再開
「ん……? アレ? ボクが1位……?」
2学期が始まってすぐあったテストの結果が帰って来て瑠璃は首を傾げる。11教科で1087点を取った瑠璃だが、これ位はいつも取れている。しかし、そのいつもであれば相川が全教科ほぼ満点、もしくは満点を叩き出しており、瑠璃が1位になることはあり得なかった。
「……ん~?」
しかし、誤植ではないらしい。点数のグラフを見ても瑠璃が1位であることに疑いようはなく、瑠璃はそういうこともあるのかな? と後ろで桐壷と喋っている相川を見て会話を聞き取る。
「そろそろクルー用のスーツは完成する。後は外枠だなぁ……ある程度素材は決まって来たが……」
「もの凄い数と勢いで特許申請とその塗り替えをするのはやめてほしいのですが……折角前の素材を作る技術が出来てもすぐに次となると困るので……」
「出来たモノは仕方ない。それに作り方は桐壷グループの方にも流してるんだからさ……」
テストの話はしていなかった。それならそれでいいのだが、最近相川に構ってもらえていなかった瑠璃はちょっと近付いてみる。一瞬だけ瑠璃がすぐ感知できるほどの警戒を受けて少しだけ傷付きながら瑠璃は相川の近くに行った。一定距離まで近づいたところで相川と真愛は顔を上げる。
「何か用ですか?」
「テストが、その……」
「あぁ、1位おめでとうございます。」
「おめでと。」
二人から話は終わりという雰囲気を発されて瑠璃は席に戻るかどうか考えた。普通ならココは空気を読んで戻るべきかもしれないが、相川が心配でもあるので戻るのを躊躇い、代わりに尋ねた。
「仁、大丈夫だった……?」
「まぁ赤点ではないな……学年12位だ。一応張り出されてたぞ。」
「1位になると他の成績も見れなくなるんですね?」
「そ、そういうんじゃなくて、珍しく1桁台じゃなかったから……」
「忙しかったしな。それに他の奴らも頑張ってたんだろ。」
相川は適当な返事をしつつ教室前の時計を見る。そして少々首を傾げてから小さく「まだ早いかな」と呟きながら席を立った。
「あ、どこ行くの?」
「仕事。」
「護衛とか「要らん。」……行ってらっしゃい……き、気を付けてね!」
瑠璃と真愛に見送られながら相川は校舎外に出て相川のことを待っていた犬養の車に乗り込む。そして短い会話をした後に獰猛に笑った。
「さて、派手に解放戦といこうかね。」
夏休み終了に伴い再開したのは学校だけではなく、修羅の国における特殊なお仕事も始まりを告げていたのだった。今度はそこまで社内の人間を連れて行くことはなく、現地に残してきたスタッフたち30人と合流する予定だった。
相川が乗り込んだことでさっそく出発した車。途中でコンビニを見ておにぎりのセールののぼりが立っていたので相川は何となく気になって犬養に尋ねる。
「犬養さん、米とかはちゃんと買ってある?」
「はい。ジャポニカ米を1.8t、それと各地の醤油と味噌、それから味醂の準備も終わっています。それとお分かりだと思いますが、私は部下ですので……」
「あぁ分かった分かった……それにしても……正直、免税されてるこいつらを現地で売りさばくだけでかなり儲けられるんだよなぁ……」
単なる国内企業として金儲けやビジネスだけを考えるならこれ以上戦争を行う必要はない。しかしながら、相川たちはビジネスのみを主体として行動している団体ではない。その他複数の目的を達成するには戦争が必要なのだ。
「……ま、ただ儲けられても意味ないんだが……」
「どうかされましたか?」
「……スーツの開発が順調すぎて資金繰りがねぇ……まぁ問題ないと言えば問題ないんだが……やっぱりゆとりは欲しいじゃん?」
予定よりも速いペースでの開発は申請やあまりの技術レベルの高さに特に必要とされる売り場などがなく、それも次から次に技術を生み出していくことで開拓する暇もないままに不良在庫を抱える羽目になってしまい、相川たちの潤沢だった資金を少々圧迫し始めて来たのだった。
「……桐壷様に頼まれては?」
「んなこと言ったらいくらでも出してくるだろうけどさぁ……面倒臭いんだよねぇ。真愛がどんな気かは知らんがあそこのおっさん真愛の政略結婚相手に俺を使おうとしてるからよぉ……」
犬養は真愛も相川のことを狙っているとは知っていたがこの場では別に伝えなくてもいい話なので黙っておくことにした。相川は続ける。
「別にこの世界のことに未練はないからどうでもいいけど、なるべく出発時に邪魔になりかねない存在は切っておきたいんだよねぇ……流石に10年周期で1回逃してまた次ってなると怠いし。」
「そうですね。社長、お電話です。」
気付いていたがこの段階でだれからかかってこようが面倒なので後で出ることに決めていた相川だったが、指摘されると何となくディスプレイを見なければならない気分になる。画面にはアイドル少女と表示されており、相川は何となく察した。
「あー、撮影が始まる時間か。」
「デビュー用の写真と、さっそく雑誌に掲載される分の写真でしたね……」
「にしても切らないな。まぁちょっと再度念を押しておきたいこともあったし出てもいいか……」
本来は出る気はなかったが、犬養の言葉により意識が向けられ、相川の気が向いたので少女からの電話に出てみる。すると、一気に現状について捲くし立てられた。
「……憧れの舞台ですよ! 凄いんですよ!? 他のモデルさんたち見てるとやっぱりオーラがあって……」
「おーそりゃおめでとう。自分もオーラを出して新人たちを圧倒できるようにならないとな?」
「! そうですよね! いやー……」
尚も言い募ろうとする彼女へ相川は制するように鋭く切り込んだ。
「それより、俺についての情報は一切その業界内で触れないようにってのは覚えてるか?」
「……覚えてますけど。」
「じゃあ何で電話して来てるんだろうね?」
相川の一言に電話先の相手が黙った。それに追い打ちをかけるように相川は告げる。
「俺の仕事はかなーり特殊だから絶対に機密漏洩できないって言ってたが?」
「すみませんでしたぁっ!」
電話先から土下座せんばかりの勢いが伝わって来るが謝って時が戻る訳でもないので相川は謝罪の受け入れの代わりにさらっと尋ねた。
「ルナティックやってみたいのかな?」
「このたびはご迷惑をおかけしてしまったこと、誠に申し訳ありません、ここに深く陳謝いたします。」
「切るぞ?」
まだ謝り足りない様子だったが、これ以上話していて気が変わってルナティックを決行されても困るとだんまりを決め込まれた。相川はそれを異論はないものとみなしてさっさと切って意識をこの場に戻す。
車は既に高速に入っていた。周囲の景色が変わり映えしない状態で、相川は犬養に尋ねる。
「軍用飛行場まで後どれくらい?」
「30分程度です。」
「ふむ。じゃあ俺は敵将と現地の地形、兵站なんかの最終確認といこうかね。」
相川の言葉に反論する者はなく、車内は静かになり迅速に目的地に向かうだけとなった。
そして、修羅の国の反乱軍たちの悪夢も再開することになる。