激化する戦場
「おーおー……こりゃ凄い。」
そろそろ本国では雪がちらつき始めていた季節。修羅の国では相川がいない内に攻勢に出ると反政府軍が動き、とうとう戦車まで持ち出して相川が政府側に解放した土地まで攻め込んで来ていた。
「……計画通りですね。これで修羅の国の国民たちに我々がいないとどう転んでもおかしくないという印象を与えることは出来ました。」
「まぁそんなことやってここで負けたら爆笑だけどな。」
「笑えません。」
相川たちがこの国に戻って来たのはこの日の未明。流石に着いてすぐ突撃するわけにもいかないので相川の会社で打ち上げた衛星を用いて敵陣の把握を行った後、現在は実地で相手の確認を行っている所だ。
「にしても……今回はちょいと相手が悪いな……」
「そうですね……偵察用ドローンが落とされた時に敵陣に殺神拳の手の者がいることを確認しましたから……それも、以前私たちの軍にいたあの……」
「あー龍宮寺 時子ね……」
資料を思い返し、そして過去の戦闘も思い出す相川。龍宮寺と言う女性は過去、相川が殺神拳と戦う時に雇ったことがある女性だ。年齢不詳の謎の喋り方をし、その口調に似合う不思議な体術で同じく達人の男を瞬殺していた。
「あれとやり合うのかぁ……キッツ……戦車とか目じゃないからなアレ。だが普通に考えたら普通の人間で戦車とやり合うのも無理なんだよねぇ……」
「私が龍宮寺を抑えます。その間に社長が戦車を破壊して……」
時間稼ぎに徹して二人掛かりで達人を殺ろうと提案する犬養。しかし、相川は難色を示した。
「厳しいな。龍宮寺には秘蔵っ子がいる。アヤメって言うんだが……御門中学校で観察しておいたがかなりやるぞ。クロエと同じ程度には戦闘力がありそうだ。」
「……ですが、私が戦車を倒すには少々……力不足でして……」
言葉を濁す犬養。相川はもう一度戦力差を確認してどう出るか考えた。
「動員数は互角。兵器は白兵戦ならこっちが上だが制圧力なら向こうか? 問題が殺神拳の敵だな……まぁ兵の数が互角なら質で見てある程度時間稼ぎに生贄にするか……」
「なるべく弱らせることが出来るように努力させていただきます。」
「じゃあ一応俺は暗躍してくる。その間の指揮は任せた。」
そう言い捨てた相川は犬養が何か反応するより早くその場から立ち去り敵陣に入り込む。そこで戦車に対して細工をしたところで隠された気配を検知しその場から飛び退いた。
「……あなたは……どうしてここに……?」
飛び退いた相川が先程までいた場所を見るとそこには御門中学校に留学してきた甘い物を好む天才少女が相川の方を何とも言えない表情で見て立っていた。
「前に会ったことあるだろうに……因みに前回同様俺は迷い込んだのだよ。では去らば。」
「そうはいきませんよ!?」
正面を切って陣を突破し、退却しようとする相川をアヤメは急いで追いかけた。スピードでは完全に相川が勝っているのに振り切ることが出来ないまま騒ぎが拡大していく。
「~っ! 待てぇっ!」
「【螺刃貫手】!」
通り過ぎる間にも相川は幾人も屠って行く。そうして移動している間にも相川はアヤメの動きからその育ての母である龍宮寺の動きを解析できないか少しだけ見つつ陣を仕切る柵にまで到達し、笑った。
「鬼ごっこは終わりかえ?」
「かあさま!」
龍宮寺親子の挟み撃ちに遭う相川。しかし、彼はスピードを緩めることなくその脇をすり抜けようとした。
「くふ……まだ青いのぉ……っ!?」
勝利を確信し、相川を捕まえるモーションに入った龍宮寺時子だが、遥か彼方より飛来して来たナニカの気配を察知し、その場から飛び退いた。それにより、相川は捕縛されることはなかったが盛大に舌打ちする羽目になる。
「惜しかったの。久々に当たると怪我をしそうな物にあったわぃ……逃がさんぞ。」
通り抜けた相川の背後から猛スピードで時子が迫る。陣を飛び出した相川は先程まであった前方の障害物がないことでスピードを上げるが振り切れない。しかし、相川を援護する射撃が時子の追撃を緩めており何とか捕まることはなかった。
『トキコ様に続け! 国賊を滅すときは今だ!』
何とか捕まらずに逃走を続けていた相川だが騒ぎに気付いた反乱軍の上官たちが現状を把握して行軍を始め、窮地に追いやられる。
(もっと全員で襲って来れば混乱に乗じて逃げられる物を……!)
相手は相川と時子に対して一定距離を保ちながら射撃してくるだけだ。時子もろとも相川を殺そうとしている意図が透けて見えるが時子は気にした素振りもなく相川のことを追い詰めに掛かる。
(マズイな……ここで魔力を使うと近くにある扉に引っ張られそうだ。そうなると余裕持って進めてきた計画に支障が出る。)
後ろを振り返るまでもなく強大な気配が相川の後ろを駆けている。そんな時だった。相川の前方からまた違う種類の気配が大量に迫り来ていたのが分かった。
『マズイ! 伏兵だ! 相川のことは諦めろ!』
相川の軍を見るなり敵兵たちが反転し始める。散々野釣り伏せなどを行ってきた成果か、相川たちの軍の状態を碌に把握しないままに逃げ始めた敵兵は逃げるための特訓を受けていたのかと聞きたいくらいに理路整然と引いて行く。
ただ1組の母娘を残して。
「虚兵じゃろうに……アヤメ! 戦車を持ってこさせよ。この陣は予定されていた物ではないと吾が言っていたと伝えるのじゃ。」
「はい!」
そして残ったのは逃げるのを止めた相川ともう逃がさない状態を固めた時子だけとなった。
「……ふぅ。もうすぐウチの兵たちが来るけど逃げなくていいのかな? なんなら高値で雇うけど。」
「吾は一度受けた依頼は破棄されぬ限り必ず遂行する。青いの、諦めて死せ。今であれば苦しまぬように屠ってやろう。」
殺気が周囲を包み、迫り来ていたはずの相川の軍勢たちの内、修羅の国から派遣された一般兵の殆どが使い物にならなくなってしまう。その状況を見て相川は逆に存在レベルまで希薄になって笑った。
「あらら。ウチの社員たちもちょいと尻込みしてやがるな……後で鍛え直しだ。」
「主にその後は訪れんがな!」
両者、飛び出したのは同時だった。ただ、実動が同時だったのに対し虚動は全て時子が先手を握り相川は飛び出して攻撃をする前に切り返して何かを避ける。
「ぬ? 中々やりおるの……」
「まぁ別に死んでもいいんだが……出来ればまだ死なない方向で居たいんでね!」
オロスアスマンダイドの刀を抜いた相川。それを時子は目を細めてみる。
「ほー……何と禍々しい刀よのぉ……」
「生憎俺自体が禍々しさの塊でね……『浮世崩し』!」
「流石にこれを食ろうたら痛いわの……」
脚を薙ぎ切る相川の一撃に時子は全く前後の動きを感じさせない動作でそれを避け、代わりに袴に隠れた脚からの蹴りを見舞った。
「ん?」
妙な感触がし、時子は背骨を砕いて動きを止めるつもりで出した脚からダメージが伝わっていないことを感じ取ってなればマズイとすぐにそれを引っ込める。その一瞬後を相川の刀が追った。
「……面妖な。」
袴が裂け、太腿が露わになった時子は相川のことを睨みながら殺気を高める。対する相川は最新型のスーツの出来に少々笑みを零しながらも攻勢に出た。
時子の命によって再出陣した兵が迫り来て相川の軍がそちらに対して呼応する準備を固める中、相川と時子は虚実織り交ぜた勝負を激化させるのだった。