの状態を続けるというのは自殺行為ですよ?」
「別に殺されるのはいいんだよ。ただ自分で全力を尽くす前に死ぬのが嫌なだけで。誰かの努力の末に暗殺されるのであればOK。まぁそいつは呪い殺すが。」
相川の発言に大きく息をついて苛立ちを吐き出し、ここは議論の場ではなく謝罪の場だと自分に言い聞かせるアヤメ。何とか冷静にこの場の進行を頼むという視線で犬養に訴えかけると犬養はそれを了承したようで頷いてみせる。
「では、私どもの会社より補填を行います。」
「そう言えば今更だけど何でアヤメがクロエよりも偉そうなポジションにいるの?」
「……あなたの穴を埋められるレベルの人材がこの世にいないからですよ。アヤメさんでも周囲の手助けを借りてギリギリなんですから……」
逆に言えばこいつが居れば俺は要らないということだなと満足げに頷く相川。それを犬養は自分の価値を再認識してくれたのだと分析したが正しく相川のことを認識したアヤメは釘を刺す。
「だからと言って兄さんがいなくていいというわけではありませんからね。」
「何を言ってるのか。現に俺が居なくても会社は回っている。」
「回っているのではなくて無理矢理回しているんです……今回はそれより謝罪の申し入れですからこの議論は置いておきますがあなたが私たちに必要とされているのは心に留めておいてください。」
「ふっ……」
鼻で笑う相川に不快感を覚えるアヤメだが、全面的にやってしまったのはこちら側なのでそれ以上の追及はせずに目録を読み上げて行く。それを読み終えた後、相川の反応を見て修正するべき点を勝手に述べてアヤメは最後に締める。
「これらを私たちの誠意として贈らせていただきます。よろしいでしょうか?」
「気持ちの押し付けだよねぇ……こっちは別に要らないというのに……」
「ですが、ないよりもあった方がいいですよね?」
「まぁくれるなら貰うけど……」
一応相川が受理し、形だけの講和は成った。相川としては別に気にしていないという今回の一件だが、この時の彼はまだ知らなかった。
【憎禍僻嫌】、そして【反憎禍僻嫌】の素となるある野草がこの世界以外では生息していない上、彼女たちの乱獲によってこの世界でも相川が保有する株以外の野生種は絶滅の危機に瀕していたことを。