改善トレーニング
相川の自宅に帰った相川、そしてついて来た瑠璃、居候になったアヤメ、そして正式なお客である美幸の4人だが到着してすぐに美幸の特訓が始まった。
「はい。それじゃまず、猫背の矯正から始めます。」
「はい。」
まずは至って真っ当なことから。読書のし過ぎで首猫背になっている美幸の体を伸ばすためにヨガエクササイズを行うことで姿勢を固める。
「この猫背が矯正されると腰痛が予防できるのは勿論、肩こりも解消でき胸が大きく見えたりするから頑張ろうか。それに、基本姿勢がきちんとできたら代謝も上がり、スタイルも良くなるよ。」
「頑張ります……!」
まだ、真っ当だ。姿勢保持の際に長い前髪を斬撃で斬り飛ばし、帰宅直後にそんな光景を見る羽目になったクロエに止められたりしたが、まだ普通な方であると言えるだろう。因みに、カットはクロエが後を引き継いだ。
「……き、キツいですね……」
「……まだ、全然、始まってもないんですよ……これが……」
過去の弟子であるクロエが姉弟子として相川のトレーニングを受ける美幸のことを眺め、同じようなことを相川が創り出した超重量物質を身につけながら熟していく。家の中では瑠璃とアヤメがどちらが夕飯を作るかで揉めているが、お前ら家に帰れと言う突っ込みはもうしない。
「……あ、向こうから食事についての話が上がったからついでに俺が作った漢方薬出しておくわ。さっき髪の毛を切ったけどもう少し油分を抑えた方が活きの良い髪になるね。ついでにこの時期は肌が荒れやすいから胃腸を整えた方が良いね。取り敢えず桂枝加芍薬湯出しておくわ。後、こっちは特製……」
……まだ、ぎりぎりセーフだろう。入る物についての食事療法やホルモンバランスを整えるための軽いマインドコントロール……まだ、大丈夫なはずだ。
「後、氣の解放しておこうかね。むくみとか色々あるし……」
「あっ。ひゃんっ!」
相川のこんな軽いノリで3分の1くら人間を辞める羽目になった美幸だが、その事実を彼女はまだ知る由もない。氣が漲り、髪を切ったことで顔もよく見えるようになった彼女は姿勢保持のための体幹トレーニングを行いながら相川の視線を浴びることになる。
「……顔、いいね。」
「そうですか……? 身内の欲目で褒められたことはありますが、他の人からは……」
「そりゃ顔見えてないのに何とも言えんだろ。問題点は……小顔だから俯くと二重あごに見えること。視線が下を向いてるから目が小さく見えること、あ、ちょっと鼻折っていい?」
「え、あ、その、痛くなければ……」
様子を見ていたクロエがドン引きする回答を呑気に放つ美幸。簡単に受け入れられた相川はどこから整形なんだろうなぁと思いながら自然な範疇での矯正と回復を行った。
「ちょっと痛かったですね……」
「後は表情筋も鍛えることだなぁ……あ、二重顎については首のトレーニングと顎を出したりするトレーニングになるから。」
メニューを増やして相川は自分の体に無頓着で割と限界を迎えているのに普通にしている美幸を止めて別メニューを開始する。今度はコミュニケーションのトレーニングだ。
「はい、今からコミュニケーション能力についてのとれにーニングを始めます。」
「……よろしくお願いします。」
自らの肉体トレーニングが終わって周囲を見る余裕が出来たところで隣で全身に重りを付けたまま片腕で逆立ちし、腕立てのような何かをしているクロエを見て退きながら相川の方に向き直る美幸。相川は食事作りの争いに敗れたらしい瑠璃が用意したフリップに一瞬で何かを書いて美幸の前で話を始めた。
「では、君のコミュニケーションの問題点から入ります。ズバリ君は言いたいことが多過ぎて結局何も言えないタイプです。」
「その通りです。」
(……でも今、仁と普通に喋ってるよね……)
瑠璃は演技臭いなぁと思いながら美幸のことを見てクロエの方に移動する。そこでクロエに張り合うように自らもトレーニングを始めたのを見て相川は20分以内に喧嘩が起きるなと予測して美幸の帰宅時間を算定した。
「現在は氣の解放を行っているので頭の回転が速い状態です。ただ、こんな生活を続けていればちょっと不味いのでこれからクローズドクエスチョンで会話を進めるやり方の講義から始めたいと思います。」
因みに相川は何もない時は割と常時発勁を行っている。瑠璃やクロエに何度か止められたが完全に無視して行っているこの技は人外でも壊れる可能性が非常に高いトレーニングだが相川は気にしない。
「クローズドクエスチョン……定められた選択肢における会話法ですか。」
「そう。入門編のこれなら予め話す内容が作れるからな。例えば会話の中に選択肢を用意した状態で話をすること。」
「入門編……因みにその次をお聞きしてもいいですか?」
美幸の質問に相川は思いの外瑠璃とクロエの戦闘開始が早くなりそうだと見てとりながら美幸を帰らせることを決めつつ簡単に答えておく。
「次は喋りたいことを一つのパッケージにして喋る方法で、こちらから話した単語レベルの話題について相手の反応を窺いながら会話を進めるやり方。本題から逸れやすいが、日常会話だと使える。……それで悪いが今日はここまで。これから常人が巻き込まれたら死ぬ環境になるからな……」
「え、あ、はい……」
同意を得たところで相川は美幸の氣を強制的に閉じる。すると彼女はこれまでの疲れを一気に浴びてその場に崩れ落ち、相川に抱き留められることになった。
「あの、すみません……私、思っていたより疲れていたみたいで……」
「……喧嘩してる場合じゃないね。ボク、この子をお家に連れて帰るから仁はもうこの子のこと見なくていいよ。」
「瑠璃、そちらは任せました。師匠については私に任せてください。永遠に。」
「やっぱり帰ってきたら喧嘩だね!」
仲いいなぁと思いながら相川は二人を見ていたが瑠璃が美幸を連れて消えて行くのを見て相川は自宅に戻る。当然のようにクロエもついて来て玄関だけではなく二階まで全ての戸締りをしっかり済ませると相川の隣に戻って来てアヤメの作った食事を並べる手伝いを開始した。
「……お、アヤメのデータ解析来たぞ。やっぱりこの世界の住人じゃないわ。」
「では、やはり兄さんの妹なんですね……?」
「いや、違うって言ってるんだけど。」
アヤメの問いかけに相川は短く否定の言葉を吐く。時子に洗脳を受けていたことを自覚し、育ての親を殺した憎い相手という認識から誘拐魔から救ってくれた優しいお兄さんにクラスチェンジさせられた相川は修羅の国の【扉】との兼ね合いでアヤメのことを引き取っているのだが少々懐かれ過ぎているのだ。
「ですが、兄さんも別世界の住人で……」
「確かに別世界から来たけど俺は人間じゃねぇんだっての……」
「14歳ですものね……」
「黙れ9歳。」
互いにこの世界の人間という生命体ではないので年齢など当てにならないがそれがこの世界にいる限りは自らのステータスで、強制力を持つものなのでそれ以上は何とも言えない。
外からどこからか入れるところはないかと戻ってきた瑠璃がうろつきながら全てが閉じられていることを知り、クロエと血戦を望む声が響く中で相川たちは日常を過ごすのだった。