そう来る?
「……作戦準備は完了しました。これより実行段階に移ります。相手は相川 仁、万全の状態にしていてもなお旗色はよくないと言えるでしょう。」
厳重に包囲された小屋の前で軍勢と称するに相応しい重装備に身を固めた集団をまとめている少女がそう告げるとその周囲を固めていた金髪の美少女が小屋を睨みながら低めの声でまとめ役をしている少女に声をかける。
「……作戦通りに行くでしょうか?」
彼女の問いかけに答えるのはまた別の少女だ。この中でも一際小柄な彼女は冷たい眼差しで小屋を見据えつつ口を開く。
「あの人は化物です……流石に私も自分のことを凡才とは思いませんが、彼は天才というレベルを超えています。」
「私たちの理解できる範囲では最高の陣ですが中にいるのは常識の埒外ですからね……こちらの思惑などすぐに乗り越えて来る可能性があります。」
しかし、と小さな少女の後に続けたこの中で最年長の美女が苦々しく告げる。
「それでも、私たちはこの作戦をやらなければならないのです……前に進むために。」
「そう、ですね……」
その思いはここにいる指揮官クラスの全員の共通の気持ちだ。小屋の中に潜伏している化物が外に出て来る時、計画ではもう間もなくの時間となるその瞬間をこの場にいる全員が固唾をのんで見つめていた。
「んー参ったなぁ……」
「どうしたの? ボクの検査結果?」
そんな状況に追いやられていた小屋の中の化物、相川は少々困り顔で現在座っているソファの背もたれに体重を預けていた。その隣には今日も元気そうな瑠璃が相川の呟きに首を傾げている。
「いや、確かに瑠璃の魅力が更に上がって【黒魔の卵膜】を新しく強化するのも魔素的に参ったことだがそれよりもねぇ……」
「何?」
別に可愛くなったんだからいいじゃん、リアクションなら言動で表してよと瑠璃は思いもしたが、相川がそれどころではなさそうなので自分にも何かできないだろうかと相川の言葉を引き出す。彼は思ったよりも深刻なことを口にした。
「金がねぇ。」
「……えっ? でも、いっぱいあるよね……?」
「ん? んー……まぁここで日常生活を送る分には問題ないが開発費がねぇ……」
相川の言葉に瑠璃は微妙な心境になる。正直、開発が出来なければ相川がこの世界に残ることが確定するので瑠璃的には望ましいが、相川の目標が外的要因で強制的に終了してしまうのも見ていて嫌なのだ。
「まぁやろうと思えば金なくてもできなくはないんだが……面倒臭いよなぁ……」
ソファから立ち上がって外を見る相川。包囲を敷かれているがそれだけ警戒を受ける必要があるという自覚はあるので気にしない。問題としてはこちらの一挙一動を見逃さないようにして見ていた敵指揮官の目と自分の目が合ったこと。
また、自然に生じてしまったように見える敵陣の隙が相川の勘では巧妙に隠されているようで何となく分かりやすい抜け道のようになっていることだ。
「どーしよっかなぁ~? 瑠璃、戦闘「行く!」おう、じゃあ戦闘準備を整えろ。」
「はーい!」
瑠璃は急いで自分の部屋に飛び込んで準備を始める。その間に相川は敵陣の様子を見て分析を開始し、笑った。
「これはなかなか凄いね。誰が考えたのかねぇ……? 仮にさっき目があった犬養とかなら凄いね、評価を秀才から天才に改めざるを得ん。」
そう言いつつ眼下を見下ろす。敵陣は相川が教えた陣形に見せかけた新しい陣で、相手の出方を予想して作りだした物とは異なり相手がどう出ても対応できる作りになっている。
「準備できたよー!」
「じゃ、一先ずは話し合いに行こうかなぁ~やっぱり平和的に解決するのが一番だよね?」
「う、うん……」
ハトが鳩鉄砲を喰らったみたいな、最早言葉にすら違和感を覚える相川の言行不一致な発言を瑠璃は受け入れて相川に続いて扉を開ける。それとほぼ同時に一斉に銃口がこちらを向いた。
「……ん? ワイヤレススタンガンにゴム弾? それに麻酔銃……」
相川はこの国だからとはいえ相川相手に日和ってんじゃないと不快感を示す。そんな彼の前に指揮官らしき人物が現れてメガホンで声を張り上げた。
「その場から動かないでください! まずは話をさせていただきます!」
「ほう……まさか桐壷がここに来るとは……買収されたのかな? 自殺なら受け付けんぞ!」
指揮官らしき少女、もとい国内最大の資本家、桐壷グループ御令嬢である桐壷 真愛を視認した相川は最後の文面を大声で言い返す。すると彼女は一瞬だが眉を顰め、そして言い返した。
「そのようなことは金輪際言いません! あの時の私は私ではないのです! 信じて頂けるかどうかは分かりませんが、私の身に起こったことをこれから嘘偽りなく述べさせていただきますので聞いていただけますでしょうか!」
「話が長い!」
まさかこの程度で話が長いと言い返されるとは思っていなかった真愛は取り敢えず相川に訊き直す。
「……えぇと、聞いてくださいませんか?」
「ちょっとどいて……兄さん! 聞こえますか!」
これでは埒が明かないと見たこの場での最年少であるアヤメが桐壷からメガホンを奪い取って手近にいた隊員を踏み台に相川に声を張り上げる。その姿を認めた相川は呼びかけに疑問を持ちつつ応じてみる。
「用件は何だ! 自殺は断る!」
「用件は、仲直りさせてくださいお願いします!」
「それは別にいいけど! で!?」
「え!?」
アヤメは嘘を言っている可能性を考慮して相川のことを良く見たが相川は通常運営らしくアヤメから見ても何の違和感も覚えなかった。ノータイムの答えにノータイムで返すがあまりに簡単に行き過ぎてアヤメも思考の渦に呑まれかける。そこで今度はクロエの番だとメガホンを奪い取った。
「あの、いいですか?」
「用件は!」
「あの、もしかしてお急ぎの用件とかがあるのでしょうか……? 少し話が長くなるので「別に急ぎの用件はないけど要約すると何?」えぇと、要約すると私たちは師匠に酷いことをしてしまいました。」
「……?」
「え……?」
まさかここで首を傾げられるとは思っていなかったクロエ。もしかしたら今までやってしまったことは夢だったのではないかと淡い希望を抱くがそんな事はあり得ないと首を振って相川に告げる。
「酷いことを言ったり、陰湿な嫌がらせをしたりしました……弁明のしようがありません。」
「してたっけ?」
「してたよ……だからボク何回かこいつらを八つ裂きにしようとしたでしょ……?」
「別に俺に対しての行動ならあれくらいが普通だし……」
しばらく見ていない間に自分たちよりも明らかに一線を画して親しげに会話する瑠璃に暗い感情を覚えながらクロエは相川に対して声を張る。
「あの時の私たちは正気ではなかったんです。師匠が出て行った後の部屋を片付けていると不意に我に返りました……」
「正確にはある部屋の中にまき散らされていた変な匂いのする薬品を拭いている時でした。」
復活したアヤメがクロエの発言に補足説明を入れる。その時点で相川は納得した。
「あー、【反憎禍僻嫌】を触った訳ね。はいはい。通りで自殺しろとか消え失せろとか言わない訳だよ……じゃなくて、その薬が洗脳薬の可能性があるぞ!」
「え……?」
「い、いえ、あの……それはないです……」
「可能性としては十分ある! なぁ、瑠璃?」
「ぅ、え、あっと、その……」
いきなりの同調圧力に瑠璃は狼狽える。瑠璃は相川を独り占めしたいが嫌って欲しいわけではない。それに今回は自分に何故か効いていないが、次がどうなるかは分からないので保険をかけておきたい。更に言うのなら周囲の視線が痛い。
「……ぼ、ボクには分かんない……でっ、でも! 仁のことを嫌いになるのはやっぱり何か理由があったんじゃないかなぁって思うよ? ボクなら絶対にありえないもん!」
フォローしたようでしてない瑠璃の発言で場が更に冷え込むことになった。