これこそが
「あ、あれ……? ノア、何故か縛られてるんですけど……少し興奮するんですけど……」
「よし、こいつはもう駄目だ。全員仕事に戻れ。」
クロエは色々気になったが相川が仕事に戻れと言うのだからと自分のデスクへと移動して行った。瑠璃はノアのことが気になるようで動かない。美幸は気絶したままだ。
「えっと、ノアちゃん。握手してもらっていい?」
「し、縛られてるんですけど……」
「あ、そっか……」
瑠璃は相川に視線を向けるが黙殺された。握手はしたいが相川の意向に逆らってまでやりたいとは思っていないようでノアのことを助ける気はないようだ。
「じゃあ歌ってほしい……」
「お前ここオフィスなの分かって言ってんのか?」
「そうだよね……じゃあお家に帰ってからで。」
瑠璃の言葉にこいつの荷物今、俺の家にあるんだがこいつまさかノアを俺の家に連れて来る気じゃないだろうなと危惧する相川。ノアは相川の特殊訓練によって抜群の方向感覚を持っており、視覚を封じて輸送した程度では場所の特定など容易にやってのける。絶対に相川の家には連れていきたくなかった。
「ところで、何で仁の机の下に入ってたの?」
そんな相川の心に気付かない瑠璃は割と気になっていたことをノアに尋ねた。相川は今の内であればだれも自分の作業を見ていないだろうと修羅の国までの飛行機を素早く取り、緊急の用件を終わらせる。
「仁さんの机の下に居たのは蹴って貰えるからですけど……」
「蹴られたいの? 変わってるね?」
「『仁さんに』蹴られたいというだけのことなので、別におかしくないと思うんですけど……」
「……あ、何か分かる。やっぱりおかしくなかったね!」
「お前ら揃って精神科行くか?」
仁はカウンセリング出来るよね? と瑠璃に返されたのでもう面倒になって放置することにした相川。多分、時が解決してくれるだろうと早速準備が整い始めたらしい飛行場に向かうことにする。
「……あれ? どこ行くの?」
「お出掛けだ。着いて来るなよ?」
「また長いの……?」
警戒するような瑠璃の問いかけ、そして聞き耳を立てるクロエと何故か笑っているノアを見渡して相川は回答することを選ばずにさっさと移動してしまう。クロエは溜息をつきながら見送った。
「はぁ……まぁ無事に帰って来てくれたら言うことは特にないのですが……」
「この前も大怪我したのに……せめて話だけでも聞いて来る!」
「うふふ……仁さんの邪魔をしてはいけませんよ……?」
冷気にも似た殺気を発し始めたノアに瑠璃は剣呑な表情になって彼女を睨む。
「さっきから何なのさ。」
「瑠璃、相手は縛られていて何もできないんですから……」
「わかってるけどさ……」
「それにあなたの好きなすうぃーとでびるなんですよ?」
宥められて何とか落ち着く瑠璃。この期に及んでようやく目を覚ました美幸を連れて一行は相川の家に戻ることになるのだった。
「さて、扉も開いたことだし行こうかね。」
「……私どもは……」
「無理。」
相川の家がノアによって盗聴器を大量に仕掛けられている頃、相川は修羅の国付近の上空にある飛行機に乗って地上を見下ろしていた。既に着陸が近付いていることもあり、相川の視力を以てすれば地上で何があるのかも見える距離だ。
「……あ、もし帰って来なかったら黒猫君の面倒を見るのは頼んだ。まぁ帰って来ると思うけど、時の流れが違う可能性があるからな。」
「お待ちしております。」
地上に何があるのか見れる距離、その中でも不明瞭に何故か意識に入って来ない一点に対してスカイダイビングをかける相川。その姿は瞬く間に消え行き、荒狂う空気の中で犬養は無事を祈って本土に戻って行った。
そんな折、別の世界の上位者は滅びゆく世界に悪の種を発見する。
「……アレは……? 例外者?」
彼が管理する世界に突如現れたイレギュラー。その世界の受け入れ元を辿ると彼は思わず目を開く。
「武術大世から? あのタイプは【運命神】様によって消去されたはずでは……」
通常発生しないはずの個体。創造神たちからではなく自己発生すると言う世界のバグ。そして管理者たちからすれば世界の敵である害悪。
それは早速、地上に舞い降りたかと思うと地上にある魔素を喰らい始めた。その光景を見て彼は確信する。
(武術王の遊神が我らが【芽生えし者】様より呪術を賜ったと聞いておるが、あれはそのようなものではない。間違いない。世界の果てより出化物か……)
世界のエネルギーを守るために侵入者を問答無用で排除しにかかっている機器を破壊し、その力を喰らう化物を見て彼は事態を重く見る。その間に自動機械のみではクラックされて玩具のように破壊されて行くとみた彼の敬虔なる僕たちは自ら出撃し、そして無残にも殺されて行った。
「……今からこの世界に介入しても遅いな。この世界は見捨てることにしよう。【芽生えし者】様よ、不出来な臣をお許しください。」
神力のリソースを吸い上げ、地上から出来る限り力を巻き上げる彼。それによって地上の抵抗はかなり弱々しいものになり、襲来者の完全なるワンサイドゲームに成り下がる。それでも、彼の敬虔なる僕を犠牲にしてでも、彼にはやらなければならないことがあった。
「【運命神】様は取り逃がしてもこれもまた運命で済ませる恐れがある。万物を捉える我が主に例外者などあってはならない。これは神の怒りです……」
【運命神】に対して僅かな下心を抱き、貸しを作るという感情を面には出さないようにしつつ彼は現状で彼の信じる者の為に何が出来るか考える。
今から降臨しても遅い。武術大世は彼よりも上位の、それこそ彼の神たちに並ぶ神々が中立を言い渡している所で彼が侵入することは出来ない。しかし、そんな彼にも介入は出来ないことはなかった。
「……いいことを考えました我が主よ。」
眼下では「黒猫君が待ってるから悪いけど瞬殺ね。」と聞くに堪えない声で臓物を捻り切りたくなるような言葉を連ねる男が暴れまわっている。そんな彼に上位者は微笑みかけた。
「世界の敵よ。武術大世での居心地は悪くはないようですね?」
通常、彼らが発生するような魔素の存在する空間では彼らの纏う空気が全ての物に嫌悪感を抱かせる。しかし、魔素がほとんど存在しないと言っても過言ではない武術大世では例外者たる彼らの嫌悪感のオーラは効力を殆ど発揮しない。
「あなたが元いた世界では何をしても全員が敵だったはず。当然でしょう、創造主様の意向を無視してそこにあるなど、存在するだけで重罪ですから。それなのに! あの世界では……!」
自らが思い描くような世界を想像し、穏やかな表情を憤怒に染め上げ、鬼のような形相を見せる上位者たる彼。しかし、すぐに表情を一転させる。
「創造主様の加護のないあなたは許されざる存在です。憎まれこそすべきで。好意を持つ者などあってはならない。なれば、あの世界に存する全ての者たちに我が神の意向を伝えましょう。」
彼は穏やかな表情で地上を荒らしに荒らした男を見下して術式を発動する。
「悪の芽生えは許しません。我が主の名において……」
彼が眼下から侵略者を見失った時、その術は既に作動しており彼は当然の義務ながら自らの責務を果たしたことに頬を緩め、主の意向がない限りは【運命神】と出会った時にのみ彼女に自らの仕事ぶりを伝えようと決めて他の世界に視線を向けた。