ランチタイム
学校が終わって夏休みと言う名の補習期間に入った時期。
午前中のみになっている授業を受けた後、相川と瑠璃、そしてクロエは教室とは別の場所に集まって会議を始めようとしていた。
「時間より少し早いが、まぁ時間も貴重だしさっさと始めようか。」
「うん。はいお茶。」
「そしてお弁当です。」
ランチミーティングを始める一行。今日の議題は彼らが働いている食堂についてだ。一言でいえば忙し過ぎるので仕事量を減らす方向に向かおうとしている。
この中で相川だけは暇な時や気が乗った時以外はその日の仕込みとメニューの決定をするくらいしか手を入れないが、それでも毎回の消費量が凄いので毎日時間を取る羽目になっているという問題を抱えていたのだ。
「ということで、テーブルにアンケート用紙を入れておいて回収と引き換えでその日のスープ無料券を配布することで意見を集めた。」
「うん。」
「アンケートの8割が店員が可愛いという至極どうでもいい話だった。」
「そうですね。」
クロエと瑠璃は特定個人に好かれたいのであって誰彼かまわず魅了する気はないので相川の言葉など適当に流すがそこは軽く触れて欲しかった相川は微妙な顔で店の問題点についての話題に移る。
「問題点。『社長がいる時間が短いのでその時間帯だけ異常に混み過ぎ。』……お前もその混み具合の一員になってるんだがな……」
「改善案あるよ! 仁がもっとお店に居ればいい!」
「いや、それより手っ取り早いのは俺が開店時間に来なければいい。でもなぁ……学校帰りに寄るから手間がかかってないのに一々ここに来るためだけとか怠い……」
一緒の所で働いて、もっといっぱい一緒に居られる予定だったのに殆ど営業中には来ない相川との間柄をそれとなく告げてみるが普通に拒否されたので瑠璃はしょんぼりしながら玉子焼きを食べた。
そんな様子などお構いなしの相川は他の用紙を出してこの場に出されているアンケート用紙に目を通し直しているクロエに告げる。
「で、ちょっと面白い意見があるんだが……」
「はい?」
「『値段の割に凄く美味しかった。また来たい。』……これ、どう思う?」
「……師匠の料理の腕がいいということでは?」
クロエの優等生発言を相川は鼻で笑う。
「違う。こいつは要するに値段が高けりゃ来ないと言っているんだ。」
「……少々穿ち過ぎなのでは……?」
「まぁ、その辺はどうでもいい。」
どうでもいいで片付けられる問題なのにちょっと面白い意見なのか……とクロエは思ったが顔にも口にも出さずに相川の言葉を待つことにする。
「ということで、食堂の料理の値段を上げます。」
「えー? お客さん悲しんじゃうよ?」
「望むところだ。まぁ流石にすべて同じままで料金だけ上げるのは気が引けるから瑠璃たちの給料増やすから接客態度を良くして。」
「んー? ボク、仁が言った通りにやってるよー?」
「まぁ今度から体捌きについても口出しするってことだ……?」
接客態度について予め喋る内容と客前に出るタイミングなどの指示を出していた相川に瑠璃は自分がきちんと仕事を熟していたことを告げる。それを聞き流しながら相川は教室前の廊下を見て何者かの氣を察知した。
(……アレは確か、潜入して来てる殺神拳の……龍宮寺 あやめだっけ……?)
一応、この学校にいる数少ない相川が体調が悪いなどの悪条件化にある場合に殺されかねない相手のため、把握しておいた相川はその彼女が扉の向こうからこちらを窺っているのを見て食事を続ける。それに対して周囲二人は相川の視線を辿って扉の向こうの彼女のことを見ると声をかける。
「えっと……? 龍宮寺さんだよね……? どうかしたのかな……?」
「はい。私がいつも昼食を摂っている場所に見慣れない先客がいたので排除していいものかどうか困っています。」
まず龍宮寺に声をかけた瑠璃。そしてその間にクロエが相川に彼女についての説明を行う。
「龍宮寺 あやめ、この学校に留学している天才少女です。まだ10歳にも満たないのにこの中学校を訪れる才女で、武芸にも秀でているとか……まぁ師匠程ではないですが。」
当然のことのように付け足されたクロエの一言にあやめは反応して相川の方をじっと見てそう言えばと思い出したかのように挨拶をする。
「先日はご依頼ありがとうございました。お久し振りですね相川さん。龍宮寺 あやめです。随分とそこの活神拳と仲良くされているようで、気付きませんでした。」
「先日はどうも。ただ、この二人は事業における部外者だ。軽々しく口に出されると少々機密性に疑念が生まれるんだが?」
「……これは失礼しました。」
皮肉気に話しかけたところで逆に責められることになってしまい極々微量に不機嫌になるあやめ。相川は特に気にした風もなさげに食事を続けた。
そこから少し離れたところであやめも食事を開始し始め微妙な間と沈黙が生じることになる。それを破るように瑠璃が相川に声をかけた。
「えーと、あの子もこっちで食べてもらう?」
「結構です。」
「本人が嫌がってるからいいだろ別に。そんなことより「やはりそちらに行きます。」……」
何だか負けた気分になったらしい少女の方からこちらに出向いて来た。その目は相川と張り合う視線でいっぱいだ。
「えっと……何かしたの?」
「特に。まともに喋ったのも初めてだな。」
「……そうですね。あの時は母としか喋っていないでしょうし。」
「どういう関係で……?」
瑠璃とクロエから質問を受ける相川とあやめ。しかしながら相川は「知人」の一言で片づけ、アヤメもそれに倣う形で言葉を切って食事に移ってしまう。しからばとクロエは彼女の弁当を見た。
「おや、薬膳料理なんですね……」
「はい。母の秘伝レシピです。」
「んふっ……」
「何か面白いことでも?」
タナティックガールとも称される戦場の死神たる彼女の母親が何故かドジキャラで一生懸命お弁当を作る姿を想像してしまって相川は笑ってしまった。それを見てあやめが睨みつける。
「このお弁当の素晴らしさが分からないんでしょうね。混ぜ込みご飯にも18の薬草がブレンドされているんですよ?」
「まぁその組み合わせだと効果が薄れるものが結構あってそれが味を損なうんだけどな。茗溪草とか葉っぱの味が諄くなる。」
「……あなたには、わからないんでしょうけどね。意味があるんですよ。」
「まぁ気脈の流れを整える点では僅かながら効果がないわけじゃないから意味はあるよ。ごめんね。」
「……子ども扱いしないでください。」
敵愾心を隠そうともしないあやめにそろそろ剣呑な雰囲気を醸し出し始めた二人のことを相川は視線で制しながら食事を続ける。その態度が癪に触ったようだった。
「年齢と容姿で私のことを子どもと判断しているようですが、それは大きな誤りです。」
「はいはい。そんなことをムキになって言ってる時点で世慣れしてないということになるから子どもって言われたくなかったら気を付けてね。」
「む……屁理屈を……」
どの口が……と言いそうになった相川だがそれよりも食事が既に終了したことの方が優先事項的に高かったので片付けを開始する。その間ずっと少女は相川に対する視線を外すことはなかった。
因みに料金を上げた食堂では「高いだけあって美味しい。」と評価が変わり、サービスも向上している中で客が厳選され、そのお客がまた別の客を呼ぶことでむしろ前よりも客が増えることになるのだった。