小悪魔
(ふむ、修羅の国の【扉】の前で大量の死霊を生み出したお蔭で別世界への扉が開きそうか……)
美幸のトレーニングも終わりに近づく頃、相川は毒薬を飲み干して現地から届いた報告書を見つつ無言で頷いた。そんな様子を美幸の指導を行いながら見ていたクロエは相川に声をかける。
「どうされましたか? 瑠璃からの連絡が入ったとかですか?」
「ん? まぁ確かにこっちに向かって来てるらしいが……そんな事より会社に行く用事が出来た。」
「そうですか。では瑠璃が来る前に移動しましょう。」
「なんでさ。」
会話をしている内に瑠璃も到着したようだった。こうなれば説得する方が面倒なので移動まで一緒に行い、事務作業については機密事項として追い出してからやることにして一行は自力での移動を開始する。
「……最近は走ったり飛んだりする方が車より速くなってきたからなぁ……色々間違えてるよな……」
「そうですか?」
「普通だよ?」
「……あなた方に普通をかたられると普通の方が可哀想です……」
ついでに同行を願い出た美幸が相川の背中で異論を申し立てる。クロエと瑠璃から羨望の眼差しを受けるが現地ではその二人を止める役をやらされるのでこの程度は役得として甘受させろと無言で見返して一行は建物を飛び交い、会社にまで移動した。
玄関を使うことなく窓から突撃して侵入した4人は特に注目を集めることもなく室内で与えられた場所に移動し、相川も事務所用のデスクに腰かける。そこで足先が奇妙な物にぶつかる感触がした。
「ん?」
「…………ぁ。」
「っ! どうしてここが……!」
靴の先に当たったのは人間。しかもそこらではお目に掛かれないような美少女で、小動物のような愛くるしい顔立ちをしながら体を相川のデスクの下に押し込んで微笑みを浮かべていた。対する相川の反応に周囲がどうしたのだろうと立ち上がって寄ってくる。
相川が下を見るために少し離れた机と椅子の隙間から瑠璃たちが下を覗き込むと中にいた少女は照れ笑いか何かを浮かべながら小さく手を振る。そんな彼女を見て相川は諦観混じりに中にいる子に告げる。
「出て来い……」
「はい……」
中から出てきた少女は机の下に入ることが出来る相応な小さな体つきをしており、背丈もクロエの胸ほどのサイズしかなかった。そんな彼女を見て瑠璃がただでさえ大きな目を真ん丸に見開く。
「うそ、すうぃーとでびるのノアちゃん……?」
「はい、ノアです♡」
瑠璃の方から当てるとノアは決めポーズまで決めて笑顔で名乗りを上げてくれた。その光景を見ていたクロエが絶句、美幸が慌ててサインを書くために書類を裏紙にして持って来た。相川は冷静に美幸の頭を叩いて蹴りを入れて書類を奪い去ると相川が出ろと命じてからその場で待機しているノアに尋ねる。
「……他の連中には黙ってるだろうな? そもそもどうやってここが?」
「……お、美味しいお食事処を開店されたようでしたね……? だから、ノア頑張りましたけど……」
先程の名乗りとは全くの別テンションでおどおどしながら相川に話しかけるノア。しかし、態度はどうであれ体は前のめりで褒められる体勢を万全にしているようにしか見えない。瑠璃とクロエは会って30秒で敵認識した。
「……サイン欲しいです。」
「私も……」
「い、いいですけど……」
敵は敵として一応サインは貰っておくクロエと瑠璃。書類を使うとこの場で倒された美幸と同じような状態になるのできちんと確認して自分の仕事用ノートを差し出す。
「で、他の奴には言ってないんだよな?」
「あ、あれ? おかしいですけど。仁さんはノアが来てるのに何で他の女の子の話題しかしないんですかね? ノアの予定では感動の再会で喜びに満ちた抱擁を交わして抱き締めあう予定だったんですけど。それにここにいる可愛らしい子たちは何なんでしょうか? ノアよりも明らかに可愛らしい子もいますけどノアは捨てられてしまう……訳ないですよね! ごめんなさい仁さん。ノアは二人の愛を疑ってしまいました。まぁ……これも仁さんが悪いんですけど……? 前の会社、めいしゅの時に置き去りにして勝手に辞めてしまうなんてことをしたからですよ? 幸いにして二人の愛の絆はそんな些末なことを乗り越えられるだけの力はあったと言う証明になりましたけど、それでもノアの心は傷ついたのです。愛があっても傷付くものは傷付くのですよ? 乙女心をもう少しわかった方が良いと思いますけど? 黙って俺について来いというのもいいですが、偶には言葉にして言ってくれないと、ノアは心配になります。それで話は何でしたかね? ノアはもうすぐ結婚できる年齢になるから婚約しようと言うことでしたかね? 大丈夫です。仁さんがまだ結婚可能な年齢になっていないことは分かっています。小学校以来の御付き合いなんですから今さら言わなくても分かりますけど、そろそろ待ちきれないですよね? 私もなんですよ。いくら心で繋がり合っているからといってもっ!」
「……まぁ、やっぱり引っ越しておいて正解だったな。悪化してんじゃねぇか。」
(うわぁ……)
長々と喋るノアを殴って気絶させた相川はそのまま床に倒して美幸の隣にノアを並べる。相川的にはよく付き合ってあげた方だが、クロエと瑠璃はちょっと色んなことに引かざるを得なかった。
「え、っと……知り合い、なんだね……?」
「……まぁな。一応言っておくとクロエ、お前の知り合いでもあるぞ。元同級生と言う意味でな。」
やっと絞り出した瑠璃の発言に相川がノアを後ろ手で縛りながら応じるとその内容にクロエが驚いた。彼女の頭の中には基本的に仕事のことか勉強のこと、後は家事と相川のことくらいしか入っていないので思い出すのに難儀し、結局思い出せなかった。
「武術小学校の時の奴だよ。多分、お前虐められてたんだろうけど。俺と会ってからだと初対面は……寮に殴り込みかけた時くらいか?」
「うぅ、無理です……」
何とか彼女を思い出そうとしているクロエ。そんな彼女に代わって瑠璃が小学生の時に同級生だったのは分かったが、どうして小学校の時にもほとんど単特行動を取っていた相川がすうぃーとでびるになった彼女と知り合いになったのか尋ねた。
「……まぁきっかけは地元の祭りの開催をさせられた時に人手が足りなくて同級生に地元の民族舞踊を改造して躍らせたんだが……結果として本人たち的に武術よりも舞踊の方が良いらしくて小学校を抜けさせたんだよ。」
「え!? そんな勝手に……」
「まぁあそこじゃ俺、結構自由にできる程度には色々やっておいたし、こいつらの親は金がなくてあの学校に子どもを入れ、補助金で遊んで暮らしてたような奴らだったから逃がすのは割と簡単だったなぁ……一応、学校の記録上ではこいつらは俺が殺したことになってるけど。」
瑠璃は相川がそんなことをやっていたなど知らなかったので驚き、クロエもそのころを振り返って思い出そうとしたがよく覚えていなかった。
「で、問題はこいつら頭おかしくなっちゃったんだよなぁ……人の話聞かないし、気配を消す術だけ上手くなりやがって面倒だし……盗聴器とお友達になりやがったし……お蔭で引っ越して住所を機密扱いにせざるを得なかったんだよねぇ……殺すにしても社会現象になりやがって……」
溜息をつく相川。その目の前で縛られたノアが目を覚ますのだった。