視野の違い
「あら、御機嫌よう。珍しいですわねクロエさんではなく瑠璃さんを連れての移動は……」
「よう。色々あって今日一日は瑠璃のことを酷使して欲しいそうだ。」
瑠璃が一日当たりの拐取回数最高値突破を果たし、相川に自らのことを認めさせようと世話焼きを申し出た翌日の学校で相川は国内最大規模のグループである桐壷グループのトップの娘、桐壷 真愛と会って会話をしていた。
「……そう言えば、仁さんの作ったあの傘、crazy Japanとかいう海外のサイトで昨日取り上げられていましたね。」
「へぇ。通りで無駄に忙しくなってクロエを本社に刈り出す羽目になったわけだ。」
「……ショットガンを防げる超軽量の傘ですもの……本当にあなたは何を考えて……」
「まぁ俺とかここにいる瑠璃が走ったら普通の傘だと一瞬で壊れるから中骨に気を付けるだろ? となれば張ってる奴も気を付けないとアレだし……」
相川が異世界に行くためのスーツ開発の際に作った素材を用いて作った傘の話から入る二人。因みにこの素材に関してはもう5年前くらいには完成しており、現在はもっと良い物が作られている。
「……お早うございます。朝から天下の往来で立ち話ですか? 邪魔ですよ?」
「お、ようチビッ子。アンパンやるから教室行ってろ。」
「バカにしないでください。……くれるものは貰いますけど。」
「あらあやめさん、御機嫌よう。4288×324は?」
「「138万9312」です……え?」
毎朝何がしたいんですか? と返すはずのやり取り。その途中に聞き慣れない美声が割り込んで来たので殺神拳である天才少女のあやめが声の方を見ると瑠璃がきょとんとした顔で相川を見ていた。
「……どうしたの?」
「お前こそどうした。」
「何か見られてるから……」
「お前が人目を惹くなんざいつものことだろ。菓子パンも与えられたことだし教室行くか。」
その場を立ち去る相川と少々驚きながら瑠璃の方を見る真愛。一人別クラスのあやめはこんな問題くだらないと思いつつも私はもっとできると内心で瑠璃のことを敵視するのだった。
「さっきのは何だったの?」
「分かりやすく頭いいですよって周知させてやることで自尊心を満たしてあげてたの。なーんか変にひねくれて育ってるからねぇ……自己肯定感が崩れてるとその分を埋めるために他者への攻撃に移るから。」
「ふーん……別に何か急に計算して欲しいとかいう訳じゃなかったんだ。」
「……私は仁さんがいったことのつもりはなかったのですが……」
質問してその答えを相川に答えてもらうことで間接的に相川のことを褒めていたつもりだった真愛は相川の意図を知って首を傾げ、授業を受けた。
経営学、数的処理、会社法、民事訴訟法という午前の授業を終えて相川たちは昼休みに入った。瑠璃と居ると目立つので相川が教室から離れそれについていくように真愛も護衛を伴い、本来解放厳禁であるはずの屋上に向かって移動する。その途中で一行はクロエと出会った。
「あ、お弁当を……」
「オフの日までランチミーティングに参加しなくていいよ。休んどけ休んどけ。」
「嫌です。」
仕事熱心なことだと適当なことを思いつつもそれ以上相川はクロエのことを止めることなく、屋上に向かって階段を上り始めた。
「おい! 桐壷!」
「……あら、この状況で来るとは珍しい……」
屋上への階段に続く一般クラスとの共通廊下を横切っている所で不意に見知らぬ青年に呼び止められ、一行は帆を止める事になってしまい、面倒臭そうに真愛が振り返ると相川が生き生きして笑っていた。
「何々? 修羅場?」
「……一般クラスの意味の分からない生徒です。私が護衛を連れていることが気に入らないそうで。」
「護衛を連れてることが気に入らないんじゃねぇ! 何でも人任せにしてることが問題なんだよ!」
自分で出来ることは自分でやれと憤慨しているその生徒とうんざりしている真愛の方を交互に見た相川は先程の楽しげな表情から嗜虐的な表情へ変わり、その生徒に聞こえるように真愛に告げた。
「じゃあ自分で出来ることは自分でやろうか。」
「……何ですの?」
突然の相川の宣言に訝しげな表情をする真愛。しかし、相川が何かする気らしいと言うことは察し、この年齢にしては割と長めの付き合いなので今回の何かにも付き合うことにした。
「じゃ、真愛は割と強いから真愛より弱い護衛はリストラな。そこの男の所為で。」
「「「「!?」」」」
「次にうちの会社も畳むか。正直、やろうと思えば俺だけでもやれるし。あーまた自治体に大量の赤字財政を残して去ることになるのか……今あの町から俺が撤退したら企業誘致のために整えたインフラとかの費用だけが丸々残るんだろうなぁ……しかも見込んでた税収はなくなり、雇用も壊れる。」
「止めてください。」
状況に追いついていない男子生徒は相川の台詞の途中でリストラ候補になっている護衛と隠密活動をしていた相川の会社の従業員によって捕えられている。それに対して大体察した真愛は相変わらず相川の会社の従業員は過激だなと諦念めいた感情を抱きつつも相川を嗜めるように口を開いた。
「ことを大きくし過ぎですよ……まぁ、それが出来るからと言ってすべてやるのは間違いであるということを示すのにはいい例かもしれませんが……そこの方、過ぎたるは尚及ばざるが如しの語源を調べて自分の頭で発言してください。あまり丁寧に説明していると昼食の時間が無くなりますので御機嫌よう。」
「ふむ。まぁさっきのは冗談だから隠密に戻ってくれ。後、桐壷さんとこの人達は俺に何の権限もないからそんなに気にしなくても……」
相川が言い終わる前に相川の会社の従業員は闇に消え、言い終わったところで桐壷の護衛たちもその男子生徒を解放する。しかし、相川の桐壷の護衛に対する権限云々の言葉はあまり真面目に受け取られずに流された。
そして一行はようやく屋上に辿り着くことになった。
「おっと良い腕だ。」
「やっつけたよ!」
軽く狙撃を受けて殺気に反応した相川がそれを避けたと同時に瑠璃が秘書代わりとして今日一日のことをメモしていたペンを投げて狙撃主を倒したと報告を入れる。その後、従業員による正式な報告を得て相川たちは護衛に囲まれてランチミーティングを開始した。
「さて、始めるけど何かある?」
「……ここで狙撃されるのも4回目なのでそろそろ場所を変えませんか? それか部屋を作るか……」
「教室に戻す? あの小っちゃい子に絡まれるけど……」
「じゃあ今度からは壁の裏の部屋にしよう。で、話に入ろうか。国内における市場の成熟化と高齢化、所得格差に伴う消費意欲減退の話から行きたいんだが……」
「私の把握している範囲のグループに入る時点で高所得が約束されているので……マーケティングよりも世の中をどう変えるかについての議論がいいですわ。」
「何か難しそう。」
瑠璃の感想にクロエは勝ったと少し笑みを浮かべて相川と真愛の話し合いの間に瑠璃に説明をしてあげる。当然、好意によるものだけではなく相川に見られることを考えての打算的な行動だったが瑠璃の吸収率と理解能力に少々危機感を覚えてからはその辺でもう大丈夫と言って離れた。
「じゃあこんなところか。」
「そうですね……ではまた明日のミーティングで。」
「あ、今日の午後から俺ちょっとこの国にいないから明日は俺欠席で。代理はいつものように。」
そんな会話をして相川は昼食後、瑠璃を伴って学校を後にするのだった。