殺神拳との邂逅
「さぁて……殺し合いの時間だなぁ……」
相川は嗤いながらそう言って修羅の国に降り立った。車で移動してきた今回の戦場には確かにこれまでとは比べ物にならない氣を保有している敵がいるのが感知できる。
「敵性勢力8000、その中に殺神拳が2名ほどいます。」
「名が知られてるレベル?」
「かなりの使い手と聞いています。」
相川の戦力は相川率いる【劇団・童夢】が50名。修羅の国正規軍は外交問題で色々あって予定数より若干数が減り兵力3500に輸送車3台、戦闘用飛行機が1台になっている。そして傭兵団が800だ。
「もう面倒だし爆撃で済ませたいよね。弾薬系全部あっち持ちだし。」
「上空には敵拠点のミサイル包囲網がありますので厳しいかと。白兵戦でしたら……」
「わかってるよ。ここのエリアの研究したの誰だと思ってんだ……」
この国は長らく内戦を続ける要因であった外国の武器を快く思っていない。流石になければ確実に負けるので使いはするが、基本的に己の力で戦うことが出来ない者は恥ずかしいと伝わっているのだ。
「……はぁ。戦禍の拡大がイヤなのかと思ってたら国民感情を配慮してというね……いや、本人たちも嫌いなんだろうけど。」
「地元の御年輩の方は銃なんて資本主義の塊で人の可能性を排除し、堕落させる唾棄すべきものだと言ってましたからね……」
「そんなこと言っておきながら標準装備してるという……まぁ別にいいんだけどねぇ……」
基本的に治安が最悪のこの国では住人達も武装しているのが一般的だ。それこそ地方の村などでは銃が甘味より安く手に入る。
それは今の戦いには関係ないのでさておき、現状把握を犬養と共に行う。
「……で、厄介なのが達人ども。戦闘機飛ばしたら最悪生身で撃墜されるしな……」
「条件はこちらも一緒ですが……」
向こうの達人も相川も頑張ってやろうと思えば空を駆けることが出来る。その状態から爆撃や銃撃を行うために低速になった飛行機であればやれないこともない。
「……人間辞めてるよなぁ……お互い様だけど。」
「こういう状況だと物理について社長に教わったことが実生活には何の役にも立たないことがひしひしと伝わってきますよね。」
「……何か色々間違えてるが実生活で物理はそんなに使わないのは確かだな。現象を見てふと思い出すことはあっても。」
世の理不尽さを嘆きながらやることを固める。と言っても、やることは単純だ。達人相手に戦えるのは達人、もしくはそれに準ずる者のみ。
「はぁ……まぁた厳しい戦いですよ。」
「御武運を。」
まだ達人のレベルには一切至っていない相川だが、その手に握るのは最近ようやく開発完了した武器。オロスアスマンダイドの刀だ。これと魔力さえあれば達人相手でも後れは取らないと踏んでいる。
「……最悪、暗殺しよう。」
「委細承知しております。何がありましても私どもが命を賭して社長だけはお助けいたしますので後はお任せください。」
「まぁ見捨ててもらってもいいんだけどね……」
負けるのは自業自得なのでそれでいいとも思わなくもないが、癪に触るのは事実。そろそろ実践に移ることにして相川はこちらの陣営にいる傭兵の一人を呼ぶように犬養に伝えた。
そして、すぐに待ち人はやってくる。
「吾に何か用かえ?」
現れたのは虚ろな目をしている妖しげな美貌を備えた美女。彼女ははちきれんばかりの胸を無理に閉じ込める道着姿で胸元を晒しながら小さな子どもを連れて相川の天幕に入ってくる。
「ようこそ。ちょいと達人殺しに行くから手伝ってくださいな。契約金と別に報酬は300万ってところでどうですか?」
「……単刀直入だの。まぁよいが……金額分だけ働こう。」
「じゃあ殺しに行きましょか。」
もの凄く雑な打ち合わせをして相川と彼女は歩いて陣を出る。向かう先は敵拠点。既に要塞と化した敵陣の前に気配を消して悠々と移動するとそれに呼応して相手の達人も現れた。
「フン……ガキと小娘か。ここはピクニックに来ていい所じゃないんだぞ? つー訳で教育の時間だな。ママを雌にしてやっからそこでむちゅこたんは泣き叫んでなぁ……」
「こんなところに花売りに来たのか女ぁ……息子の菊ごと買ってやるよ。」
相川と殺人拳の傭兵は顔を見合わせてどちらがどちらを殺すか決めた。
「吾を舐めるでない。」
一気に氣を解放する女に対して相川は一気に気配を胡散霧消させて無言で相手に襲い掛かる。対照的な反応に虚を突かれた達人たちは反射的に気配の大きい女を警戒して相川のマークを外してしまった。
「ぐっ!?」
「おや、流石だね……」
「ガキがぁっ!」
一撃で殺しにかかったのに避けられてしまった相川は意外そうな顔をして刃の軌道を変えて足を切り裂き機動力を奪う。相川の胴ほどもある男の強靭な太腿が豆腐のように斬り開かれるが、相手はその状況下で反撃に出た。
「うおっ。流石……」
腰、背筋、肩、腕、手首、指の先に至るまでの上半身全ての力を乗せた攻撃に相川はその場から飛び退いて地面に着地する。その時点で相手に隙はなくなった。
「ガキが……嬲り殺しにしてやる……」
「んーアドレナリンで痛みを忘れるタイプ? イケイケだねぇ……」
暴風雨の如く乱打を浴びせて来る敵。流石にかなり深く斬られた脚を軸足にして蹴りを入れることは難しく、また斬られた脚で蹴りを入れるのも厳しいためその辺は考えて戦っているようだ。しかし、相川を相手にそんな余力を残すことなど考えてはならなかった。
「かはっ、かひゅっ……」
「どうしたどうした? 顔色悪いよ?」
「き、しゃまぁっ! 毒を盛ったな……!」
「……毒、ではないんだけどねぇ……」
苦笑した相川だがそんな言葉で相手が納得するわけもない。ただ、納得してもらうために行っていることではないので相手が怒りに任せて突撃してきたところに合わせて腕を落とし、そして振り向き様に首を落とした。
「……昨晩はお楽しみだったようで。おかげで気力が欠如してたよ君。」
氣を喰い散らかした相川はそう言ってこの場に連れてきた傭兵の方を見る。彼女は呑気にこちらを観戦しながら敵の攻撃を掠らせもせずに戦っていた。
「……ふむ。中々の手練れじゃのぉ……どれ、吾も働くとしようか……」
『ふざけやがってこのアマぁぁあぁぁぁっ!』
遊ばれていた男が傭兵の言葉に激昂して小さく、しかし鋭い一撃を繰り出す。それに対して女が行った動作は二つ。
横にズレ、指を一本肩から水平に立てるだけだった。
「かひゅっ……」
たったそれだけの動作で男の喉に風穴が空き、女がしなやかな動作で指を引き抜くと同時に男の鼓動に合わせて血が噴出する。そんな状況下で手を振り降ろして血を払った彼女は何でもないように告げた。
「呆気ないわいのぉ……」
「オイオイ……漫画かよ……どこの世界の住人ですかねぇ……?」
「……主が言うのかえ? どこの世界にそんな小さな身なりで曲がり何も達人を殺す奴がいるのか……」
互いに互いのことをおかしいと思いつつ一先ず戦利品代わりにその達人の首を刈り取って晒し、相手の戦意を削ぎにかかる。
ある程度動揺が広がること、そして流言を飛ばしながら相手を疑心暗鬼に陥らせるために時間を置く中で相川は殺神拳の内部事情について傭兵の女から話を聞くことにするのだった。