アイドル特訓
「……また最近、お家に帰って来てない。」
「どこの別荘で何してるんでしょうね……? 会社の方には頻繁に来てますから、今回は首都圏にいるんでしょうけど……」
夏休みもそろそろ中盤に差し掛かろうとしていた頃、主のいない家の中で瑠璃とクロエが集まってお茶会のようなものをしていた。
「そう言えば来る時少し遅れてましたけど……?」
「ちょっと車で追いかけ回されてたからね。倒した後にちょっと揉めてた。」
「……ちょっと……?」
「いつもだったら仁の会社の人が来るんだけど、今日は来なかったから多分衝動的な奴かな? そうなると処理が大変なの。」
瑠璃も瑠璃で大変なんだなとクロエは少しだけ甘いお菓子を増やしてあげようと思うのだった。
「ぜぇっ、はぁぁぁっ! いっ、息ができる……!」
「よし、次だな。」
「鬼ぃ……はっ、ひゅぅ……悪魔ぁ……」
「そんだけ喋る余裕があれば上等。あと、俺と一緒にされるとか鬼や悪魔が可哀想だからやめろ。」
クロエと瑠璃が休み明けのテストに向けての勉強を開始した時とほぼ同時期。相川とアイドル志望の少女は炎天下の中で地獄のトレーニングを行っていた。
「た、立ってるのもキツイけど、地面が熱い……」
「よし、じゃあそろそろ訓練所に行くかね……」
相川の会社で作られている極薄の耐熱スーツに包まれて少女と同じく炎天下にいるのにも拘らず汗一つ掻くことのない心地よい環境に居た相川はそう呟いた。それを耳ざとく効きつけた彼女が顔を明るくさせる。
「や、やっと!?」
「おう。おめでとう。」
「ふぅ……やっと、こんな地獄から抜けられるんだ……」
「まぁそっちで今やったことがダメだったらまたやり直しだがな……」
小さく呟かれた相川の言葉は聞かなかったことにして移動を開始しようとしている相川について行く少女。しかし、道中で何かに思い当たったのか警戒しながら彼女は相川に尋ねた。
「こ、今度は何をするつもり……?」
「んーまぁ、俺アイドルって何か良く分からないからプロデュースとマネージメントできないわけよ。」
「それはトレーニングする時にも聞いた。動きとか体の作り方……作り……やめて、腕はそっちに曲がらないの……まっすぐって、これでもまっすぐなんだから、お願い……」
「よっ。」
相川はどこかに精神が向かい始めていた少女を男女平等パンチで正気に戻すと話を続ける。
「で、基礎的な動きは教えたよね?」
「……まぁ、武術的な基礎はみっちりと。ぅあ、人間はそういう風に動くように出来てないの。ダメなの。乱暴にしちゃ……! 優しくてもダメぇっ!」
「ほっ。」
トリップを再開しようとしていた少女に人は皆平等パンチを繰り出して相川は話を戻す。
「でもダンスとか……おら。表情の作り方、よっと。声の出し方、一々トリップするなよ……」
「痛いデス!」
「痛いのが嫌なら説明を受けるのを諦めるか意識をこっちに保ち続けるかしろよ……」
殴らずにそっと待つということはしないのかと言いたいところだったがそろそろ目的地に着くということで黙ってそれについて行くことにした少女。程なくして目的地に着いた二人は地下へと続く道を降りた先にあるレッスン場へとやって来た。
「おほほほほほほ! まぁまぁようこそ可愛い子ちゃん! 挨拶代わりに胸揉んでいいかしら?」
「え、ちょ、ム……!」
拒否するよりも先に魔手は迫り来ていた。これまでの修行の結果、ある程度の相手であればほぼ反射だけで返り討ちに出来ていた彼女にとってこれは衝撃で、相川に助けを求める視線を向けるが相川は特に何の感想もなさそうに椅子の方へと歩きながら告げた。
「まぁ諦めて揉まれておけ。彩香さん、それ終わったらちゃんと指導してくださいね?」
「任せておいて! あぁ、豊潤な汗の香り……外はしっとり、中に秘めた筋肉の固さ、それがマッチしてあはぁん……」
「で、見ての通り変態だが頑張れ。彩香さん、モードはインフェルノで。」
とても納得いくような状況説明ではないし、揉むどころか顔を胸の間に突っ込まれている状態になって抵抗を見せずにいてもいいものかと思案する少女だが、顔を突っ込んでいる方は真剣な表情で後ろを振り返って相川に尋ね返す。
「……ナイトメアでもキツイと思うわよ? この掌サイズの発達途中のお胸様と一緒でじっくりねっとり伸ばして行った方が……」
「え、ちょ、さっきからそう言えば何で物騒なモードの名前が行き交って……」
「大丈夫大丈夫。特訓初めに厨二みたいって君が言った通り、中学2年生でも出来るはずだから。中学3年生の君なら余裕だよね?」
「根に持ってる!?」
「……この人のは根に持ってるんじゃなくて言質みたいな扱いよ……私も瑠璃ちゃんのお尻枕の為に元の職を奪われて人外染みた動きが出来るように強要され……」
話を半分聞いた時点で大体この人が悪いと思った少女だが、身の安全を前にそんなことは気にしていられない。炎天下のアスファルトで焼き土下座してもダメだったことは重々承知の上で相川に頼み込む。
「どうか、私めが人間だと言うことを踏まえた上で、どうかご慈悲を!」
「もっと短くてキツい方が良い? ルナティックとか?」
「アハハハ! 教える私もやる前に遺書を書くかどうか真剣に悩まないといけないアレ? マタヤルノ? モウヤダヨ?」
「でも「インフェルノがいいなぁ!」……じゃあ仕方ない。」
先程まで生き生きとしていた変態が虚ろな顔になって力無く離れたのを見て少女は土下座を止めて空元気を出しながら立ち上がり悪夢よりも上だとされるモードを選び、お許しを得る。すると彩香が真顔で小さく彼女に告げた。
「ありがと……そして、命拾いしたわね……」
「いや……あの、なるべく無茶は……」
「考えておくわ……でも、仕事は仕事なのよねぇ☆」
「ルナティックにしますよ?」
その言葉が発された瞬間に彩香は相川の方を振り向く。彼はスーツのスペックと改善できそうな点をタブレットにメモしながら振り向かずに告げた。
「んー? ルナティックがいいって聞こえた気がするけど?」
「気の所為よおほほおほほふぃヴィおうぇ!」
「そう?」
それきり黙る相川。そちらに聞こえないように彩香は少女に詰め寄りながら告げる。
「あなた馬鹿!? 死にたいの?」
「私にとってはどっちにしろキツイんですぅっ! 手心お願いしますよぉっ!」
「甘い甘い甘い! インフェルノとルナティックはどっちにしろで済まされる程短い距離じゃない! インフェルノは時間が来れば解放されるけどルナティックは出来るまで不眠不休よ!? ご飯も食べる暇なく栄養満点のドリンクで済まされるのよ!? 完全吸収か何だか知らないし、分からないけどトイレに行くことすらないのよ!?」
「ごめんなさい私が間違えていました。」
綺麗に腰を折って過ちを認める彼女に彩香の方も黙って頷いておく。これ以上相川に何買われる前に二人は自主的に人間とは思えないがギリギリ人間でも出来そうな動きをしてレッスンに入るのだった。




