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強者目指して一直線  作者: 枯木人
中学校編
179/254

中学2年生

 先日までの寒さを取り返すように春の風が吹き荒ぶ日。北条美幸は彼女の14年の人生の中でも最大級の勇気を持って行動しようとしていた。

 彼女が目指す先に居るのは御門中学校のトップクラスから同じクラスまで転落してきたある男子生徒の席だ。お世辞にも明るい方とは言えない彼女の性格で知らない人、しかも得体の知れないと形容するのが最も似合うその男子生徒にいきなり声をかけるのは並大抵の勇気では実行できないことだっただろう。


 それでも、彼女は彼に声をかけるのだ。


 美幸は物静かで内向的な性格である。家は個人経営の古書店であり、その影響を受けてか幼い頃から絵本、漫画、文庫本、新書、専門書と読み進めてきた。そのため、知識は多くあり「何か用か?」


「……ふぇ?」

「何か用かと聞いている。」


 そんな彼女のことなどどうでもいいが、授業が終わって人が減っている中で近くに居続けられると要らぬ噂を生むと目的地だった相川は自分からその少女に声をかけていた。










 時子との戦いの傷も完全に癒え、そのリハビリまで済んだ頃。相川たちは春の風が吹く中で2年生に進級していた。


(瑠璃と違うクラスになったから助かるわぁ……)


 クラス替えの結果、トップクラスから一般クラスとの境目付近のクラスまで転落し、桐壷などと離れ離れになった相川は読書をしながら春眠を貪る。クラスの転落によって護衛の権利も剥奪された今、相川は学校において自由の身だ。


(……時子とか言うの殺して戦車隊を壊滅させた結果、修羅の国の【扉】付近までの解放が一気に進んだ。しばらくは休憩していてもいいだろ……)


 今日も学校で授業中は暇潰しを、それ以外の時間は読書をしていた相川はホームルーム終了後になってもキリがいい所までそれを読み進め、着席していた。そんな折にしずしずと近づいて来たのが美幸だ。

 最初は転落して来たことに対する下衆の勘繰りか、どこかで瑠璃と相川に接点があると知ったことで瑠璃の告白への橋渡しでもさせようというのかと思いつつ見ていた相川だが、相手の緊張具合でその考えを破棄し、相手の発言を待っていた。


(……何だこいつ。)


 しかし、相川は生来自分の時間を侵害されるのを好まない。30秒経過時点で自ら声をかけてしまった。そして話は冒頭に戻り、彼女は自ら声をかけようとしたところに被せられて混乱状態に陥ることになったのだ。


「え、あ、私を変えてください!」

「……いきなりそんなこと言ってくる時点で大分変わってると思うんだが……?」


 相川の答えにしばしあたふたして俯く美幸。鬱陶しい前髪が顔に掛かり、その表情を隠しているが、どうやら非常に緊張しているらしい。相川は暇ではないが、家に帰りたいと言う訳でもないのでしばし付き合うことにする。


「あの、奇人という意味ではなく、お話の世界に連れて行ってください……!」

「……いや、別世界にそう簡単にはOK出せないわ。後、やっぱり君は変人だよ?」

「あの、その、すみません、考えて来た台詞を読み上げてもいいですか……?」

「……どうぞ?」


 何だかよく分からないが相川は目の前の彼女がやりたいようにやらせてみる。周囲はあまり関わり合わないようにさっさと出て行ってしまい、教室には二人だけが残されているという状態だ。そんな二人きりの教室で彼女の透き通るような声が響く。


「生来、私は書物に囲まれた生活を送っており、気付けば私は本の虫でした。ご覧の通り、私は会話が上手くありません。本から得た知識を言葉足らずで喋っていた幼少期よりニコイチと呼ばれるような集団に属する女性のコミュニティに所属することも困難でした。何をするでもなく本の世界にのめり込むようになった私はその世界に魅せられつつも現実にもそれを求めるようになってしまいました。親に無理を言って地元の中学校ではなく、この学校に通い始めたのもその一環です。しかしながら……」


 話を全部座って聞いていた相川だが、美幸が気が済んだらしいところでその読み上げた紙を借りて箇条書きにされていた長いメモから要点をまとめる。


(要するに、面白いことを求めていたがこれまで踏ん切りがつかなかったと。一応、環境が変われば自分も変わるかと一定の行動を起こして来ていたが効果はなかった。そんな折に物語の登場人物みたいな生活をしてる俺を見つけたから変わるために行動を起こしたと。)


 三行でまとめると大体こんな感じだった。それでどうですか? と無言で尋ねてくる彼女に相川は尋ねる。


「で、どう変わりたいわけ?」

「……え?」

「だから、知力、武力、魅力、財力、コミュ力何かこう色々思うところはあるでしょ? どうしたいのか訊いてるんだけど。」

「なっ、何でもやります!」


 何でも。この俺相手によう言えたなこいつ。そう思った相川だが口には出さない。相手が面白いことを求めて動くのであればある程度共感できるのだ。ついでに、自宅には面倒臭いのがいるのでそれの相手をせずに済むと言うのもメリットだ。


「じゃあ全部やるか。」

「よっ、よろしくお願いします!」

「うん。何を?」


 突然聞こえてきた甘く脳髄を蕩かすような美声。声が聞こえてきた方向は校舎外の窓だ。そこから乗り込んできた滅世の美少女である彼女は相川と美幸の間に乗り込んで女神の微笑みを見せる。


「ねえ、そろそろ帰ろうよ? あと、この子誰?」

「…………っほっ、ほじょう、北条美幸と申します!」

「初めまして北条さん。ボクは仁の幼馴染の遊神瑠璃だよ。よろしくね?」

「はぃいっ!」


 美幸への挨拶は済ませたと瑠璃は相川の方を見る。相川は二人の邂逅をそっちのけで美幸のトレーニング内容を考えていた。


「えーと、今回は骨格矯正いらないかな? あーでも2,3個外してみた方が良いかもなぁ……あ、訊き忘れてたけど短期と中期、それから長期。どれがいいかな?」

「え、あの……どれが……?」


 ワード的にあまり健全ではない言葉が聞こえたのにもかかわらず特に怯んだ様子を見せない美幸。相川は彼女には素質があると邪悪に笑うがそれを見た瑠璃が彼女を止めておく。


「……あんまり仁と係わって欲しくないけど……でも、一応言っとくね? 短期は止めておいた方が良いよ。と言うより、仁もいい加減ああいうトレーニング止めてよ。怖いから……」

「うるせぇ黙れ。」


 時子との戦闘後、閉じられていた氣門をこじ開け、鈍った体に毒薬をぶち込んで無理に動かしていた相川の姿を思い出して控えめだが強く主張する瑠璃。しかし、相川には一蹴されてしまう。


「……では、中期でお願いします。」


 代わりに瑠璃の用件を聞き入れた形になる美幸。何とも言えない安堵の息を漏らした瑠璃は方針を固めた相川の腕を取って帰宅を促した。


「ほら、アヤメちゃんが家で待ってるよ?」

「……いや、もう待ちきれなかったらしい……」

「ご明察です、兄さん。」


 相川の諦念が籠った呟きとほぼ同時に相川が殺した達人、時子の養子だったアヤメが天井から降りてきた。降りる時に一応元に戻す辺りしっかりしてるなぁという視線を向けながらもう諦める相川。


 そんな一行を見て美幸は声をかけて正解だったと思いながらこれからの未来について思いを馳せ、すぐに地獄紛いの場所に叩きこまれることになる。




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