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強者目指して一直線  作者: 枯木人
幼児期編
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患者と感謝

 親子の口喧嘩は瑠璃が遊神の揚げ足を取りまくって優勢に立っていた。遊神は「誰がお前を養っていると思ってるんだ?」という言葉は口に出さずに何とか瑠璃を説得しようとするが、瑠璃は逆に質問攻めを始める。


「お父さん、ご飯作ってるの見たことないけど、作れるの?」

「い、今は温めるだけで食事は出来るし、野菜ジュースなどで野菜不足も補えるぞ……」

「作れないんだよね?」

「買えばいい。」

「誰が? お父さん、鍛えなくていいの? 殺神拳の人たちに負けたのに家事に精を出し始めるの? それで収入とかはどうするの?」

「うぐ……」


 相川は空を見上げたまま黙っている。こんな広い土地を持っていてどんな稼ぎ方をしているのだろうと気になり、以前妙に尋ねて妙が困っていた内容を瑠璃が言っていることは気にしない。


安心院あじむさんたちみたいにまだ慕ってくれる人たちも多いし、用心棒なんかの仕事は入るだろうけど、これからは収入がきついのは間違いないんだよね?」

「……そこまで考えているのか……瑠璃は賢いな……」

「仁くんが「俺は何も言っていない。」仁くんが言ってた。」


 言い直されて相川は溜息をつく。そして遊神に目配せして告げた。


「俺も家事しないということで、瑠璃、残念。」

「こ、こいつがそう言ってるからな。ウチに余裕がないのは今、瑠璃が言った通りだからな、穀潰しを家には置けないんだ。」


 そういう意味のことを告げるのは相川的にも間違えていなかったが遊神の言い回しはかなりイラッと来た。

 死にそうになっていた状態を助けた礼もない、妻の延命措置をしたのに詐欺呼ばわりされて治療費も払わない。挙句の果てにこの台詞だ。


 相川は目を据わらせて絶対零度の声音で瑠璃に告げる。


「……そうそう。俺は野垂れ死んで来るから大丈夫。治療費ももらえなかったことだし大損のまま死ぬよ。安心してのうのうと暮らしな。地獄で恨みながら怨嗟の念を吐き綴りつつ視線だけで人が殺せるように頑張りながら見てやるよ。」

「瑠璃、頑張って払う……」

「お前には責任能力がないから金を払うことはしなくていい。」


 言い捨てて相川は蔑視の視線を遊神に向けつつ無理矢理瑠璃の掴んでいる手を離させて立ち上がる。


「最っ低。お前ら大っ嫌いだ。死ねばいいのに。」


 瑠璃の心にそれは強烈なダメージを与える。


「ガキ……もっと言い方という物が……」


 最早言葉を交わす価値もないと相川は無視して表口へと移動して高須の待つ車に乗り込む。

 行く時と随分様子を変えた相川に高須は声をかけた。


「大丈夫かい?」

「……あぁ、いいですよ。出してください。よろしくお願いします。」


 声音を変えて相川は明るく高須にそう告げた。高須は訝しげに首を傾げるが追及はしない方が良いだろうと判断して頷いて車を走らせた。






 相川がいなくなった後、遊神は溜息をついて呟く。


「……あの小僧は……近頃のガキは躾がなってないな。」


 相川がいなくなってからもそのようなことを言う遊神に瑠璃は信じられないと言う視線を向けて立ち上がってこの場を去ろうとする。


「瑠璃、どこに行こうとしてるんだ? 待ちなさい。」

「……どうせ、瑠璃が何言っても信じてくれないんでしょ? じゃあ、何言っても無駄だよ。」

「瑠璃!」


 修行中、あれだけ怖かった遊神の大声も今の冷めきった瑠璃には何にも感じさせなかった。


「……決戦の時、瑠璃のせいでお父さんが死にかけたことは、瑠璃が悪いけどそれを助けてくれた仁くんを嘘吐き呼ばわりするのは、お父さんが、悪い。」

「あれは、お前のせいでは……元々、俺が押されていたことが……」


 瑠璃は泣きそうだった。上手く伝えられない、もどかしい。相川を怒らせた、瑠璃が悪い。様々な感情がない交ぜになりながら涙を零し、嗚咽交じりに遊神に訴えかける。


「ママを、応急処置させなかったのは、麻生田さんだし、そのせいでママが死にそうになって、助けてくれたの、仁くんだし、瑠璃っく、こ、ここまで、ひん……いっぱい泣いたけど、それ、仁くんが……」

「瑠璃……」

「ひっく……仁くんが、助けてくれたのに、いっぱい、助けてくれたのに、酷いことばっかり言って、何にも……」


 瑠璃は泣き出して後の言葉は不明瞭で何を言っているのか分からない。そんな彼女を慰めようとするが遊神にはどうしたらいいのか分からずにその場に立ち尽くした。












 その頃相川と高須は車内で盛り上がっていた。話題は高須の研修医時代の病院での一件だ。


「いや、分かるんだよ? 必死に探して見つけた名医は立ち会いだけで研修医が執刀だったら落胆する気持ちも。でも、露骨にがっかりされるとねぇ……こっちは頑張ろうってのにさぁ。」

「あー、俺も最近同じような目に遭ったからねぇ……」

「そんなに研修医にやらせるのが嫌だったら臨床研修病院指定されてないかどうか確認して欲しいって思ってしまった俺を誰か責めますか!?」

「俺なんてこの形だからライセンス持ってない。それでも超法規的措置で許可された状態で俺が創ったかなり高価な器具を投入して延命したと言うのに代金踏み逃げだからね! マジあの腐れ最低。」

「うーわ。やっぱ外見って大事。」

「うっせ。」


 やたらと信号に引っ掛かるなと思いつつも途中でコンビニでお菓子などを買ってもらいながら移動する相川たち。


「ところで、剪刃クーパーって最初聞いた時エロさ感じた?」

「……クーパー靭帯的な? 俺、まだ5歳だからなぁ……」

「あーお子ちゃまにはまだ早かったか~……でも、通じてるってことは?」

「クーパーから色々連想しただけでーす。つーか内部構造で妄想できるほど汚染されてねぇよ。」

「お前ませガキだろ!?」

「この歳で手術する程度には大人びてますが何か?」

「くっそ、言い返せねぇ!」


 笑いながら運転する高須。そうこうしていると車は病院に着いた。そこで待ち受けていた遊神を見て高須はそのまま出口に向かう。


「おいおい。……あの腐れぇ……!」

「何したんだ相川くん?」

「代金踏み逃げされたのがムカついたから暴言吐いて逃げた。」

「お降りはこちらになります。」

「よーし、降りたら妙さんの手術後、看護師の体拭きの仕事を自分の物だと言って絶対に譲らなかったとあることないこと言いふらすぞ~見た目は普通の5歳児だから意味なんて分からないって態でな!」

「どこに逃げるよ!」


 何となく仲良くなってきた高須。ノリがいいので相川も笑いながらカーナビを操作して考える。


「取り敢えず、人通りの多い所の方が良いだろ……って、うわっ!」

「マジか!?」


 逃げようとした高須の車の前方に遊神が飛び降りて来てその場で土下座した。幸いと言うか、病院の出口付近に出るところだったのでスピードは出ておらず、若干の思考的猶予がある。


「アクセルどっち!?」

「踏むなよ!? 絶対踏むなよ!?」

「……任せろ!」

「フリじゃねぇよ! まぁその短足じゃ届かないだろうがな!」

「成長の余地はたくさんありますー!」


 やんややんややりつつ遊神の前で高須の車は停まり、事故には至らない。どうした物かと考えていると遊神は車外から相川たちに聞こえるほどの大声で謝罪を開始した。


 それを見つつ高須は相川に告げる。


「……そういやさ。」

「……ん?」

「さっきの話なんだが……その、研修の時の患者さん……手術成功した時、すっげぇ感謝してくれたんだよなぁ……やっぱ、頑張るものだって、思ったわ。」

「何だ急に……」

「……何となくさ。」


 高須が笑ってみせると相川も頭を掻いて笑った。そして、笑顔のまま相川はアクセルに足を伸ばして高須に叩かれることになる。




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