飲食店
労働法56条2項の定義に則り、飲食業の接客という13歳以上で軽微な仕事と認定されている業務を学内の役場へと届け出をだし、認定を受けたところで相川は溜息をつきながら犬養の車に乗ってクロエと瑠璃と一緒に実際の店舗へと移動していた。
「……ムカつく。何で俺だけ自分で手続しないといけないんだ……まぁ理由は分かってるんだが……」
「ここ仁のお店なの!? すっごいね!」
「それでは師匠、私たちはここで何をすればいいのでしょうか?」
クラス内で実家の企業において浮いている相川のことを何も知らない担任が適当なことをしているとすぐに当たりをつけながら相川は瑠璃とクロエ、そして犬養を連れて厨房に入る。
「おー……これはいい包丁だね!」
「えぇ、自社生産です。」
「ふむ……多様多種なハーブスパイスたち……腕が鳴りますね。」
「面倒臭ぇ……本当に文句ない位材料が用意されてる……冷凍庫もマイナス50度まで下がるやつだ……」
それぞれの反応をしながら一先ず相川は制服から白衣に前掛けというスタイルへと着替え瑠璃とクロエもそれぞれ割烹着に着替えた。犬養はスーツ姿のままカウンター席に座っている。
「社長。賄を先に作っておくべきだと思います。私もそれを頂きますので。」
「……まだ4時過ぎなんだが……まぁレンジで温めればいいか……」
店のスタンスは定食屋のようだが相川は面倒臭いのでカレーを作ることにする。
米を研ぎ、踊り炊き機能付きの炊飯器のスイッチを入れてご飯を炊く準備を整えてから野菜とにんにくの準備を整えて肉の表面を炒め、根菜と一緒に昆布出汁の素と薄く色が付く程度に醤油を少々入れた水とローリエを入れて煮込み、火が通り始めたところで市販のルウを入れる。
市販のルウということに無表情な顔を一瞬だけ不満気にした犬養と特に何も思うところのないクロエ、更に相川のお手伝いを隣でして新婚生活などに思いを馳せて楽しげな瑠璃の前で相川は減った水嵩の分だけ野菜ジュースを投入し、クミンシードやコリアンダー、その他大量のスパイスを放り込んで行く。
「おーいっぱい入れてるね~今は何入れてるの?」
「コンソメの素と中華スープの素。」
自分がやった調理実習の時と大分違うと思いながら瑠璃が相川に質問して相川がそれに応じる。すると今度は結構料理をするクロエから質問が入る。
「味が濃くなり過ぎるのでは?」
「俺とかお前らは運動量が相当あるからこれくらいあっていい。」
そして従業員たちも殆ど相川の言うメニューをこなすような者たちであるので塩分過多でもそこまで問題はない。
「後少し待てば食える。」
「少しってどれくらいですか?」
「……10分位じゃねぇの?」
そんなもの実際に煮込んでみた時の状態によって変わるからあてにはならんがなと相川は付け加えつつ空き時間となったこの状態で瑠璃とクロエを見てみる。相川の視線には敏感な両者がどういう反応を返せばいいのか少し悩んで微笑んでみせると相川は思わず呟いた。
「いかんな……こいつら可愛過ぎる……」
「え? ……え!? 今ボクのこと可愛いって言った!?」
「そうですか? 師匠、私にはよく聞こえなかったのでもう一度お願いします。」
珍しく褒められたことに舞い上がる二人。それを冷静に見ていた犬養はそのはしゃぎようと相川の表情を交互に見たことで合点がいったように頷く。
「成程、看板娘が可愛過ぎますね……」
「だな……」
同意の言葉だがはっきりと単体で使える発言ではないことにクロエは録音機をつけっぱなしにしつつもどかしいと思いながら。瑠璃は自分の記憶に焼きつけるように相川を見る。そんな彼女たちに犬養が無表情のままに事実を告げる。
「あなた方の可愛さが天元突破しているので客が異常によって来かねない状態です。別に社長は褒めているわけじゃないんです。」
「まぁ可愛いってのは褒め言葉だがな……それはそうと、ん~……まぁでも、新店オープンとかビラ配りもしてないし客引きしなけりゃ大丈夫だろ。」
それはどうだろうかと犬養は思ったが口には出さない。相川の気分を害してしまい、折角立てたこの店が1月もせずに潰されるのは嫌だったからだ。代わりにカレーの方に視線を向ける。
「……まだ早いぞ? サラダ出してただろうが。」
「美味しかったです。ドレッシングも社長のお手製ですか?」
「まぁ、そうだな。」
「いくらで売ります? 工場抑えた方が良いですか?」
いつの間に食いしん坊になったんだろうかと犬養との出会いのことを少し思い出してその気は一切見当たらなかったと溜息をつく相川。時計を見ると後1時間ほどで初オープンの時間となる。
「仕込みとかしておいた方が良いかね? ご飯炊いてあるくらいと塩ダレに付け込んだから揚げくらいは持って来てあるが。」
「あ、社長。私のカレーにから揚げのトッピングお願いします。お代は勿論払うので。」
「……いいけどさぁ……」
「あ、ボクはチーズがいい!」
「福神漬けですかね……」
定食屋ではなくカレー屋になるのかという状態になって来たが相川はそこまで気にせずに今言われたモノに加えてラッキョウまで出してカレーを見る。
「ふむ。まぁいいだろ。食べるか。」
そろそろ食べてもいい時期だと相川が告げるとクロエが皿を持って来て盛り付けを開始する。それを見ながらルウを右に持って行くだろうか、左に持って行くだろうかとと相川がどうでもいいことを考えていると扉が開いて私服姿、薄紅色のワンピースを着た真愛が現れた。
「御機嫌よう、仁様。オープン初日から大繁盛で私からもお喜びの声をかけさせていただきますわ。」
「……え、大繁盛……?」
まさかの言葉に相川は少し硬直してクロエと瑠璃の巨大な氣と犬養の隠された氣によってその場に集中していた意識を外に向けてみる。そして乾いた笑いを浮かべた。
「うーわ……マジかよ……」
「どうかしたのー?」
「行列が……」
それ以上の言葉は不要だろう。当初並んでいた社員たちの列を見て何だろうと並びに加わる一般の人。それを見て更に加わる行列。アフター5を心待ちにしてそれを見下ろすリーマン。
「……もう全員カレーでいいかな。足りないだろうが……」
「まぁ文句は言われないと思いますよ。美味しいですし。」
「美味しいねー!」
「そりゃあ師匠が作ったんですから……」
初日から何させてくれるんだとかなり面倒臭そうな顔をしてカレーを食べる相川と望むところと気合を入れる瑠璃とクロエ。犬養は平然とおかわりしようとして止められ、相川に手伝いをするように強制的に命じられた。そんな様子を見ていた真愛も輪に入るためにまずカレーを食べてみる。
「……まぁまぁですね。相当な勘違いをしない限りは普通に売れるのではないでしょうか?」
「売れてほしいとも思ってないんだが……あー……」
早速面倒臭いことになって来てテンションが下がりつつある相川の代わりに瑠璃が真愛に告げた。
「それ、賄なんだよ? 食べたらお手伝いしないとダメだよ。」
「……いいでしょう。」
「ぅえっ?」
相川の知らないところで話がまとまっていた。天下の桐壷家の御令嬢に対して恐ろしいことをのたまった瑠璃も瑠璃だが受け入れる真愛も真愛だ。普通なら止めるところだが相川も面倒だし最悪圧力かけられて潰されねーかななどと考えていて止める事はない。
初日から慌ただしい営業になろうとしていた。




