戦場の華
「母様!」
「下がっておれ!」
「社長!」
「じゃぁかしいっ! すっこんどれ!」
銃弾飛び交う戦場のど真ん中で相川と時子の戦闘は続いていた。周囲では二人の戦いに巻き込まれた戦車が横転していたり地面が抉れたりしており、この戦場で最も激しい戦闘が起きていると考えるに容易な状態だった。
(……いや、冷静に考えて個人戦で何が起きてるんだと言う話でもあるんですが……)
邪魔者扱いされて二人の戦闘を邪魔させないように周囲の露払いをしている犬養は巻き込まれないように気を配りながらなるべく全体を見るように心がけていた。
「母様! ミサイルが!」
「【円転流禍】!」
飛んできた対戦車用ミサイルを受け流して横転している自軍の戦車にぶつける時子。相川の方は着弾してもあまり気にせずに時子を殺すことだけ考えている。
「主……! 相応の実力を持ちながら化学に頼るとはなんと浅ましいことか……!」
「阿呆が! 脳味噌まで筋肉か!? それとも婆特有のお説教ですかねぇ!? 使えるものを使って何が悪いか!」
スーツを着ていない箇所に走った亀裂を睨みつけながら叫ぶ時子。相川は少し前に瑠璃と真愛と一緒に飛んだ世界にあった技術の復元を行いナノテクで作り出した極薄の防御膜を独自に改良し、皮膚に張り付けており、それが銃弾などを通さないのだ。
それが時子には気に入らないようで先程から激昂している。
「己が拳に思いも乗せずに何が武人か!」
「誰が武人だ! 俺は戦争屋をやってるだけだよ!」
「おのれぇっ!」
時子は相川の動きに合わせて踏み込み、腕を出すだけで相川の攻撃の威力に自らの技の力を加えて迎撃する。それに対し相川はダメージを全く意に介さずに時子に斬りかかって服を裂く。
「相性最悪なんだから逃げるか死ぬかしろよ。」
「武の理から逃れた小童が何を言うか!」
相川の勧告に怒りを募らせて時子は更に攻撃を開始する。そのやり取りを見ただけで彼我の差は歴然であり、まともにやり合えば相川が瞬殺されていたことは簡単に予測できる。
しかし、相川はまともではない。渡界用の完全防備スーツに加えて露出している皮膚にも至近距離で放たれたライフル弾すら通さない防御膜を張りつけ、ダイアモンドすらをもバターのように斬り裂くオロスアスマンダイドの刀を装備している状態だ。
それでもこの世界の達人たち、特に時子クラスの武術家であれば防御膜は貫通できただろう。それなのに何故亀裂が入るだけで攻撃が通らないのかというと、時子が使用している特殊な古武術が原因だ。
「おっと、やっとまともに斬れたわ。」
「おのれ……おのれぇっ!」
時子が使用している古武術は投げるのが専門でしかも己の力を用いず自然に働く力と相手の力を利用して奇術と見紛う技を繰り出す武術なのだ。当然、当身などの打撃技もあるが専門外で相川の防御膜を貫くには至っていない。
―――これまでは。
「……主、吾を怒らせたな……?」
「更年期でいっつも怒ってんじゃん。」
「【闘神発勁】……!」
相川の戯言には付き合わないと時子は自らの氣を解放するワードを告げる。次の瞬間、時子の目が血走り、先程までとは比べ物にならない程の氣が周囲にばら撒かれた。
「謝っても遅……どこへ行く!」
その解放の最中に相川はさっさと敵陣の方へと逃げ込んでいた。怒気に美麗だった顔を染め上げた時子は地面が凹むほどの踏込と同時に相川に肉薄する。
「死ねぇっ!」
「敵兵バリアー」
時子の所為で反乱軍の誰かが死んだ。相川はその隙に更に逃げて行く。当然、それを黙って見送る時子ではない。
「ちょこまかと!」
「逝け! 肉壁ども!」
『何だこいつらぁっ!』
激怒して発勁し、相川を殺すこと以外の思考を排除している時子によって反乱軍が被害を受け始めたのを見て時子の雇い主が出てくる。しかし、時子はそれをも殺した。相川はそれを尻目に逃げながら煽る。
「ひゅー♪ ロックだねぇ……」
「待て小童!」
上官を殺したことで時子も敵軍にとっての敵になった。これによって相川を追いながら時子はこの場にいる全員を相手にすることになる。それでも時子は無傷で相川を追い続けた。仲間割れでもして油断したところを殺したかった相川は舌打ちしながら逃げるペースを上げつつ敵兵を捕まえる。
「チッ……」
『何をする! やっ、止めろぉっ!』
「【雷前一突】!」
敵兵ミサイルも指先一つで刺殺される有様だ。おそらくフル発勁なのでいずれ時間切れになるだろうがこのままでは直に捕まる。戦車を投げ飛ばすという人外にしか為せない偉業を後方でやってのけている時子を尻目に相川は使える物を探した。この場にある最大の戦力は時子を除いては戦車だろう。
「……取り敢えず、時子さまに敵戦車を壊滅させてもらうか……」
「【死貫】! ククッ! これであれば主のそれも貫けるようじゃのっ!」
相川の左腕に深い傷が入る。それを見ながら相川はまだスーツの発展が足りていないなと思いながら時子を散り散りになっている敵兵の戦車の下へ誘導し、尽く破壊させていく。
「きっ、さまぁっ……!」
『貴様らぁっ……!』
「君ら今同じこと言ってるよ。」
近場にあった戦車を戦闘不能状態に導いた後、相川はこれ以上逃げると捕まった際に抵抗が出来なくなりそうだと判断されるレベルの疲労感を味わい、時子と対峙することになった。
「ふっ……ようやく腹を括ったかの……」
追う姿勢を止めて相川に笑いかけながら近場に居た邪魔者、時子の雇い主だった軍の誰かを殺して構える時子。相川は時子の恐ろしい程の氣が底が見え始めたことを確認し、最悪の場合を想定しながら覚悟を決める。
「いざ尋常に……」
口上は聞かない。相川は時子に斬りかかり、再び憤怒の表情になる時子の左肩を斬りつけて上半身を吐出させることに成功する。全く以て嬉しくないが、その豊満な胸部が現れたことで遠巻きに逃げようとしていた兵が立ち止り、殺された。
「……【雷前一突】!」
止める物がなくなり少々動き辛くなったが、時子はそんなものおかまいなしに相川を殺しにかかる。しかし、相川が防御も気にするようになるだろうという予測の下に先程とは少々異なる戦法を取った。
「なっ!?」
「【雷神舞】」
それを相川は真正面から受け、左手に風穴を開ける。その代わりとばかりに今度こそ時子の脚に裂傷を与えることに成功した。
「これほどまでの覚悟を持ちつつ……何故武の道を歩まん!」
「武術家だけが覚悟持ってると思ってんじゃねーよっ!」
鼓膜が破れんばかりの大音量、しかも超音波気味のボイスで返答する相川。発勁状態で鋭敏な感覚のままだった時子はそれによって隙を生じさせ、相川の脚部から切り上げた刃の斬り返し追撃を許す。
「甘いわ!」
「ごふっ……!」
だが、その隙もわずかな時間のことで刀は時子の肩を掠めただけで反撃に時子が入れた膝蹴りの方がダメージを生み出した。内臓が破裂し、血反吐を履く羽目になる相川だがそれを吹きつけて更に猛追する。 単なる目隠しと判断して避けずに目を閉じるだけだった時子だが、相川の体液は普通ではなく毒で、瞼にダメージを負って怯む。その間に相川は胴を薙いだ。
「くっ……!」
「でけぇ胸しやがって……」
胸部を斬り裂いた相川は今の大チャンスで仕留めきれなかったことを誤魔化すように悪態をつき、既に相川の毒から立ち直り始めている時子から距離を取った。
勝負はここにきて仕切り直しとなる。