林間学校
「ふんふふ~ん……♪明日から旅行だね!」
「学校だけどな。」
5月初旬。ゴールデンウィークが終わってすぐの時期に相川たちは林間学校のために2泊3日の合宿に出ることになっていた。
「うぅ、ししょぉ……」
「往生際が悪いよー?」
小声で泣き言を言うクロエに瑠璃が笑顔で釘を刺す。元々学年が違うので林間学校にクロエはついて来れないのだが、護衛と言う名目で着いて来ようとしていたクロエ。
しかし、今回の林間学校の時期も当然相川の仕事はあり、その処理で相川自体が林間学校に行けないかもしれないとなって元々参加権利のなかったクロエが機密事項以外の相川の仕事で出来る分を肩代わりして相川を林間学校に参加させるということになったのだ。
(ここで私が行きたいと言えば師匠は普通に引き下がりますからね……)
クロエはそんなことを思いながら明日の準備を楽しそうにしている二人を見、社員食堂のつもりだった大繁盛店の切り盛りも自分でやらないといけないと言うことを思い出して憂鬱な気分になる。
「面倒臭いなぁ……」
ぼやく相川だがその裏では自由に動き回れることから殺神拳の連中の調査を少し進めておくことにしており、全く無意味に動くと言うつもりはない。逆に言えば林間学校自体を楽しむ気は微塵もないのだが。
(……後は何してたか知らんがそろそろ遊神父が戻ってくるらしいから瑠璃を押し付けて、翔とか言うボーイと奏楽と争わせて喧嘩させての鞘当て愉しみつつその騒ぎに釣られる奴の気配を辿るっと……)
荷物の詰め込みを終えた相川は明日からの予定を大まかに立てつつ準備を終えるのだった。
そして迎えた当日。バスに乗り込む相川たちだが瑠璃は相川の袖を引きつつバスの中を見て若干怯えを見せていた。
「ひ、仁……ここ、高そうだよ……」
「まぁ言いたいことは分かる。5年の時のホテルに比べれば全っ然だけどな……」
安い布団よりもふかふかしている赤い絨毯にソファと言われてもおかしくないリクライニングシーツ。天井はシャンデリアが優しい光を振り撒いており、バスの振動や排気音などは一切感じることない車内はムーディな音楽がゆったりと流れている。
また、車内にいる他の生徒たちも騒ぐことなくそれぞれの時間を有意義に使っているようでそれが最近普通という物を学んでいる瑠璃に場違い感を覚えさせる。
「ボク、本当にこれに乗るの?」
「嫌なら降りろ。瑠璃ならどこでも乗せてもらえると思うぞ。」
「それはヤ。」
じゃあ文句言うなと思いながら相川は指定されている席へと向かう。隣は当然の如く瑠璃だが一人一人の席がかなり広いので特に問題はない。瑠璃がきょろきょろしているのを無視して新聞を広げる。
「あっ、すうぃーとでびるだ! 可愛いよね?」
「……嫌味? 別にどうでもいいけど……」
経済新聞を読む邪魔をされてか相川は眉を顰める。瑠璃は邪魔をしてはいけないと口を閉ざして深く座り直すが落ち着かないようで相川のことを横目で何度も見ては視線を外に移したりして出発の時を待つ。
「では定刻ですので出発いたします。隣の席が空席という場合は挙手をお願いします……大丈夫ですね。それでは運転手さんお願いします。」
程なくして出発したバス。それでも新聞から目を上げることのない相川に瑠璃は声をかけた。
「ね、ねぇ……酔っちゃうよ?」
「あん? 俺が酔うと思うのか? お前だって三半規管の強化くらいやってるだろうに……」
「あ、うん……でも……」
返して欲しかった反応ではないが相川の言うことも尤もなのでそれ以上否定はできない。瑠璃は新聞から顔を上げて一緒に外を見て欲しかったのだ。車外の景色が綺麗でも隣の人と共有できないと言う寂しさに瑠璃は少し思うところがあった。
(……仁はボクのことなんかどうでもいいのかな……)
それは瑠璃が日々感じていた不安だ。瑠璃が周囲を見ると話をしている生徒はほとんどおらず、多くの生徒は何かしらの作業を行うか何か思案しているようで虚空を睨んでいた。その光景が瑠璃に更なる疎外感を与える。その感情の処理が出来ずに瑠璃はそれ以上このことについて考えるのはやめた。
「着いたよ!」
「……おぉ、そうか。」
新聞を見た後はタブレットで送られてきた資料の確認を行っていた相川は瑠璃に揺り動かされて到着を知り、車外に降りる。バスに乗っていた殆どの経営層が荷物を護衛役に持たせる中で相川と瑠璃はそれぞれ荷物を持って目的地まで移動を開始していると荷物を持った同級生に声をかけられた。
「ふふふっ、遊神さん御機嫌よう。」
「あっ、こんにちは。黒沢さん……」
黒沢と言われた女子生徒は相川、そしてその背にある相川の荷物と1人前の荷物を持っている瑠璃を交互に見た後、笑いながら告げる。
「まぁまぁお似合いなお2人ですこと。」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「……いや、どう考えても嫌味だぞ……気にしてないなら別にいいんだが……」
血筋もはっきりしない癖にいつも授業において何でもトップクラスの成績を収める瑠璃に攻撃できる点を見つけたと皮肉のつもりで笑いに来た黒沢は瑠璃の笑顔に引いており、相川が普通に裏の意味を読んだ上でその意味を分かっているか分かっていないかは不明だが瑠璃の対応に苦笑いした。
「……ご、護衛役なのですから主の荷物は……」
「だよね……ボクも荷物貸してほしいんだけど……」
「誰が貸すか。」
拒否されて瑠璃はしゅんとし、黒沢は攻撃対象を変えて笑みを浮かべた。
「あらあら、成り上がりの方はこれですから……上に立つ者には上に立つ者のやり方とマナーがあるのですよ? このままでは成績優秀な護衛組のエースさんが実学は全くできない方と思われますから……」
後は察せとばかりに言葉を濁す彼女に対して相川は端的に答えた。
「俺には俺のやり方があるし、マナーは時と場合によって異なる。誰も気にしてないのにマナーを押し付けるのはそれこそマナーが悪いぞ?」
「っ! こ、」
黒沢が何か言う前に相川はさっさと目的地に向かって更に歩みを勧め、瑠璃はそれに従って移動速度を上げる。黒沢は彼女の主人の下から離れるわけにもいかず、歯噛みしてそれを見送った。
「……お? 相川か……ここから先は一般クラスの列だぞ。別に明確な決まりはないが経営層は……」
「3月28日、午後9時、繁華街、ミルク、120分コース。」
先頭の担任は相川たちのことを見失ったようだ。ということで相川は更に前に進んで翔の下へ現れる。それは同時に瑠璃もその場に行くということになるが瑠璃は気配を消して死角に潜み相川と翔以外には認識し辛いように移動した。
「よぉ。お前の大好きな瑠璃さんのお届けだ。」
「なっ!? あ、相川くん!? へ? るっ、瑠璃さん!」
名前を呼ばれて無視するのも感じが悪いかなと手を挙げて応じる瑠璃。相川の発言は取り様によっては自慢にも聞こえるが、瑠璃には誰かの下へ受け渡されるというイメージが強く浮かんで無言で相川の裾をきゅっと握った。
「で、何の用で……」
「いや別に。それなりに強くなったなぁって思っただけだ。さっさと宿に行きたいからもう行くけど……」
相川はそこで声を潜めて瑠璃に聞こえないように翔に告げる。
「武術も、瑠璃を落とすのも頑張りな。」
「なぁっ!」
笑いながらそう言い残して瑠璃を連れて去っていく相川。瑠璃は相川の言葉を聞き取ってしまい悲しくなりながらも相川の後を追うのだった。