中学校 入学式
その日はこれまでの冬の空模様から一転して朝から気温が上昇すると言う予報が出ていた。どちらかと言えば寒い方が好きな相川は太陽を睨んで時間に少ししか余裕を持たずに登校し、座席表を見て真ん中の列の最後尾に着席する。
(小学校の時は相川ってことで出席番号1番だったが今回は楽でいいわ。)
御門中学校では女子生徒の方が先の出席番号で、男子生徒が後の出席番号になっており、名前順に並べられているので男子で最初の相川でも全体の出席番号は18番になるのだった。
(一先ず今日は何もしなくていいし、本でも読もうかねぇ……?)
相川がいる事業者層トップクラス、特別高等部門は小学校からそのままエスカレーター式で上がっている人が大半で、既に顔見知り達と喋っている。空席の他、逆にそうでない人の方は2~3名でその人々は既に在学しているトップクラスの誰かの招待生のため、それはそれで招待してくれた人に挨拶などを行っていた。
相川も招待してくれた相手である見知った顔はいるのだが、面倒なので放置して読書を開始する。相手も接触は放課後と言っていたのでこれで良いだろう。
文字に目を落とすことほんのしばし、相川の鼻腔に嗅ぎ慣れた非常に良い香りが漂って来て相川は思わず顔を上げる。そこに居たのは思わず呼吸を忘れるほどの美少女だった。
「あはっ! 念願の同じクラスだね!」
「何でお前が……!?」
絶句する相川の目の前に着席した黒髪の、まさに世を滅ぼさんばかりの美貌を持つその少女……瑠璃は相川を見て大輪の花を咲かせたように笑って早速クラス中の男子を魅了しにかかる。
「もー竜王中学校との単位互換とか色々な手続き済ませたらすぐに来れるならちゃんと言っておいてよ! 卒業式に突然言われてホントにびっくりしたんだから!」
瑠璃は苦労したんだからと笑い話の様に怒っているが相川はそんな制度知らない。しかし、脳裏に過ったのは何故か今回は介入してこなかった権正のしてやったりという笑みだった。
(あんのジャリャァ……! 知ってて黙ってやがったな……! 上半身裸じゃなくて全裸にしてやればよかった……!)
苦々しく、しかし笑うしかない相川は完全に体をこちらに向けているどころか椅子を反転させてこちらに向けている瑠璃に権正からそれを聞いたのか尋ねる。だが、相川の予想は外れた。
「クロエちゃんから聞いたの。」
「……クロエから?」
「うん。2年生のクラスに来てるよ?」
「……そう。」
割とどうでもいいので反応に困る相川。相川に問われた瑠璃はその手続きのことについてクロエと協議したことを思い出す。
『師匠が竜王中に来ない……? 何故ですか?』
『何か御門中学校って所に行くらしい……その学校全部壊していいかな? そしたら諦めてこっちに来てくれるよね?』
『ダメに決まってるじゃないですか……あなたには常識とか良識とかないんですか?』
純粋に何の悪意もなしにそんなことを言う瑠璃に若干恐怖を感じながらしばし逡巡するクロエ。彼女は何かを考えていたがすぐに溜息をついて瑠璃に転校制度を教えた。
『単位互換……? 何それ?』
『簡単に言ったら別の学校で学んだことをこの学校で学んだことにして卒業できるようにする制度です。御門中学校の中に恐らく師匠が通うであろう特別高等部門を護衛する部門があるのでそこと竜王学園は協定を結んでます。』
『……あ、小学校の時みたいな?』
瑠璃が思い出したのは5年生の時に何故か学校に現れたテロ組織を壊滅させたときの出来事だ。あの時は一番だったということで相川に褒められて嬉しかった記憶がある。しかしながら今は関係ないので記憶の宝箱の中に仕舞って話を戻した。
『そうですね。ただ、その時とは違って学校からの依頼ではないので単位が多少足りなくなるのですが、朝稽古を履修すれば単位も大丈夫です。』
『へぇ~……なら大丈夫かな。なーんだびっくりしたぁ……てっきり仁と同じ学校に通えなくなるのかと思っちゃったよ。ちゃんと説明してくれないとわかんないよね。』
クロエは瑠璃が相川のことを呼び捨てにしたのに敏感に反応したが、それを追求するのは話の最後にこいつを叩いてからにすることにして今言った手続きの話の対価を先に求めておく。
『それで、情報がタダではないことは分かってますよね?』
『……何? 仁を諦めてとかふざけたことは言わないよね?』
『流石にそれは実力でモノにするので大丈夫です。ただ、5月初めに特別高等部門と護衛部門を結びつける【鈴蘭祭】という物があります。』
『何それ?』
クロエの説明によると、【鈴蘭祭】というのは護衛部門に所属するメンバーが鈴蘭を模したブローチを持ち、自分が使えるべき相手にそれを捧げることで忠誠を誓い、校内での行動を共にする制度らしい。逆に、この護衛が自分に欲しいと思った特別部門の人たちは護衛部門からブローチを奪うということが行われ、先に護衛を手にした人がその護衛を使って周囲の護衛のブローチを奪ったりするということだ。
『……それで?』
『その時に、手を組んでもらいます。あなたに独占はさせませんが、あなたと争って疲弊したところでブローチを取られたら最悪なので。』
『……まぁ、それくらいならいいかな……』
ここに停戦協定が結ばれた。二人は一応手を取り合う。そしてクロエの方がそれを捕まえて口だけ笑みのような形を浮かべて瑠璃に尋ねる。
『ところで、何故あなたは師匠のことを呼び捨てにしてるんでしょうか?』
『距離を縮めるためだよ? 文句あるの?』
『文句はありませんが、気に入りません。叩きのめして今度から仁様と呼ばせたいと思います。』
『……ふぅん。まぁ戦いたいなら戦ってあげるけど、ボクが勝ったら書類のことお願いね?』
そしてその協定はその日の内に崩れ、瑠璃の勝利の後に【鈴蘭祭』の約束だけが残ることになるのだった。
「……瑠璃、瑠璃!」
「あ、ごめん……別のこと考えてた……」
「お前は別のこと考えてたら俺の手を掴むのか……えぇい、離せ!」
「ごめんごめん。」
突如黙ったかと思うと右手が宙を漂い、相川の左手に触れたかと思うとそれを掴んで放さなくなったので何事かと思っていた相川は瑠璃が離れたのを見て溜息をつく。
「……それで? 何しに来たんだお前?」
「色々。ヒントを言うと野望を実現する。」
「……何だそれ。」
割と本気で何を言っているのか分からなかった相川だが瑠璃が何を言っているのか分からないのはいつものことかと割り切ることにして時計に視線を移し、瑠璃に前を向かせる。
そろそろ、入学式の始まる時間だ。外部から新しく入学して来た一般クラス人達や芸能クラスの人々の声が校舎外で騒がしく聞こえ始めている。
「先生来なくね?」
「仕方ないし廊下に先に並んでおこうか。」
流石優等生で事業主の多いクラス。教員が来なくても勝手に出席番号順に2列で廊下に並び、少し遅れて教員が来ると苦笑しながら先導を始める。
そんな中で相川は少し思うところがあった。
(……瑠璃の隣か。)
女子の出席番号の最後、17番である遊神 瑠璃と男子の出席番号の最初、18番である相川は2列になると隣同士になるのだ。それは別にいい。
(……何でこいつ俺と手を繋いでるんだろうか……)
相川は対外的には気付けば指と指を絡ませて、実際には万力の如くしかし細心の注意を払って痛くはないように締めつけられている手。後ろからの視線が痛い。後でこいつには説教しようと思いつつ相川は瑠璃に自宅に招待する代わりに離せと耳元で小さく伝え、徒労感を味わうのだった。