仕掛けてもいない罠
相川と瑠璃が梵の子どもが生まれたということでお祝いに行ったその日の夜遅く。相川が設立して、別の人間に乗っ取たれた会社、めいしゅが君臨する町に若い女の子が年に似合わない大人びた恰好をして夜の街を歩いていた。
彼女は大通りから一本離れ、駅に向かう近道にもなる細い道からこの町で一番大きな会社、めいしゅから出てくる人たちの中でも身なりに金をかけている人間を選別してお眼鏡に適う男を見つける。
「……お兄さん、ちょっと私と遊ばない?」
10分ほどして選別に掛けられ合格した1人で夜の街を往く男性に近付き声をかけるその子。その男は少女を上から下まで眺めると警戒していた表情を好色そうな笑みに変える。
「へえ……幾らで?」
話が早いと少女も笑い指を3つ立てる。何かあればポケットの中に忍ばせてある学生証を出して未成年と示し、怯ませて逃げればいいと高を括りながら少女が財布を取り出す男を見つつ周囲を警戒しているといつの間にか別の男が彼女の背後に現れていた。
「お、西内!」
別の男が来たことで少女はお金を貰わずに逃げることを考える。男の歩き方は誰かを待つような物ではなく周囲を気にしていた様子もなかったことから完全に1人で行動している物だと思っていたが、予想が外れたようで、こうなっては失敗だと引き下がろうとした。
「おっと、待て待て。」
「嬢ちゃん自分から売りに来たんだろ? 買うから逃げんなよ。」
「あ、あのぉ……こういうのは困るんですが。」
「知るかよ。根本、金出したんだろ?」
「おぉ、3万出したわ。」
ニヤニヤ笑いながら近づいてくる男たち。少女は腰を引かせて身を庇うようにしながらも顔だけは毅然として二人に告げた。
「あの、めいしゅの方ですよね? 準公務員みたいな方が、未成年を相手に「売って来たのはお前の方だろうが! 違うのか!?」ひぅっ……」
大人の男に声を荒げられて教えられていたセリフや覚えていたことが全て頭から零れ落ち、思考が恐怖で塗り潰される。それは二人の嗜虐心を煽ったようだ。
「あー大人相手に商売しようとして舐めてもらっちゃ困るなぁ? おい、身分証見せてみろよ。」
「いや、その、あの……私、ホントは中学生だから……」
「だから?」
「高校生じゃないんで、そういうのは、本当は……」
男たちの雰囲気を察した少女は何とかこの場を切り抜けようと現状に至るような道筋を教えた知人の教えた言葉を思い出して呟く。しかし、二人には通じなかった。
「いいから出せ。んなこと訊いてねーだろ? それともこの場でひん剥かれたいの?」
「あ、あう……」
「いかにも乱暴されましたって恰好で辺りをうろつく気? 俺らまだここじゃマシな方なんだけど、知らない? この町は掃き溜めの町って。肌吐出させて歩くとか子の町だったら花売ってるのと同じようなもんだから格安で抱かれまくるよ?」
根本と呼ばれた男は鋭い目で少女のことを値踏みながら声音をころころと変えてそう告げ、西内と呼ばれた男が逃げられないように構えている。少女は半べそになりながらすぐに出せるようにしていた学生証を見せた。
「へぇ~御門中学校? あのお上品な学校かよ。上流階級のお嬢様だってこった。」
「こんな所によく来たなぁ……ようこそ掃き溜めの町へ。ストレス解消にはもってこいだから……アレ? 御門中学校……」
完全に捕食者の目になっていた男の片割れが不意に何か考え込むような素振りを見せ、もう一人の男が少女を逃がさないように警戒しながらその男に尋ねる。
「どうした?」
「御門中学校って最近何か聞いたんだよな……」
「はぁ? 地元だからそりゃ聞くだろ。」
「いや、そういうのじゃなくて……あっ! ……お前これ……ヤバいかもしんねぇぞ……?」
何かを思い出したらしい男に少女はこのまま逃れられないかと神に祈りを奉げながらこの場の成り行きを見守る。思い出した方の男は興奮気味にもう片方に告げる。
「相川だよ! あいつが行ってる学校!」
「ゲッ……マジかよ。じゃあこれもしかしたら罠なんじゃね……?」
風向きが変わった。これを逃す手はないと考える少女だが急に態度を変えるのもマズイ。もう少し関係性が窺えないかどうか時期を見定めることにする少女だが、それよりも早く彼らの方から尋ねてきた。
「オイお前、相川の……知り合いか?」
「相川さんにはお世話になってます。」
その返しで二人は協議に入った。断片的に聞こえてくる言葉から最近、彼ら二人がもめ事を起こして相川と言う誰かが叩きのめしたらしい。その更生チェックのために送り込まれた少女だと勘違いしているようだ。少女は思いっきりそれに乗った。
「あの、途中で気付かれたようですし……これで……」
「待てよ。お前、何て報告する気だ?」
「いや、途中で気付かれて終わったって……」
「信用ならねぇな……お前、今から相川の家に連れて行くからこれ持って行け。」
そう言うと根本はバッグから集音マイクと盗聴器のセットを出して少女に持たせた。彼女は脅迫を受けながら二人の言う通りに従って行動を開始する。
「着いたぞ。」
3人が来たのは相川が以前住んでいた家。現在も一応相川が所有し、表向きには住民票もそこに残してある家の前にある車で乗りいれられる場所まで来た3人は少女の身を相川の家へと向かわせて後の2人は車で待機することになっている。男たちは最後に念を押すように少女に告げた。
「いいか? 俺ら馬鹿だから追い詰められたら何するかわかんねーからな? それ考えてやれよ?」
「あいつに壊される位ならテロ起こすくらい普通にやるからな?」
本気のトーンで言われた少女は貞操の危険は一時的に免れたもののこれからどうなるのだろうと呼吸を浅くしながら頷いて相川の家に向かう。
「いる……」
移動中の車内での話によると引っ越しているという話もあったのだが、どうやら誰かがいるようだ。出来れば見知らぬ一般人であることを祈りつつ少女はインターフォンを押す。すると同世代と思われる少年が現れた。
「はい?」
「! あの! 助けてください! 変な男たちに襲われそうになって命からがら逃れて……」
祈りが通じたのかと歓喜しながらその少年に捲くし立て始める少女。背後で怒声が響いて泣きべそをかきながら何とか目の前の少年を巻き込んででも自分は助かろうとするが、少年はそんな少女を見て笑う。
「な、何笑って……!」
「いやぁ~馬鹿だなぁって……この氣は西内に根本か……盗聴器で聞いてるんだろ? 今回は見逃すからさっさと失せろ。」
同世代の少年が少女を脅かしていた大の大人を呼び捨てにした挙句恐ろしい程身の程を知らないような言葉を吐いたのを見て彼女は今言ったのは全部少年だと訴える。しかし、聞こえたのは車の去る音だけで男たちがこちらに来る気配は一切ない。
「た、助かった……あ、巻き込んで悪かったわね……えーと……?」
「相川だ。で、西内と根本が何やったか聞きたいからちょっと事情聴取させてもらおうかね。事と次第によってはお仕置きしないといけないから。」
少女は数拍おいて言葉の意味を理解し、そして思春期特有の病気なんだろうなと笑おうとして名前を思い出し、そしてつい先ほどまでの強烈な体験の記憶を掘り起こして顔を青褪めさせた。
「あ、あぁ……あなたが、あの、相川様……?」
「……いや知らんが。取り敢えず話を聞かせてもらうぞ?」
少女は絶望の表情のまま梵の子ども誕生のお祝いに町に来たついでに表向きの書類などを反りしていた相川の前宅に連れ込まれて話を始めることになるのだった。