鈴蘭祭
御門中学校、5月某日。
護衛組と経営組の両者を結び付ける一大イベント、鈴蘭祭が始まりを告げようとしていた。鈴蘭祭とは簡単に言えば御門中学校に所属している生徒たち、その中でも主に護衛組が経営組のトップ層にいる生徒たちに自分に与えられた鈴蘭のブローチを捧げて忠誠を誓うというものだ。護衛組以外の参加資格や決まりなど細かいことは多々あるが、基本は仕えたい人にブローチを捧げるお祭りと言っていい。
しかし、目的の人にきちんと鈴蘭のブローチを捧げるには障害が多数存在している。人気の高い経営組の生徒には多数の護衛が駆け寄り、席を奪い合うことになる。また、人気の護衛のブローチを手土産に自らを売り込んだりする者もいるのだ。
「いよいよ、だね……」
「協定、忘れてないですよね?」
「勿論だよ……」
護衛組のクロエと瑠璃も例に漏れずやる気満々だった。狙いは言わずもがな相川で、彼女たち二人は自らを手中に収めようとする同業者たちをから逃れながら相川を見つけて鈴蘭のブローチを受け取らせる必要がある。
「気を付けなきゃいけないのは桐壷グループの護衛さんと、奏楽君……」
「奏楽は私の管轄じゃないので瑠璃がきちんと処理してください。」
「わかってるよ。」
同じ場所で働きたいと申し出てきた奏楽のことを思い出しつつ瑠璃は僅かながら苦い顔をしていた。彼女も相当強くなっているが奏楽はそれに匹敵するほどの成長を遂げているのだ。尤も、普通に戦えば瑠璃が100戦87勝くらいだが。
「……そろそろ、時間だね……」
「まずはこの周囲の人達から……」
既に囲まれてしまっている中で瑠璃とクロエの負けられない戦いが開幕しようとしていた。
その頃、相川は図書室で静かに資料をまとめていた。資料の内容はこの学校に所属している護衛組のメンバーたちの殺神拳の人々についてで、色々な兼ね合いの下、面倒な勢力という認識で把握だけは済ませておこうと考えていたところだ。
「……んー大体17人にまで絞れたがどうするか……これ以上の労力を使うのは面倒だしある程度でいいんだがねぇ……」
「何をしておりますの?」
相川が御門中学校の教員及び生徒の資料の分析結果を見ていると後ろからこの学校に相川を手引きした人物である桐壷真愛が声をかけて来た。彼女の姿を認めた相川は見られる前に資料を最小化し、片付けてパソコンの画面をニュースに変える。一面にはアイドル活動をしているグループの名前があったがこれをまじまじ見ていたと思われるのも困るので相川はすぐに画面を切り替えて話に応じることにした。
「別に、無駄イベントの時間を有効活用してるだけだ。……真愛は護衛いるだろうしここから出た方が良いんじゃね?」
「桐壷グループの方から派遣されている護衛で十分です。尤も、個人的にはもう一人、特定の人物を護衛に欲しい所なんですけど……」
その視線は相川に注がれており言葉よりも雄弁に意思を語っているが相川は首を横に振る。
「俺は、経営者グループの方なんだが。」
「いけずですわね……まぁ経営者としても一定水準を満たす程度には優秀なのでしょうが、あなたのやり方では人はついてきませんわ。現に、めいしゅの時にも……」
「……あぁ、そうだね。」
相川は真愛の言葉でめいしゅの後釜になっている今の会社の裏事業については極秘中の極秘扱いで上層部のほんの一握りしか知らされていないのを改めて確認し、苦笑する。
「ですから、あなたは護衛として私とずっと一緒にいた方が適材適所としていいのです。あなたの経営手腕も確かかも知れませんが、比較優位を考えて最大効率で……」
「まー後のことは後で考えるから。」
「……そのやる気のなさも問題なのですがね……」
溜息をつかれてしまう相川だが、真愛の言う言葉は大体正しいのは事実だ。相川のやり方に常人はついて来れない。着いて来させる気もない。
(でも半分くらい人間辞めてるからなぁ……あのせいで着いて来るとかなってるんだが……まぁこの世界から出るための機器次第っては伝えてあるから大丈夫だろうが……)
どうでもいいことを考えているとチャイムが鳴らされ、外で喧騒が聞こえ始めて来た。鈴蘭の誓のイベントが開幕したようだ。
「さて……クラスで人気の真愛さんや。あなたがここにいると五月蠅くなるのでちょいと外に出て欲しいなとか思いますがいかがでしょうかね?」
「あら、あなたはこのイベントで何もされないんですか?」
てっきり相川のことだから鈴蘭のブローチを奪い去って強制労働を開始するのではないだろうかと思っていた真愛だったが、相川は当然とばかりに不参加の意を示す。
「面倒臭い。やることがある。」
「因みに、そのやることとは何ですの?」
「調査など。」
「……すうぃーとでびるのですか?」
「違う。アレは偶々ニュースの一面だっただけだ。」
本命の資料を最小化した後の記事を見られていて変な勘違いを受ける相川だが、その誤解を解く前に真愛を狙う護衛組の生徒が雪崩れ込んで来て辺りが混乱の坩堝に陥ってしまった。
「桐壷様ぁっ!」
「抜け駆けするなぁっ!」
「テメェこそだ!」
まずは発見、そしてすぐに我こそが真愛に鈴蘭のブローチを捧げるのだと乱闘を始める護衛組を見て真愛は静かに呟く。
「野蛮ですわね……」
「雲の意図に群がる地獄の亡者みたいだな。」
「完全に他人事ですわね……」
実際に他人事なのだから仕方ない。しかし、五月蠅いのもまた事実で面倒なので相川はその場から離れて更に奥の場所へ移動する。
「おい、真愛が付いて来たら意味ないだろ……俺を盾に使う気かよ……」
「エスコートと言えばどうでしょうか?」
「……先導先は地獄になるがいいか?」
「それは困ります。私は幸せに導かれたいので。」
何言ってんだこいつらと気配を消して真愛に接近していた護衛組の男の一人が思考に雑念を生んだその瞬間、彼は相川によって意識を失わされた。
「はぁ……閲覧室の一角に改造スペースがある。バレるまでは居ていいけどバレたら外に出ろよ?」
「ふふっ……あなたに着いて行けば面白いことがあるだろうと想像しておりましたが……流石ですね。参りましょう。」
高所にある本を取るための脚立が並ぶその奥の柱の一つに手を当て、同時に爪先で壁の一ヶ所を蹴ると手を合わせた部分の少し上から開錠の音が聞こえ、取っ手が現れる。相川がそれに手をかけ横にスライドさせると奥の空間が姿を見せた。
「……手の込んだ変な仕組みですのね。」
「まぁ、そうだな。誰かに見られる前にさっさと入るか入らないか決めてくれ。中は完全防音の部屋だから俺と一緒にいると貞操の危機を感じるとか思うなら入るな。」
「今まで一回もそう言った場面で手を出されたことがないので普通に入ります。」
相川に連れられて真愛はその部屋へと入るのだった。
「はぁっ……多い!」
「何やら純粋に欲望のまま私たちに襲い掛かっている方々も多いようですね……」
相川が優雅にお茶会をしている頃、瑠璃とクロエは多勢の中に押し込まれたまま囲いを突破出来ていなかった。場所は当初の場所から動いては居るものの、思うようには動かせてもらえない。
「あ~う~……っ! ひとっ、し……の匂いから若干遠ざかってるんだけどぉっ!」
「ふっ! ……何でそんなのが分かるのか若干怖いんですが……ではどこに行けばいいのですか?」
「あっち!」
瑠璃が指すのはまさしく、相川のいる図書室の閲覧コーナー。クロエは相川がいつも読書をしているから古書の匂いと間違えているのではないかと思いつつ他に指針もないので瑠璃の言葉を信じた。しかし、当然のことながら瑠璃とクロエの行きたい方向が相手にもバレてしまう。
熾烈な争いがさらに続くことは間違いなさそうだ。