夏休みの間の友達
遊神流の島での一件からそろそろほとぼりが冷めそうな頃。猛暑が力を揮う中、相川の家には瑠璃とクロエがやって来ており夏休みの友と言う名の敵、つまり宿題を片付けていた。
「……もう俺の家に来てるのは諦めるが……せめてリビングでやれよお前ら……」
「冷房代の節約です。」
「……黒猫君の為にリビングにも冷房は点けっぱなしにしてあるはずだが?」
「いいじゃん別に。勉強してる間は静かだし、邪魔もしないんだから。」
「はぁ……」
やる意味を見いだせない相川は夏休みの友に対して友達料を払って宿題代行を雇い、全ての宿題を片付けていた。対する瑠璃とクロエは真面目に取り組んでいる。
「国語終わった~!」
「では少々休憩に入りましょうか。お茶をお持ちしますね?」
席を立つクロエと伸びをする瑠璃。相川は来た時真っ新だった課題たちが1時間30分ごとに教科で片付けられていく様を見つつ、邪魔が入ることを考慮して自分も休憩に入る。
「仁は何してるの?」
「仕事だよ。社外秘だからこっち来るなよ? 見たら殺す。」
「はーい。」
冗談ではなく殺されるのは理解しているので瑠璃は大人しく机に突っ伏す。それを尻目に相川はそろそろ修羅の国の反乱軍が兵站の調達が上手く行かなくなり始めて不穏な動きをし始めているという報告を片付けて思案する。
(……そろそろ主要都市じゃないし、地方領主の力を割いて欲しいと言うことで大量破壊兵器の使用も許可されてるが……住民感情を考慮しておくとやっぱり敵兵だけを殺しておくのがいいんだよなぁ……)
戦車や戦闘用ヘリ、航空機、ミサイルなどを使用するとどうしても無差別になりがちになってしまう。戦力が拮抗しているならまだしも戦闘を前にして既に決着は見えている様なものであり、ましてや攻め入るのは市街だ。ある程度の考慮をしておかなければただでさえ独占気味で諸外国から叩かれる要素を持っているのに更に面倒なことになる。
「紅茶が入りました。師匠、どうぞ。」
「あ、大事な資料があるから見たら殺すって。気を付けてねー?」
「もう仕舞ったから大丈夫だよ。」
思考していた相川の下にクロエが帰って来て紅茶とお茶請けを出し、その思考を中断させる。そう言えば普通とか言うのを語っていた瑠璃だったが、書類見ただけで殺される辺りはどう思っているのだろうかとも思ったが、別に気にしないことにして紅茶を口に運ぶ。
「……ふぅ。ところでさ、宿題終わったら遊びに行ける? 後、社会が終わったら全部終わりなんだけど。どうかな? 大体1時間くらいで全部終わると思う。」
「私は全部終わらせましたのでいつでも行けます。師匠はどうですか?」
「んー……」
話を振られて時計を確認すると現在、14時ごろ。遊びに行くには微妙な時間だし、相川にはこの日の夜に少々やることがあったので首を振った。
「今日は無理だな。ちょっと出産祝いに出掛けなきゃならん。あ、瑠璃も行くか?」
「ついて行っていいなら行くけど……誰の?」
「梵先生のところだよ。第2子が生まれたらしい。」
その名前を聞いてしばし思い出すのに時間を要した瑠璃。幼稚園のころにお世話になった先生で大食いの綺麗な女性だ。結婚式に余興をしに行ったこともある。
「お~! 赤ちゃん産まれたの!?」
「まぁそうだろうねぇ……卵とかではないだろうからなぁ……」
「師匠、私は……」
「クロエは知らんだろ。」
どうしようもない事実に歯噛みするクロエ。周囲の変化に慣れていない状態で義務教育ではない幼稚園に行かなかったことを何度目かも知れないが強く後悔した。ニコニコしている瑠璃が恨めしいが事実はいかんともしがたいので表情には出さずに諦めて溜息を飲んでおく。
「いつ行くの?」
「あんまり遅くなっても店が始まるから4時半前には行っておきたいかな。まぁ、あの頑固親父さんのところからここまでだし車出して貰う予定だからそんなに時間かからないだろ……出発は4時20分だな。」
「分かった! すぐ終わらせるね!」
休憩もそこそこに瑠璃が猛スピードで問題を解き始める。手と紙の間の摩擦熱で発火してしまうのではないかと思われる程の早さで動く瑠璃の鍛えられているにもかかわらず繊細さが宿る美しい手。それは不意に止まって困惑した顔で瑠璃は顔を上げた。
「……わかんない。」
「飛ばせば?」
「教えて欲しい……ダメ?」
「……社会は俺も良くは知らんからなぁ……まぁもうすぐ誘拐未遂被害1500件記念だし教えるのも構わんが教科書取って来る。」
色々突っ込みたいところはあったクロエだが相川は部屋を出て行ってしまったので黙っておく。代わりに相川の仮眠用ベッドに潜り込んで休憩と宣う瑠璃に尋ねた。
「誘拐未遂被害1500件って……どういうことですか?」
「知んないけど……ボク割と誘拐されやすいみたい。大体知らない間に仁が守ってくれてるからよくわかんないけど、ボクの前に来て実行されるようなのは突発的なのが週に2~3回くらいある……」
「多っ……」
流石にクロエは誘拐されかかることなど殆どなかった。尤も、早朝や夜間に走り込みなどで外出する瑠璃と基本はどこかしらの敷地内で走り込みをし、外出時は大抵が相川と一緒のクロエでは条件が違うが、それでも相川と出会ってから1500回となると引く。
(確か、5歳の時に出遭って今が大体13歳くらい……8年で1500回。1年で約200回程度……? 平日はほぼ毎日って、流石に誇張では……?)
流石のクロエもこの事実には疑問の目を向けた。疑惑の眼差しを受ける瑠璃は相川の枕の端に顔を埋めて抱きかかえながら溜息をつく。
「何か普通の人からも攫われそうになることあるけど……まぁ、お父さんの仕事が仕事だからねぇ……」
「普通は攫われそうになることもないんですよ? 不幸にもほどがあるんじゃ……大丈夫ですか?」
流石に可哀想な目を向けるクロエだが瑠璃はタオルケットを丸めて抱き締めながら良い笑顔で首を振って答えた。
「でも、ボク仁に会えたから! 不幸じゃないよ? 誘拐されそうになったらいつもより構ってもらえるもん。それに誘拐犯さんが監禁場所まで用意してる場合は仁も別荘が増えて嬉しそうだし。」
「……大丈夫じゃないですね……」
どうにかしたいがどうにもできない。自分も結構歪んでいる自覚はあるが目の前の狂気じみた想いにはその歪みさえも誤差で済まされる気がした。目の前の歪みから目を逸らしたクロエはそう言えば教科書を取りに行ってる割に相川は遅いなと部屋の外に目を向ける。すると瑠璃が呟いた。
「んー何か教科書取ろうとしたら別の本が出て来てそれ読んでるみたいだねぇ……その間に毛布噛んでいいかなぁ……?」
「あなた、最近普通を学んでいたのでは……? いや、と言うより何故1階の様子が……」
「これくらい普通だよ? この距離で何してるかわかんなかったら見失うかもしれないじゃん。そんなの絶対にダメだよ。」
毛布を噛む女の子は普通ではないと思うがそれは如何にと思ったがクロエも洗濯をする時に少々使わせてもらったことがあるので強く何か言うことはできない。
「ふぅ……最近は普通の恋心も分かって来たからこういうことするとドキドキするようになってきたんだ。前はもう安心しきって寝ちゃってたもん。」
「普通……いえ、まぁ、もう……はい。」
どうせここにいる人たちは全員変わっているし、相川の会社にいる人もクロエが知る限りの知人も変な人ばかりなのだからもう別にいいやとクロエは思考をどこかに飛ばすのだった。