勢い余って
「びっくりしたぁ……急にどうしたの?」
「チッ! 大人しく寝ていれば楽な物を……」
家の中に突入した相川だが、攻撃を僅かに逸らされたのか瑠璃がすぐに追いついて来た。荷物を大量にかき集めている相川を見て瑠璃は剣呑な目つきをする。
「……引っ越すつもり?」
「本性現したな? こんなことで殺されるのは気に入らんから出て行くに決まってんだろ。」
「はぁ? 何で殺すとかそういう話になるの? 本性って何さ。」
鋭かった目つきを元に戻して困惑の表情を浮かべる瑠璃。その様子は相川が見ても嘘とは思えず、思わず感心するほどだ。
「演技が上手いな遊神。お前らが俺のことを殺したいほど憎んでるのはもうバレているというのに。」
「は? そんな訳ないじゃん。頭おかしいの? いや、バカでしょ? 何考えてるの?」
「ハッ! 図星突かれて狼狽え過ぎだぞ遊神。さっきまでの演技が台無しだ。」
「図星じゃない! 流石に怒るよ……? 何でそんな酷いこと言えるの? 大体、ボクのことは絶対瑠璃って呼んでって言ってる!」
何だか様子がおかしい。今回は怪我じゃなくて何をしたんだと訝しみながら瑠璃は相川を逃がすまいと構えた。対する相川も荷物のことを少々考えて瑠璃と対峙する。
「……殺気がないぞ遊神。それで俺を止められるとでも?」
「ボクが死んでも仁のことを殺すわけないじゃん。さっきから何なの? 説明くらいしてくれてもいいんじゃないの?」
「説明……まぁ簡単に言ったら俺のことが大っ嫌いになる魔術が降って来て皆で俺を殺そうとしてる。そう言えば造詣には味わいがあったが隠す物としては微妙だったな。あの術式は実利主義としては微妙な……」
「はぁっ!?」
一応言ってみただけなのに普通に教えてくれた相川。しかし内容があまりにも突飛過ぎて瑠璃は相川がどうでもいいことを続けているのを遮って詰め寄ろうとする。無論、相川はその分下がったが。
「ど、どど、どういうことなの? ボクが仁のこと独り占めしたいってお祈りし過ぎたから? ごめん、そんなつもりじゃ……」
「……何か変なお祈りしてたみたいだが、元々俺が世界の敵だったから現状が普通なだけで、今までが上手く行きすぎてただけだ。つーか遊神、お前……」
「瑠璃だけど……そんなことがあったからボクのこと遊神って……いや、それよりボクには効いてないから! 大丈夫! だから一緒に居よう?」
瑠璃の申告に相川は薄々察していたことが的中していたことが判明した。しかし、自己申告を信じるのは危険すぎる。相川は取り敢えずその根拠を探ることにした。
「嫌いじゃない……か。そもそもありえんな。」
「何で? ボク仁のこと好きだよ?」
「……どこが。信じられん。」
「……聞いててくれるの?」
これまで完全スルーされてきた言葉を相川が聞く態勢に入っているので瑠璃の目はキラキラして来た。一先ず相川はその瑠璃の取り繕う言葉でも聞きつつ出方を窺うことにする。
「じゃあ、まず頭の先からね? 仁って頭の上の方の髪の毛がぴょこぴょこしてるよね? それ凄い可愛くて捕まえたらどうなるんだろうって思って毟ってお家で飼いたいくらい好きなんだ。しかもそれがお風呂上りだとしんなりして動けないのとか写真に4枚撮ってあるよ。それでもう少し下がって髪全体の質だと黒くて艶々で触っていて気持ちいい上に匂いもいい。後、セットしても結局時間が経てばいつもの髪型に強制的に戻るっていうのも仁らしくて好き。それであんまり長いとアレだし、頭皮の匂いとかは省略して頭蓋骨の形に入るよ?」
「ごめん、もう無理。」
「え……? まだ20秒も……」
聞くに堪えなかったので強制終了すると瑠璃は何でここで終了? と愕然とした。相川がフルで聴いたらどれくらいになるのかと尋ねると不眠不休でご飯食べずに3日と返されたのでこの話はここまでにしておく。
「せめて頭の中の話だけでも……」
「機会があればな。」
「今なら頑張って1日中には終わらせるから!」
「さて、話を信用できるかどうかに戻そう。」
未練がましい瑠璃に若干引きつつ相川は瑠璃に無茶な要求を開始する。正直な所、拒否されて信用できないとして置いて行きたかったので手加減なしだったのだが、瑠璃は全裸で両手両足を縛り、目隠しして猿轡を噛む要求まで普通に受け入れたので相川は俺は何をやっているのだろうと我に返り諦めることにした。
「……何でここまでするのかなぁ……?」
「だって大チャンスだよ? ボクだけが仁と一緒に居られる!」
「何なのお前。俺のこと好きなの?」
「勿論!」
言ってから沈黙が降りる。瑠璃は相川が自分のことを信じられない物を見る目で凝視しているのを見ていつものように流されるだろうと思っていた言葉が今回ばかりは違うようだと今更察し、急に恥ずかしくなってきた。
「と、友達だから……ね……?」
「ふむ。成程……凄いな。お前の友達感は一体どうなってるのだろうか……それは兎も角として、俺のことを嫌わない奴かぁ……」
意気地なしと自分のことを責める瑠璃は相川から告白してもらうのだから今はこれでいいと何とか自分を納得させようとして相川の視線に気付く。そして顔を真っ赤にした。
「……珍しいなぁ……考えられる要因としては小さい頃から拐取に遭い続けて薬物嗅がされたせいで何らかの耐性が出来ていたか、昔俺が精神にちょいと入って治療した結果か……後は聞いたことがあるレベルだが、愛の奇跡とか……は、言ってて馬鹿らしいか。」
「……愛の奇跡。それいいね……! ロマンチック……」
「まぁここにあるのは友情らしいから違うけどな。いや、友人と思ってるとは信じられん……」
「……何か色々失礼だよね。知ってたけど。」
何かもう少しリアクションがあってもいいのではないかと瑠璃はむくれる。しかし、これまでに比べればかなりの飛躍で、初めて告白が通った事実に瑠璃は感動を禁じ得ない。
「あっ、黒猫君……」
そんな瑠璃に対して相川は廊下を駆ける黒猫君を発見し、その場から一足飛びに捕獲に移る。その手には琥珀色のアンプルが握られている。
「フーッ!」
「逃げんなジャリ! 威嚇したなら掛かって来い!」
威嚇して飛び掛かって来る軌道上にアンプルをぶちまけた相川。黒猫君はそのナニカに怯えて咄嗟に逃走を選択し、別室に逃げ込む。
「ハハハハ! ここが普通の家だったらともかく、俺の家だぞ? 逃げられると思うのか!?」
「ニャァゥゴ!」
「ハァッハァ!」
魔素のある島では大木を薙ぎ倒した猫パンチも相川の家の魔素の少なさと材質には歯が立たない。足音を消すような余裕もなく黒猫君は相川から全力で逃走を続ける。
「……ねぇ、さっきの余韻返して欲しいんだけど……具体的には、その、ボクは好きって言ったんだから仁もその……」
「はいはい友達友達。永遠に友達。これでいい? 今忙しい。」
「すっごい傷付いた。」
急に真顔になって憮然とする瑠璃。それは兎も角、室内は黒猫君を捕捉するためにばら撒かれた【反憎禍僻嫌】薬によって非常に滑りやすい状態になっており、高い場所に逃れた黒猫君は相川の手から逃れるために着地点を探すもいい場所が見当たらない。
「追い詰めたぞ? ほら喰らえ。」
「にぎゃぁっ!」
敢え無く琥珀色の液体をぶっかけられた黒猫君は先程までの敵愾心を全て失い、諦念の籠った目で大人しく相川の前に降りてくる。その様子を見ていた瑠璃が相川に尋ねた。
「それ、何なの?」
「【反憎禍僻嫌】。本来なら【憎禍僻嫌】の特効薬として強制的に作り出された敵意を消す薬だが、今回はちょっと応用して使った。霊氣薬だから飲んでも塗布でも使える優れもの。」
それ使ったらこの大変な状況はすぐに何とかなるのでは……瑠璃はそう考えたが、自分でも考えつくようなことを相川がしないにはそれなりの理由があるのだろうと勝手に判断して何も言わなかった。