2年生の終わり
「ねぇ……そろそろあのお薬使って皆を元に戻さないの……?」
「何を言う。俺の能力としては敵意、悪意、害意を吸収できるという性質の上、それらが全くない相手に少し能力が下がってしまうからこの状況は自分の能力をフル活用できて最高なんだぞ?」
「でも、見ていてボクが辛いよ……」
相川が世界の敵にされてそれなりの時が過ぎ、既に相川と瑠璃は中学2年生を終えようとしていた。憎悪の対象となった当初は学校に通っていた二人も秋が来てからは周囲の悲鳴にも似た嘆願書の署名とそれに加えて行われた陰湿な虐めにより現在は自宅謹慎となっている。
それでも相川はその能力の高さによって全校生徒及び全教員の嫌悪感を買っているのにもかかわらず自宅謹慎、そしてテストの提出で進級が許されている。因みについでに相川と引き籠っている瑠璃は可愛いので何でも許されているという状態だ。
「つーか見ていて辛いなら見なければいい。別に見てろと言った記憶もないし。」
「……その間に居なくなったりしてたらやだもん。」
「じゃあせめて離れたら? 友達だからって近すぎだよね?」
そんな学校にも通わずに人目を避けて山奥に暮らしている二人は現在、密着していた。相川が実験とその資料を扱っているのに対し、瑠璃は最近得た友達という免罪符を使って抱き着いたりぎゅってしたりしているのだ。
「……これは趣味。」
「何て変な趣味なんだ……他のお友達の所に行ってきなさい。」
「いないし、作る気もないよ。」
「クロエとか……喧嘩するほど仲がいいって巷では言うぞ?」
とにかくどこかに追い払いたい相川。しかし、純粋な好意のみを持っている瑠璃に対してどう出たらよいものか少々困り気味だ。殴る蹴るでは瑠璃は引かないし、流石に四肢を落としたりするのは可哀想だと思うのでそこまでできないのだ。そんな葛藤に悩まされている相川に瑠璃は普通の会話を続ける。
「クロエちゃん……そう言えば、ボクたちが学校に行ってないのと同じ時ぐらいから学校に行ってないらしいね?」
「仕返しが強烈過ぎたかねぇ……? でも他の生徒たちは翌日からちゃんと意識を保ったまま登校できてたのに……ま、どうでもいいか……それはそれとして、瑠璃は様子を見に行った方がいいんじゃないか?」
「イヤ。仁に酷いことしたし……」
言うことを聞かないで締め付けを強くした瑠璃にイラッと来たので相川は白魚のような彼女の美しい指先を逆側に圧し折っておく。普通に手を組み直す際にその指を元の位置に戻してものの2秒で回復する様を横目で見つつ、最近の企業動向を見ていた相川は溜息をついた後、仕方がないので手を止めた。
「! 終わった?」
「……指外した相手に即その対応……お前凄いなぁ……で、終わったかと言われたら微妙だな。ちょいと必要な技術があるんだがそれが出来そうなのはいがみ合ってるが不戦協定みたいなのを結んだグループの子会社と今年売り飛ばしたあの会社くらいしかなくて手が出せない。で、買うにしても一方は暗黙の了解があるし売った会社は一時こそ業績が下がったが今は恐ろしい位伸びてる。何かブラック企業みたいに社員が死に物狂いで働いてるらしいが組合も同意してるらしく、社員の士気も高いみたいで漬け込む隙がない。つまり、現段階では異世界行きが手詰まりなんだよなぁ……」
「何か大変そうだねぇ……? 終わったなら休憩としてボクと一緒にごろごろしよ?」
サイコパスを見る目で相川は瑠璃のことを見るがそんな目をする資格は残念ながら相川にはない。それはそれとして、相川は席を立って後ろに抱き着いたままの瑠璃に告げる。
「買い物に行くぞ。流石に調味料がなくなって来た。」
「お~……久し振りに町に降りるね。洋服のサイズがちょっと合わなくなってきたから新しいのと、仁から買ってもらった服に合う布買わなきゃ。」
「……そう言えば俺が買った服、最早原型ないのに継ぎ足してまだ来てるよな……」
狂気すら感じる瑠璃のセンスに相川は微妙に引きながら瑠璃が準備を整えるのを待つ。そんな様子を尻目に見ながら瑠璃は笑みを零していた。
(ちゃんと待ってくれてる~……一緒に行くって覚えてくれたんだ。)
犬畜生のような扱いをする瑠璃だが、友達宣言以前の相川は瑠璃が行くと明言しない限り、また明言しても遅い場合などは無言で置いて行っていた。それが今はきちんと瑠璃のことを見て待ってくれているのだ。これだけでも進歩を感じられて哀れな瑠璃は喜んでいた。
「さぁて、レーザーを掻い潜って下界に降りようか。瑠璃、俺が何をしても嫌そうな顔を向けられて避けられて絡まれたりするのを見る準備は大丈夫?」
「……うん。半殺しまでで抑える。」
「手出ししない。いい? ムカつくレベルだったら俺が勝手に殺るから。」
「はーい……」
相川が嫌がらせで手を出すのはよっぽどの段階のため、その前に叩き潰したい瑠璃だったが、ここで相川と争っても仕方ないので相川の言葉に従って家から出ることにした。
「……呆気ないくらいに包囲網が解除されてたなぁ……」
「そうだね……でも、皆じろじろ見て来る……」
「それは俺関係ないな……瑠璃が可愛いからだろ……」
下界と言う名の人里に下りてきた二人はそれまでの警戒態勢が拍子抜けするほどにあっさりと解除されているのを訝しみながら進んでいた。
「これまでだったら隙あらば殺そうってしてたのに。まさか俺の脅威を甘く見てるんじゃないだろうな……今から元会社に向かって再教育するべき?」
「危ないことはしない方がいいよ……何か、お父さんが茜音を誘拐されたからって仁の会社と手を組んでるとか言ってたし……全く、何でそう簡単に誘拐されちゃうのか……」
「……お前も俺が居なかったら多分3桁くらい拐取されてると思うが……」
「うん。でも、仁がいるでしょ?」
視線を彷徨わせながら警戒を強めつつ日常会話の様な何かをする二人。既に人里に入ってからどこかに連絡が行ったことには勘付いている。問題は誰が来るかだ。
「……巨大な氣は隠れもしないで普通に動いてる。こっちには来ない。」
「それなりに大きいのが幾つか来るね……クロエちゃんと、犬養さん? それから後、3人くらい……」
「この程度の戦力なら返り討ちに出来るな。瑠璃、逃走準備と戦闘準備だけは……」
「勿論いつでも!」
それならば高速ショッピングを開始しようと動き始める二人。キロ単位で調味料を買い込んだり成長期にある瑠璃の下着を買ったり、必需品等を購入して行く中で時折、瑠璃がデート気分でアクセサリーや服を買ってもらったりするタイムロスをしながら金を多目に払い、有無を言わせずに入手を終える。
「! 来たよ!」
「この段階で来られると戦ってる場合じゃないな……荷物持ってさっさと逃げるぞ。」
「ラジャー!」
「ま、待って……」
息せき切って飛び込んできた犬養を目視したとほぼ同時に二人は反対方向に激走を開始する。
「クロエが囲い込みをかけようとして進路が曲がってる。注意!」
「うん! でも、ボクたちには追いつけないよ!」
「その通りだな! 油断するなよ!」
背後からゴム弾が飛んでくる。人目に付く場所と言うのを気にして実弾は使ってないんだろうが、どちらにせよもう少し配慮したらどうだね? と思いつつ相川は敵のレーザーに囲まれ、更に自分が作った防衛システムが全力で虫一匹通さないように稼働している自宅、要塞へと戻って行く。
捕まえられなかった二人の後姿を為す術もなく見送ることになったこの場に駆け付けた一行は歯噛みしてその場で地面を踏み砕き、帰還した。